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11、ルシアン

「ようこそおいでくださいました、ルシアン様」

「「ようこそおいでくださいました」」

「ああ、出迎えご苦労。はぁ、ここは代わり映えもないな」


「まずはお部屋の方でお茶の用意をしております。どうぞこちらへ」

「ああ、分かった」


ブルーベル侯爵家の茶葉は各地方から取り寄せている、授業ではその産地を当てる事も含まれている。聞いたところによると王女殿下だったお祖母様の趣味だったようだ。各地の味わいを楽しむだけではなく、生産者を助ける意味合いもある。王女殿下ご愛飲となれば箔もつき、真似して購入する者たちも出る。結果的に口コミで大勢の購入者を呼び、またそれが生産者の助けの一躍となり、循環させているのだ、それがこうして引き継がれている。こう言ったところも、このブルーベル侯爵家を好ましく思う一つだ。


今日はアーガスト地方の茶葉、それはエヴァレット公爵家の名産である『ポポロ』に合わせるためだ。『ポポロ』は伝統菓子で『セロラ』と言う酸っぱい果物を使っていて、酸っぱいセロラを食べるために砂糖の塊がどっさりと付いているポソポソした菓子なのだ。

正直たいして美味しいとは思わない、だがルシアン様の領地の特産品だから気を遣ってお出ししているにすぎない。そのがっつり甘く酸っぱい菓子を流し込む為に渋めの茶葉が用意された訳だ。


「なんで『ポポロ』があるの? 僕の嫌いな菓子を用意するなんて気が利かないな」

テーブルにある菓子を見つけ開口一番それを口にした。

侍従が口を挟む。

「エヴァレット公爵家に対する敬意の表し方としては、ありきたりですね。ルシアン様はお口が肥えてらっしゃるので、こう言ったよく目にするものではご満足頂けないとご理解くださいませ」

「まあ気が利かず申し訳ありません、以前お見えになった時、エヴァレット公爵家の特産品の一つもテーブルに乗らないとは気が利かないと仰られていたので、ご用意しましたが本日は気分ではないようなので別の物をご用意致します」

「ふん、それは嫌味か? 素直に出せば可愛げもあるものを」


『はぁぁぁぁ』エレンは心の中で深いため息を吐く。


「アリエルお嬢様がお見えです」

アリエルの登場に席を立ち出迎える。

形式的な挨拶を済ませ、本題に入る。

「ルシアン様、ご紹介させて頂きます。友人のセシリア・ブライトです。家族ぐるみの付き合いをしておりますの」

「へぇ、セシリア…か」

「ご挨拶させて頂きます。セシリア・ブライトでございます。以後お見知り置きくださいませ」

美しい挨拶に高位貴族かと脳内に検索をかけブライト家を思い浮かべるが一向にピンと来ない。

「ブライト家、聞いたことがないな」

「はい、領地も持たない伯爵家でございますから、ご記憶がなくとも仕方ございません」

「なんだ! 領地も持たない貧乏伯爵家か! 道理で知らない訳だ。

挨拶が済んだなら下がってくれ、君如きが同席するのは気分が良くない、レベルが合わない」


「ルシアン様、セシリアはわたくしたちの友人です、失礼な物言いは慎んでくださいませ」

「私に意見するつもりか?」

険悪な雰囲気に割って入るセシリア。

「おやめくださいませ、わたくし如きのために、心優しいアリエル様やエレン様が責められるのは辛うございます」

「セシリア、わたしごときなんて言わないで頂戴! 貴女は素晴らしい子よ? それに類い稀なる天才、自分を貶めるような言い方しないで欲しいわ」

「アリエル様…」

「はっ? 素晴らしい子、天才? ふざけた事を! たかが貧乏伯爵令嬢如きが何ができるって言うのだ! 侯爵家とは随分レベルが低いのだな」

「はい、その通りです、私は貧乏伯爵家の娘ですから低レベルです。ですが、アリエル様やエレン様、それにお兄様方も素晴らしい方たちです。無知なわたくしに様々な知識を授けてくださいます。事実わたくしは取るに足らない存在でございます。

申し訳ありません、殿上人のエヴァレット公爵家ご令息様、わたくしはまだまだ勉強不足でございます。エヴァレット公爵家ともなるとどのような事を学んでいらっしゃるのですか?」


「はぁ? それはバファローク王国の歴史を学んだり」

「はい、それは3歳の時に修学致しました。他には?」

「え? 経済学とか…」

「はい、それも修学済みです。他には…過去ではなく今は何を学ばれていらっしゃるのですか?」

「いい加減な事を言うな! お前はいくつだ!」

「わたくしは5歳でございます」

「はっ、やはり嘘だな! 5歳で歴史に経済を修学済み? あり得ない。他の者なら騙されるだろうが私は騙せない。上手い事を言って天才と思い込ませているだけだろう!」

「とんでもありません! わたくしは天才などではございません! 修学するのに3ヶ月もかかってしまいました。凡人でございます」

「え…3ヶ月だと!? やはり嘘だ! 私が学び始めたのは8歳の時、1年経っても終わらなかった! それをたった3ヶ月で終わらせただと? 法螺を吹く相手を間違えたな!」

「ルシアン様 嘘ではございません。セシリアは歴史、経済の他にも算術、統計学、マナー、馬術に弓術に剣術まで大変優秀な成績を残しております。嘘などと決めつけないで頂きたいですわ」

「馬鹿な! そこまで言うなら私と勝負だ! 当然私が勝つが負けた場合は、そうだ! 体の前後に『私は嘘つきです』と書いた紙を貼ってこものブルーベル侯爵領とエヴァレット公爵領を歩き回るのだ! それでいいか?」

「失礼ながら、ルシアン様の罰ゲームが何か示されておりません」

「私が負ける事は万に一つもない! だから何を言っても構わないぞ!」

「5歳のわたくしと10歳のルシアン様の真剣勝負ですね!」

「ああ、そうだ」

「では…、まずは勝敗に対し無効を訴えるのは却下です、これはいいですか?」

「おお、そうだな。可哀想だからやめてくれ、勝負は無効だと言い出しかねない。いい意見だ、勝負の無効を訴える事は禁止、いいだろう」

「では、わたくしが万に一つの機会を得てルシアン様に勝った場合は…、このブルーベル侯爵家中では何でもわたくしの言う事を何でも聞く、これで如何でしょうか?」

「ああ、ああ容易いことだ。何だったら書面を残そう」


ルシアンの提案で書面を作成し、立会人としてアリエル、エレン、ルシアンの侍従スセリ名も署名された。


いざ尋常に勝負!


案の定、満点のセシリアに対しルシアンはどの教科も70点位の出来だった。

「この問題を時前に教えて貰っていたのだろう!」

言うかも?と思ったが予想通り過ぎて呆れる。

「ルシアン様、問題はアリエル様、エレン様、私の3人で作った物です。それに試験の時まで接触しておりません。事前のお教えする事は不可能です」

「嘘だ! 嘘だ!! あり得ない!!だってアイツは5歳のガキだ! そんなガキに何故負けるのだ!!」

5歳のガキ相手に真剣勝負で優位に立とうとしていたのは何処のドイツだよ!!


「では早速宜しいですか?」

「は? な、何がだ!」

「ルシアン様、ルシアン様は公爵家のご令息なのですから、その品のない話し方を改めて下さい。アリエル様やエレン様に敬意を持って接して下さい」

「煩い! 貧乏伯爵家如きが生意気だ!」

「約束を反故のするおつもりですか? でしたら、ルシアン様が貧乏伯爵令嬢の5歳児に対し真剣勝負で負けて約束を反故にしたと吹聴しますよ」

「うぐっ! お、お前の言うことなど誰が信じる!!」

「わたくしの話は聞いてくださらないかも知れませんが、この答案用紙をエヴァレット公爵閣下にお見せすれば解決すると思います」

「そ、それは! それだけは勘弁してほしい!!」

「では、お約束通りと言うことで宜しいですか?」


「そうだ! お前は剣術もやっていると言っていたな? 私が直々に指導してやろう!」

「いえ、結構です。わたくしには師事している方がおりますので、ルシアン様にご指導頂かなくても構いません」

ふふ〜ん、やはりな…。5歳児ゆえに筋力はない、これでどっちが上か思い知らせてやる!

「散々偉そうに言っておいて自信がないものはこれか、呆れるな」

「お言葉ですが、わたくしは指導は必要ないと申し上げただけで剣の稽古自体を嫌だとは申しておりません」

「よく言った! では早速私が指導するのではなく、そうだ剣術の稽古をしようではないか!」


着替えて向かうと待たされたことにまた腹を立てている。


「「宜しくお願いします」」

掛け声も終わらないうちにルシアンは剣を振りかぶってきた。

ルシアンは傍若無人の上に姑息だった。慌ててセシリアは剣を当てルシアンの攻撃を防いだ。


はい、はい、はい。これは少し痛い目を見てもらいましょう、ニヤ。


正直言って稽古を真面目にやっていない、剣を振り回すだけの10歳なんて取るに足らなかった。セシリアは隙をついてはルシアンのお尻に剣を入れた。

「ぎゃー!」

お尻を叩かれる度に悲鳴が上がる。

それをしたり顔で同じ場所にヒットさせるセシリア。顔は完全に悪役顔になってる!

わざと剣をダランとさせて隙を作る。まんまと策に嵌って突進してくるルシアン。それを悲痛な面持ちで見ている侍従、心配そうな顔をしながら心の中でガッツポーズでやっておしまい!と加勢するアリエルとエレン。様々な人間模様、侍従も姑息な手を使っているのはルシアンだし、セシリアの剣は危険な場所ではなく尻にしか当たっていない事を考えると手加減されている事も見てとれて止められなかった。


「ルシアン様、貴方は家の権力を使い自分より弱い者をこうして剣で打っているのと同じです。打たれれば誰だって痛いのです。他人の痛みに鈍感な者はいつか自分も同じ目に遭いますよ? そしてそんな人間の周りには似た人間しか集まらないでしょう。その時貴方の周りには心を許せる人間は側にいません、それがどれほど辛いことか解りますか?


貴方の周りには貴方を正しく導く人がいません。

10歳でありながら5歳のわたくしに及ばぬ知識と経験、それは貴方が判断を下さなければならない立場になった時、間違った決断を下すことになるかも知れない、家が傾いた時、権力とお金で動いてきた者たちは見て見ぬふりをするかも知れない、傍若無人な振る舞いで多くの人を傷つけてきた貴方には窮地に陥った時、手を貸すどころか崖から突き落とされるかも知れない」

ルシアンの動きが止まり、俯いたまま動かない。


「貴方の人生を作るのは貴方自身が努力するしかないのですよ? 両親だって貴方より長生きする訳ではない。両親が亡くなった時、優しい親族だった者は掌を返し貴方から何もかもを奪うことでしょう、貴方はそれに1人で対抗できますか? 何もかもを奪われ何も持っていない貴方に誰が尽くしてくれると思いますか? お金だって無限に湧いてくるわけではありません。

隣国のケトン村をご存知ですか?

魔獣の出現で一晩ではなく数時間で壊滅させられてしまいました。

魔獣の対策は? 収入を失った領主の対応は? 

貴方はいずれ領主としてエヴァレット公爵家を率いていくのでしょう? それには教科書に載っていない事も勉強しなければ正しい領主として立つ事は出来ません。

優秀な人材を雇えばいいとお思いですか?


自分より秀でた者が愚かな主人にいつまでも従順でいると思うのは浅はかです。いつの間にか乗っ取られたと言う話は古今東西どこにでもあります。


ルシアン様は10歳です。今 変わらねば私が話した未来が待っています。

ルシアン様の未来はどんなものにしたいとお考えですか?」


「えっぐ えっぐ だって誰もそんな事言わなかった、いつだって凄いって優秀だって言われてきた! 誰も間違っているなんて言わなかった!ほ、本当の事なんて教えてくれなかった!」


あー、10歳泣かせちゃったよー、でも爽快感。

「ルシアン様、着替えてご自分の目で確かめて下さい」


ルシアンは素直に従った、そしてセシリア、エレン、アリエル達と共に図書室へ向かった。

「ご覧ください、これは過去の文献です。優秀な第1王子が側近の傀儡になってしまった話です。これは側近に任せていたら側近は金を着服し逃走、残ったのは傾き借金だらけの家だった話、それにこれは周りが1番優秀だと育てた息子が学園に入学すると自分より優秀な者ばかりで、失意のあまり自分を騙していた家族や使用人を皆殺しにした話、これは権力に媚びる周囲の者は何を言っても素晴らしいと褒め称えた…その結果 善政を行っていると思っていた領主は民に恨まれて殺された話です、それから為政者とは孤独なものです、周りの人間は常に本音と建前を使い、それに欲も絡める、その中で信頼を寄せられる者が出来れば依存したくもなります。それが側近でも愛人でも…。それらを見極めるための目を養わなくてはなりません」


それからも過去の文献を読ませ、お前の未来はこれか? それともこれか?と無言で問う。

読み進めるうちにルシアンは顔色が悪くなっていく。

中には自分のことと重なって、自然と体が震えた。ルシアンは未だかつてないほど真剣に読んだ。

畳み掛けるようにそっと囁く、

「ルシアン様はこうなりたいですか?」

泣きながら首をブンブン横に振る。

「今なら間に合います。今から一緒に優秀な領主様になる勉強を致しましょう? 上辺だけでなく人々から愛される人間になる努力を一緒にしていきましょう?」


ニコリと微笑まれると5歳も下のセシリアが聖母か天使に見える。

差し出された手に縋りつきたくなる。ルシアンは何の疑いもなく善意の手を取った。

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