102、誤算−2
アシュレイ王太子殿下の執務室、何故かブルームとセシリアとリアンもいる。
「殿下、我々はまだ学生なのですが?」
「悪いと思ってる。でもブルームとセシリアがいると話が早いんだよ、普通にこの懸案だって情報を収集して、真偽を確認して、事件関係者を洗い出して、捜査関係者に説明して、兵を出して…まあ兎に角 時間と人手が多くかかる。3人を呼べば効率よく仕事が出来るだろう? 信用も信憑性も心配がない」
今日はグラシオスたちは皆宰相の元へ行っている。
あちらの案件に手がかかるので、呼ばれている。だから今日は正式に3人を王宮に召喚して連れて来ている。ブルームたちは殿下が学園生であった時から執務室で手伝いをしているし、宰相自身もブルームを重用していたので情報漏洩も黙認…と言うか積極的に取り込もうとしているのが透けて見える。
宰相や陛下たちは今、シルヴェスタ公爵関連で没落した貴族やシルヴェスタ公爵が密偵に家門を再興させて与えたものや無理やり奪われてしまった領地などの整理や、係累の捜索などに追われているのだ。セシリア的貴族名鑑があればサクサク調べられるが全てを資料を紐解いて調べるとなると大仕事でいくら手があっても足りないのだ。セシリア、ブルーム、リアンは知っているが素知らぬフリ、皆が不眠不休で働く中、優雅にお茶を飲む。
アシュレイ王太子殿下が彼らを好むには理由がある、セシリアたちだけになるとセシリアの秘密のバッグから取り出される美味しいものが食べられる、お茶もお茶請けもちょっとした食事もガッツリした食事も全部美味しい。このメンバーになると気の置けない者だけになる為、アシュレイ王太子殿下も言葉遣がラフになる、不用意な発言も思ったことを深く考えずに発しても、全てを受け止めてくれる、それが心底 心地いい。誰も特別扱いをしない、王子や王太子でもなくアシュレイとして扱ってくれる、このメンバーでは自分がポンコツに感じるけどそれも楽しい。
「ああ、そう言えば知っていると思うけど、先日夜会でセシリアに暴力を振るった 父親の愛人クレア・アンバーだが、グレッグ・スターライドに殺害された。それと、役所でスターライド侯爵家の資産を自身のものにしようと手続きを行おうとした件もある、それから、詐欺や強盗まがいの事もしていると判明した。これからその裁判があるのだが…、セシリア 君に出席して貰いたい。そこで、スターライド侯爵位をセシリアに譲渡するつもりだ」
「はい、承知致しました」
「知ってたの?」
「まあ…、クレア夫人は我慢の限界だったのです。金策に困ったグレッグは、可愛がっていた娘を43歳の男に結婚前に金と交換で引き渡し、期待の息子も未亡人に金と交換しようとして、恋女房だったクレア夫人は流石に相手が見つからなかったから実家に帰れって言ったんです。クレア夫人の実家はグレッグに金をむしり取られ保証人にされて、消息を絶ってしまったんです。それを知っていて実家に帰れって、しかもそれはクレア夫人の代わりにフィーリアを迎える為です。
クレア夫人は行く所がないので歯を食いしばって謝罪して「家に置いてください」と願い出ました。眠れず日々痩せ細っていくクレア夫人のベッドに無神経にも入って来て眠るものだから、突発的に首を絞めてしまいました。女の力ですからグレッグに反撃されて逆に殺されたって言うのが真相です」
「ふーん、それは殺したくなる気持ちも分かるな」
アシュレイはそこまで知っているなら、何故止めなかったのか? そう聞きそうになったが、セシリアの顔からは何の感情も読み取れなかった。
正直言ってセシリアは完璧な人間だと思っていた。
平凡な家庭に優秀な兄、生きるために互いを支え合い、自身も女性でありながら自分の側近に加えたいと思うほど優秀で、天才と言われるグラシオス100人よりセシリア1人が欲しいと思うほどの逸材、それが赤ん坊の際に実の両親から捨てられたと聞いた時、正直理解できなかった。
彼女が捨てられる理由が見つからない。
だけど、理由はまさかの『女児だから』 それの何が悪い!
だが考えてみると、王家の歴史でも男児を産めないばかりに側室を取り権力闘争を繰り広げるなんて古今東西よくある話だ。女がいなければ子供も生まれないと言うのに、とどのつまり、爵位・財産の継承を基本的に男子にしか認めていないから問題が起きるのではないかと思い至った。
それからセシリアの家族について詳しく調べた。
グレッグとクレアの件を詳細に知っているところを見ると、私が調べた事も知っているのだろう、だが態度を変えないセシリア。
私が安易に同情をするのは違うような気がした。話だけ聞くと、実の親に捨てられ他人に育てられた…悲壮感が漂う話しだが、セシリアはブルームやリアンとのびのびと育って来た。 私も幼少期のセシリアに会っているが好きなことをして自由を謳歌していた。
例え育てた親が実の親でなくとも、実の親が毒親だったとしても、彼女は自分の力で幸せになれる人だ、周りの人間も幸せに出来る人だ、だから私は彼女の父親が愛人を殺した事実などどうでもいい。
私の知る信頼する彼らが、選んだ結末を受け入れる。
だから何故殺人を止めなかったか、ではなく殺人と言う事実がどのような結果を齎すのかを注視する事にする。
「まあ、セシリアの前で申し訳ないけど、スターライド侯爵家はセシリアが背負うには悪いイメージが強すぎてね。全部被ってもらって引退して頂くのが1番でしょう?」
「お気遣い感謝致します」
「セシリアの思い描く未来図に私は正しく動けているかな?」
「ええ、順調です」
「そうか、それなら良かった。では、参ろうか」
「はい、そう致しましょう」
グレッグは何故自分がここに立たされているのか未だに分かっていなかった。
グレッグの罪状は偽造文書作成・教唆の疑い→罰金で終わると思っていたが、クレアに対する殺人罪、他にも詐欺、脅迫、…ブルーム・ブライト及びセシリア・ブライト(当時)に対する拉致監禁未遂容疑、公文書偽造など次々読み上げられる罪状に慄いた。最近のではないものまで事細かに綴られている。
「おい待て! それは何だ!? 今は関係ないだろう!!」
「黙れ!」
「以上の事からグレッグ・スターライドは侯爵家当主としての資質なしと判断します。
よって、スターライド侯爵位をグレッグ・スターライドより剥奪し、セシリア・スターライドへ譲渡する事とします。
セシリア・スターライド 前へ」
「はい」
「異議申し立てはあるか?」
「いいえ、ございません。謹んでお受けいたします」
「ふざけるな!! お前が何故! 何故お前如きが侯爵位を受けるのだ!!
知っているのだぞ、スターライド侯爵家の資産も既にフィーリアからお前に変更されていた。お前は私の娘だろう? 何故 私が引き継ぐべきものをお前が掻っ攫う? ああ、あれか生まれてすぐ捨てた事に対する復讐か?あ?
私たち親からの愛を受けられなかったからと恨んで私たちのものを奪っているのか?
お前には過ぎたものだ! お前にそんな能力はない! まったく、お前など産んだフィーリアもフィーリアだが、血筋だけで誇るものもないくせに! 碌な教育も受けてはいないのだろう? 身の程知らずにも侯爵位を受けるなど安易な返事などしおって、馬鹿が!
お前のようなものは金を持っている男の元に嫁いで上手く取り入り実家に金を落とせばいいのだ! この役立たずが! お前はライアンの為に家の為に黙って言うことを聞いていればいいのだ! お前など顔以外に何の取り柄もないただの女なのだから! 少しくらい賢いなどと持ち上げられても所詮お前はライアンの駒なのだ、黙って従っていればいいのだ! 復讐などと足らない頭を使っても私はお前など娘と思ったことなどない、何なら今の今まで思い出すこともなかった、お前はその程度の人間なのだ!」
聞くに堪えない暴言が延々と続く、周りの者が静止しても止まることがない。
セシリアは微動だにせずそれをじっと聞いている。ブルームやリアンは今にも殺しそうなほど睨んでいる。
「いいか! お前がスターライド侯爵家の資産を受け継ごうが、スターライド侯爵位を引き継ごうが、私は絶対にお前などこのスターライド侯爵家の一員などと認めはしない!!」
すると、グレッグの様子がおかしくなる。
「お前が作った子供だろう? お前など取るに足らない者のくせに何様のつもりだ?
認めない? お前などに認めてもらう必要などない! その上 愛人を殺し、その子供を金で売る? はっ! お前こそ獣以下だな、お前などこの世に必要ない、死んでしまえ」
グレッグは跡形もなく消えてしまった。
突然の出来事に皆が動けずにいた。何があった!? グレッグはどうなったのだ!?
声の主、犯人はシルヴェスタ公爵だった。シルヴェスタ公爵はここ最近過去の不正の証人として裁判所通いしていた。態度も従順で証言も素直に応じて反抗する事もなかったので、兵も気が緩んでいて魔道具を取り付けるのを忘れてしまっていた。慌てて魔道具を嵌めるが特に抵抗する様子もなく大人しく魔道具を嵌められた。
「ああ、これが正しい魔法の使い方か…」
「シルヴェスタ公爵! グレッグ・スターライドをどうしたのですか!!」
周りに詰め寄られても、不敵な笑みを讃えるだけ。
「また会ったな。あれが貴方の言っていた『愛された記憶もない親』だろう? 私の家族を消したお返しに貴方の親も消して差し上げました」
そう言ったシルヴェスタ公爵の顔は、もう迷子の子供の様ではなかった。
静かで力強い目で強かなオスカリア・シルヴェスタの顔をしていた。
騒然とした中、シルヴェスタ公爵の連れて行かれてしまった。
セシリアはその後少し多くの手間がかかったが、無事にスターライド侯爵を女性でありながら襲名した。本来は成人前の男児が継げる時までの繋ぎである事が多いのだが、特例でその地位を与えられた。公にはなっていないがセシリアの功績を知っているアシュレイ王太子殿下が後ろ盾となり可決されたのだった。まあ、幹部たちはセシリアと言う人を知っているので反対もなかった。
セシリアは名実ともにスターライド侯爵となった。
「スターライド侯爵様、我々の不手際でとんでもない事を引き起こし申し訳ございませんでした!!」
頭を床に擦り付けて謝罪しているのは裁判所管轄の衛兵の責任者。
それを物憂げに聞きブルームに寄りかかり何も言葉を発さないセシリア。
「セシ、謝罪を受けていいのだね?
すまない、今はまだ混乱しているようだ。ただもう起きてしまった事は仕方ない、今後二度と同じ事が起きないようにこれまでの体制を見直してほしい、望む事はそれだけだ。もう下がってくれ」
「はい、………改めて謝罪に参ります。申し訳ございませんでした」
関係者が出ていくと部屋にはセシリア、ブルーム、リアンだけになった。アシュレイ王太子殿下は執務に戻った。
「セシ、大丈夫?」
「はい、お兄様。私は冷たい人間です。実の父親の死に心が揺れることはありませんでした。これでお兄様に手を出すことがないとホッとするほどです」
「セシ…、あんな程度問題なかったのに、心配性なんだから。セシが冷たいわけないよ、こんなにも私に甘い優しい子だよ? ちゅう」
「基本的にお兄様とリアン以外はどうでもいいのです」
「ふふ 伯父さんもでしょ? セシがそれで十分満たされるならそれで正解なんだよ。それに私も同じだよ、セシリアとリアンと伯父さんと両親がいれば十分だ、お揃いだね」
セシリアはブルームに抱きつきながら核心へ切り込む。
「お兄様は…私がああなるよう仕組んだのか、と聞かないのですか?」
「うーん、セシリアが仕組んだのだろうと思っているよ? でも、セシリアがそれを望むならそれで構わない。私に邪魔だから殺してくれと言われれば躊躇なく実行もできる。
人知れず殺せば、排斥された娘が復讐したと良からぬ噂をたてられるだろう、敢えて大勢の目の前でシルヴェスタ公爵に殺させる、これによりセシリアの正当性とシルヴェスタ公爵の能力を示す事ができた。意味があったと思っているよ?」
セシリアはブルームの胸に顔を埋め顔を擦り付ける。
それを微笑ましく見ながら優しく頭を撫でる。
「セシ? 私は心底セシリアに惚れているんだよ? 恐らくセシリアが悪女になったとしても変わらずに傍にいると思うよ、いい加減 私の本気、理解して欲しいなぁ〜」
「…ん〜、ごめんなさい、私も心から愛しております…有難う ちゅう」
首を伸ばしてブルームの頬にキスをしようとすると、ブルームが顔を傾けた。
セシリアの唇はブルームの唇に重なった。
「あ!」
ニヤっと笑うブルーム、イタズラが成功したとでも言った感じだ。いつの間にか抱きすくめられて深く唇を重ねられる。驚いている間に体の感覚を蹂躙されて夢中になっている。幸せな時間に身を委ねていると体の力が抜けてブルームに支えられる。上気し赤らんだ顔に潤んだ瞳で睨みつければ、ブルームは至極ご機嫌で抱き上げ腕の中のセシリアの唇に悪びれる事もなく唇を合わせる。その満足そうな顔に二の句が継げない。
もう、先程までの不安な気持ちはどこかへ飛んでいってしまっていた。安心できる腕の中でブルームの優しさと愛を感じる。ブルームの横顔に今度こそキスを贈る。振り向いたブルームの唇にセシリアも唇を重ねた。見つめ合う2人は笑顔で笑い合った。
ここは王宮、自宅ではない。因みに部屋にはリアンもいる。
でも、世界は2人のために〜。最初はシリアスだった筈なのに、すっかり忘れて所構わずイチャつく。もう、兄妹ではないので…気持ちは加速して止められない。
目が合うと自然とキスをしてしまう、手を重ねてしまう、どこかしら体を寄せていたくなる。
いつもは人の目、仕事があってゆっくりする時間もないが、こんな絶好の機会を逃さない、恋する2人は何もかもが愛のスパイス、いつ人が来るか!?もドキドキなエッセンス。リアンが誰かくれが教えてくれるから問題なくイチャラブしている。
「誰か来る」
リアンの声で甘い雰囲気はなりを潜め、ショックを受ける女性になるセシリア、相手は陛下の使いで、帰る前に寄って欲しいと言われた。はぁー、面倒臭い。
ブルームとの時間を邪魔されて少しご機嫌斜めだった。