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101、誤算−1

グレッグは表立ってセシリアを狙う事が出来なくなった。それはセシリアが『聖人リアン』の婚約者だからだ。聖人と言う身分は公爵以上の王族と並ぶほどの身分と権力を持っている。リアンがひけらかす事は無いが、聖人の婚約者に手を出せば、聖人に手を出したと同等の扱いとなり簡単に極刑に処せられる。だから、セシリアが欲しいと言っていた者たちもグレッグに当たり散らし、渡した金銭の回収に入って危ない橋を渡ることはしなくなった。


だがグレッグの事業は更に経営が悪化し屋敷を手放さなければならない状況で、使用人を1人2人と解雇していった。最近ライアンを見かけなくなった。ライアンには41歳の未亡人コーディア伯爵夫人を宛てがい金を引き出そうとしたが、ちっとも帰ってこない為 話が出来なかった。どこへ行ったか分からない。


グレッグは本当にクレアにも相手を見つけるつもりだった。だが49歳のクレアは後妻でも愛人でも迎えると言った者はいなかった。それは現在進行形でグレッグの愛人と周知されているからだ。

社交界では『愛人クレアに入れ上げていたが、20年以上経っても変わらぬ本妻フィーリア様の美しさに乗り換えることを決めた』などと揶揄されている。


クレアは親しい友人からそれらを聞いてもう外には出られなくなった。

まさかこの歳になってこんな仕打ちに遭うとは思ってもみなかった。裏切られた悲しみで日々泣き腫らし痩せ細っていく。こんな状態のクレアの寝ているベッドにグレッグは入ってきて隣で無神経にも眠る、かつての愛しい男に殺意をたぎらせる。

恋は愛に変わり情を育んできた。今はそれが憎しみに変わる。心から愛していただけに憎悪に感情を絡め取られる。この時初めてクレアもフィーリアの苦しみに思い至った。9つも下の恋に恋する年頃だったフィーリアはさぞかし絶望した事だろう。

恋しい夫には結婚前から愛人と子供までいて、女児を産んだとして捨てられた、その苦しみは正気を失うほど…。自分の罪をはっきりと認識した。セシリアから父親と母親を奪った罪を! だが、本当の悪人はグレッグだ、この男が元凶なのだ。気付けばグレッグの首に手をかけていた。


グレッグは苦しさから目を開け自分の置かれている状況に気づくとすぐにクレアを蹴り飛ばし難を逃れた。


「貴様どう言うつもりだ!!」

クレアはベッドから蹴り飛ばされ床に伏して口から血を流している。クレアはその状態のまま、グレッグを睨みつけている。それに腹を立てたグレッグはベッドから降りてクレアを何度も平手打ちした。それにクレアは何の反応も示さない。ただジッとグレッグを見続けている、それが腹立たしくて仕方ない。クレアは先程蹴り飛ばされた時に一緒に落ちた水差しが近くに落ちていたのに気づいた。クレアはそれを手に取るとグレッグの頭を目掛けて殴りつけた。グレッグはこめかみから血を流し呻き声を上げた。割れた水差しの破片を握り直し何度も何度も殴りつける。クレアの手は血が噴き出し上手く握れない、だがクレアは一心不乱にグレッグを殴りつける。グレッグは体のあちこちから出血している。声を聞きつけた執事たちが入室してきて悲鳴をあげクレアを引き剥がそうとして近寄ったタイミングでグレッグはクレアにファイアボールを打ち込んだ。クレアはファイアボールを受け跳ね飛ばされそのまま炎が燃え移り、炎に包まれた。クレアはその中でも熱がることも抵抗することもなくゆらゆらと揺れ更にグレッグに近づいてくる。グレッグは相手がクレアだと言うことも忘れファイアボールをち次々打ち込んでいった、するとガクンと膝が折れそのまま床に倒れ動かなくなった。

クレアは炎の中で黒く変わり果てた姿になっていった。それをグレッグも使用人たちも微妙な顔で見ていた。使用人たちは炎を必死で消しながら、変わり果てたかつてのスターライド侯爵夫人の姿を痛ましそうに見ていた。クレアは威張り散らすこともない、優しい女主人であった。こんな風に殺されるなどとは思ってもみない最期だった。



翌日、憲兵を呼んで現場検証し、クレアのはグレッグ殺害未遂で被疑者死亡でクレアの身柄は引き取られていった。グレッグの顔は何の感慨もなく淡々と処理していく。とても20年以上連れ添った恋女房だったとは思えない、それはまるで憂いが排除されてスッキリしているかのようだった。

現在この屋敷にライアンもマイラもいない為、特に知らせることもなく、夫を殺そうとした女の葬儀もなく、憲兵が遺体を引き取ると屋敷は清掃されて、すぐにいつもの落ち着きを取り戻し、グレッグはすぐに仕事に出かけていってしまった。



グレッグはその足でヘネシー伯爵家へいつものように向かいフィーリアとの面会を求めた。いつものように却下される。だが今日は庭にフィーリアの姿を見つけて許可もないのにズカズカと入っていき声をかける。

「やあ、フィーリア いい天気だね」

「どなただったかしら?」

「私は貴女の夫だよ、毎日貴女に会いに来ているの知らない?」

「ええ、存じません。それではさようなら」

「ちょっと待ってよ、久しぶりに会えたんだからもう少し話をしようよ?」

「結構です。夫だったとしてもわたくし貴方に興味がないようです、失礼」

「お引き取りください」

使用人も割って入るがグレッグは諦めない。


「ねえ、やり直そう、貴女は家でゆっくりしてくれていればいい、だから全てを私に任せてくれればいいよ。ここにいても私の家でもする事は同じだろう?」

「図々しい人ですね。私は貴方に会いたいと露ほども思いません。お帰りください、毎日来ていると仰っていましたが、迷惑です 二度といらっしゃらないで。

もうこれ以上は苦痛だわ、お引き取り頂いて頂戴」

フィーリアはスタスタと歩いて行ってしまった。


その背中を見て顎を摩りながら怪訝な顔をして目で追っている。

『焦らしているのか? それとも復讐のつもりか? 無駄なことを。どの道お前は私の妻なのだから』




セシリアはスターライド侯爵領に来ていた。

領民は以前までの体制がどんどん変わって戸惑うことも多いが、暮らしやすくなり歓迎されていた。ここでもセシリアは動物たちと会話をして環境改善を図り、領全体が活気付いていた。

スターライド侯爵と言えば領民から搾り取る悪代官のイメージ、領主に期待など誰もしていない。だがセシリアが来るようになってから何もかもが良い方向に変わってきた。

まず第1に動物が元気になった。第2に作物がよく実るようになった。第3に領内の整備をしてくれるようになった。以前は大雨による被害が出ても見てみぬふり、自分たちでなんとかするしか無かった。ところが、大雨になると被害が出るところは事前に大幅な護岸工事が行われ、被害が出た際に避難出来る場所まで作ってくれた。その上領内の舗装工事も橋梁補修工事も、家畜の放牧場に加工食品まで次々に手がけていった。

それから病院と言うものも作ってくれた。


平民は具合が悪くても基本的に我慢するしか無い、余計な金はどこにも無いからだ。

良い領主の下では安くポーションを手に入れる事が出来るが、どこも余計な金はないし領主は領民より私腹を肥やすことに夢中だ。領民のために事前に準備してくれる事は無い。だけど、それが今のスターライド侯爵領には、例の避難場所に人が在住していて、症状に合わせて判断し、格安でポーションを売ってくれる。ポーションは高くて買えないと言う者の為に湿布や痛み止めなども格安で売ってくれる。急に良い領主に変わり夢を見ているようだったが、この変化を大いに喜んだ。


そしてその変化を齎したのがまさかの人物で驚愕した。

まるで女神そのもの、そして1番驚いたのはスターライド侯爵の血縁者と言うのだ。

あの、悪名高いスターライド家に善良な人間などいる訳がないと思っていた。だからセシリアの行動も裏があると思って疑っていたが、セシリアは何より取り繕った綺麗な言葉ではなく行動で示してくれた。だから自然と信用していった。そして自分たちの新たな領主を歓迎した。年若い女性、日頃 領には在住していないが、信頼が置けた。だって、家畜を領主自ら世話するなんて聞いたこともない。その上、自分たちみたいな人間の話を聞いてくれる、綺麗で人形みたいなセシリアはいつだって対等に話をしてくれ、ほんの小さな事でも馬鹿にしたりもしない優しい人だった。

誰もいない馬屋でセシリアは馬一頭一頭と話をしている。丁寧にブラッシングをしながら話をしている。

「まあ、お腹辺りが痛いのね?」

『こう、ズキズキズキズキって痛くなる時があるんだ』

「そう…、ああ、恐らくこれね、石があるみたい。ちょっと待って……はい、どう? 良くなった?」

『どうかな? おお? 動いても痛くない! 動ける!』

「本当? 良かった…、手遅れにならなくて良かったわ。これで元気に走り回れるわね! 

それにしても魔法っ便利ねぇ〜。お腹を切らなくてもこうして治せちゃうんだもの」

「セシ、ご苦労様。あっちの豚も問題ないよ」

「良かった、お兄様有難うございます」

「セシリア〜、鶏小屋も問題なさそうだったよぉ〜」

「リアンも有難う。さてと、スターライド侯爵領の家畜は全部見終わったわね。

お兄様、リアン ブルーベル侯爵領のも少し見たいのですけれど、構いませんか?」

「ああ、勿論構わない」

「僕もセシリアが一緒なら何処へでも行く!」

「うふふ、有難う、では参りましょう!」

すると、3人は転移して消えてしまった。

そのやり取りを馬屋で酔っ払って眠ってしまったケニーが聞いていた。


腰が抜けて動けない。

高位貴族は魔法が使えるって話は有名だが、まさか家畜に貴重な魔法を使うお貴族様なんている訳がないと思っていた、誰にも知られることもなくこんな朝早くに領内も家畜を見て回って、ついでとばかりに病気も治しちまう、そんな奇特な魔法使いがいるはずが無いと思っていた。いつだってアイツらは自分を特別な人間と位置付けて特別扱いと高額な金を要求してくる、それが…『うちの領主様は変人、いややっぱり女神さまだったんだな』変に納得した。そしてこの話は領内にだけ瞬く間に広がった。それは勿論、セシリアの邪魔になりたく無いから。本来であればもっとひけらかしてもいい話だし、国中の有名人でもいい筈だ、だけどこうして人がいない時間にこっそりやると言う事は、知られたくは無いと言うことだ。万が一セシリア様の能力が知られれば王太子殿下のお妃様になって、ここの領主ではなくなってしまう、それだけは絶対に嫌だ!! 領民が結託して秘密とした。




グレッグはクレアを亡くし、あと売れそうなのはライアンだけとなってしまった。ところがそのライアンは未だ見つからない。残るはスターライド侯爵領を偽造した書類でこっそり売り捌くしかなかった。役所に書類を取りに行った。それは名義を自分の名前に変更する為だった。


手にした書類には名義が父の名ではなく、セシリア・スターライドに全て変わっていた。しかも変更の際は国の許可が必要と注意書きまである。

「なんだ…これは!! 何かの間違いでは無いのか!?」

「はっ? 間違いございません。こちらは前任と後任が役人立会いの元で書類の取り交わしをしておりますので、ご本人様たちのご意思も確認しております」

以前は父から死亡の際は、フィーリア・スターライドへ譲ると明記されていたが、それも訂正され消えていた。

「以前、金で書類を偽造した者たちが一斉に処罰され、現在は取り締まりが厳しくなっているのです」


「そんな…馬鹿な!! 何のためのフィーリアに…」

愕然として書類を握りしめる。

あの父がセシリアに!? 何故? 一体いつ!?


「へ、変更届けをくれ」

「出来ません。こちらは閲覧のみで変更は役人の立ち会いがなければ出来ません」

「ならば、立会い人を連れてくれば良いのだな!」

「いえ、出来ません。良からぬ人間に権利を狙われているとかで、立会い人が指定されています。その方が立ち会う必要があります」

「ならばその立会い人を教えろ、私が話をする」

「出来ません。そう言う決まりですから」

「いいから、教えろー!!」

ガシャン! 


「は? 何だこれは! 離せ! 私を誰だと思ってる!」

「脅しには屈しません、脅迫強要には断固たる態度で接することが決まっています」

グレッグは兵に連れて行かれた。




セシリアはあの夜会に参加する前にスターライド侯爵家の祖父母と接触していた。

祖父母はセシリアの存在を歓迎した。

ヘネシー伯爵家の利権を手元に置いておくにはフィーリアが必要だったが、今のフィーリアは人形と同じ下手すれば自分たちより先に死ぬ可能性すらある、そうなればグレッグにこのスターライド侯爵家を潰されることになる。それだけは避けたい、かと言ってグレッグの子供たちでは意味がない。最高のタイミングですげ替える首がやって来たのだ。

セシリアであれば!ヘネシー伯爵家もフィーリアの生き写しのセシリアを無下には出来ない、そして目論み通りとなった。更にセシリアを後継者にしようと仕事を教えた、セシリアは期待以上の働きをしてくれた。祖父はフィーリアをヘネシー伯爵家に返すのを条件にセシリアを領主代行としてこきつかった。その成果に満足し正式にセシリアを領主としていた。グレッグが知らないところでスターライド侯爵家の資産は全てセシリアのものとなっていた。


そしてもう一つ、ヘネシー伯爵夫妻の死後、フィーリアは修道院へ入り、全ての資産はセシリアが相続することになっている。その事実をグレッグはまだ知らないが、計画がうまく行かない事に苛立ち、その元凶をセシリアだと考えるようになっていった。



グレッグは裁判を受ける事となった。

たかが役所で騒いだ程度で大袈裟だと思った。

この程度の微罪で侯爵が裁判にかけられるなどあり得ない、何の茶番だと不服に思っていた。


裁判所では罪人が魔道具に繋がれ順番待ちしている。

見た目ではどんな犯罪者かは分からない。ただ一つ言えるのは 恐らくここで順番待ちしている人間は、凶悪な犯罪者ばかりなのだろう、という事。

何故自分がここにいるのか分からなかった。

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