左目の少女
ふと思い付いたので一発書き。
「それでは次の写真です」
司会者と思しき男が低い声でそう告げると、スタジオの照明が落とされ、中央のモニターに映されていた画像が切り替わる。
新たに映し出されたのは一枚の写真。
どこかの廃屋だろうか、古めかしい造りの部屋の中で、掃除道具を片手に笑顔を向けている若い女性。
一見すれば何の変哲も無い写真。ただし、それが写真の中に紛れ込んでいなければ。の話だが。
雛壇に集められた芸人や、スタジオで見学している観覧者の口から驚きの声が漏れる。
その写真には、笑顔の女性の他に、夥しい数の白く光る球体が映し出されていた。
「これは、依頼者の方が撮影されたものです。依頼者の方は、長く放置されていた古民家を買い取り、今流行りの古民家DIYをやろうとしていたそうで、入居初日に恋人とそこを訪れた際に撮った写真だという事です」
再び照明の灯されたスタジオで、司会者の男が、手元の台本を読み上げる。
中央のモニターでは、拡大された写真の一部が切り替わりながら表示されていた。
この映像がお茶の間に流れる時には、さぞやおどろおどろしいナレーションが入る事だろう。
「天山先生、如何でしょうか」
司会者の男が、雛壇とはモニターを挟んで逆の席に座っている黒い和服の男に声をかけると、声をかけられた男がモニターにアップで映し出される。
「オーブですね、間違いありません。物凄い数ですね……」
男が重々しく発した声に、スタジオ中から再度どよめきが上がる。
モニターには、今度は両手で口を押えている女性芸人の姿が映し出されていた。
「やはり霊魂でしょうか? それにしてもこの数は一体……」
司会者の声に、天山と呼ばれた男は眉を顰める。
「そうですね……一際強い怨念を感じます。ちょうど彼女さんの右手に写っている大きなオーブですね、
その声を受けて、モニターに写真の一部が拡大される。
「おそらくそれが最初の怨霊でしょう。初めにこの民家で亡くなった人が怨霊となり、長い時間をかけて、周囲の自分と同じような怨霊を呼び寄せ、時には取り込んでここまでの規模になったのでしょう……」
「とすると、この古民家では何か事件があったと?」
モニター上で、恐る恐ると言った風の司会者と、しかめっ面の天山の顔が忙しく切り替わる。
「事件とは限りませんね。例えば、誰にも看取られずに一人寂しく無くなった場合でも、寂しさから怨霊、地縛霊になる事は十分考えられます」
「なるほど……」
「今言えるのは、これを撮影された方はなるべく早めにこの家を手放された方が良い。少なくともここを訪れるのは避けた方が良いでしょうね。特に彼女さんが心配です」
「と、言いますと?」
「先程言った一番強い怨霊ですが、彼女さんにかなり近付いています。いや、彼女さんの方が呼び寄せられていると言った方が正確かも知れません」
天山の言葉に、三度スタジオがどよめく。
「彼女さんは元々霊を引き付けやすい体質なんでしょうね。今はまだ近付くだけで済んでいますが、接触を繰り返す事で、そのうちこの怨霊が家を離れて彼女さんの方に憑いて来ることにもなりかねません」
「天山先生。もしもですよ? その怨霊が彼女に取り付く様な事があったら、大変な事になりますよね?」
「ええ、彼女を取り込もうとする怨霊によって、命に係わるような出来事が引き起こされる事は十分考えられます」
言葉を失ったかのように立ち尽くす司会者と、最早幾度目になるかもわからないスタジオのどよめき。
―― この様子が電波に乗る頃には、さぞやSEで水増しされているんだろうな。 ――
と、冷めた目で会場を眺めている男が一人。
「ですが、幸いな事に彼女さんの守護霊はとても強い力を持っています。恐らくは御先祖様なのでしょうが、とても格の高い守護霊です。今ならまだ怨霊に負ける事も無いでしょうね」
そう言って笑顔を見せる天山の顔がモニターにアップで映し出されると同時に、今度は安堵した空気がスタジオを満たす。
―― これも放送時にはそれっぽいSEが挿入されてるんだろうな。 ――
男はそう思いながら、スタジオを白けた目で眺めていた。
「それでは、ここで別の方に意見を窺ってみましょう。立山先生。どうでしょうか?」
司会者の声に、男は白けながらも居住まいを正し、自分の姿がモニターに映し出されたのを確認してから、カメラに向かって軽く頭を下げる。
「心霊現象を科学的に解明する事を命題とされている立山先生から見て、この写真は如何でしょうか」
立山は手元のモニタに映し出されている写真を一瞥すると、
「如何も何も、ただの埃ですよ」
一刀のもとに切り捨てる。
「埃、ですか?」
「ええ、埃です。霊魂でも怨霊でもありません。見ればわかるじゃないですか」
事更に肩を竦めて言い放つ。
「ですが、これだけ大量に、しかもはっきり写っているオーブがただの埃と言うのは俄かに信じ難いのですが……」
司会者の探るような声、隣に座っている天山が顔をしかめながら立山を睨みつける。
「この古民家は長い事放置されていたと言ってましたね。であれば、埃も随分と溜まっていたでしょう。それに彼女さんは掃除道具を持っていますね、箒にしろはたきにしろ、埃を舞い上げるのには最適な道具です」
―― この映像を見たお茶の間の人は、さぞや自分を空気の読めない奴。と見るに違いない。 ――
そう自虐しながらも立山は言葉を続ける。
「写真を見る限り、室内に照明は見当たりません。昼間とはいえ照明の無い室内ですから、写真を撮ろうとすればフラッシュも焚かれるでしょう。舞い上がった埃にフラッシュの光が反射した。ぼやけて見えるのは、彼女さんにピントが合っているからですね」
そう結論付けてスタジオを見渡し、大袈裟に溜息を一つ吐いて見せる。
「大体、その『オーブ』って止めません? それこそ白黒写真の時代からこの白い光は写真に写ってきましたが、『オーブ』などと称して話題になる様になったのはここ数年ですよ」
そう言ってから、立山が足元の鞄からパネルを何枚か取り出す。
それをスタジオの人間に見えるように提示すると、スタジオ中が静まり返る。
―― ここ、SE多目でよろしく ――
心の中で編集者にお願いしながら、手に持ったパネルの一枚を掲げる。
「心霊現象が大好きな皆さんなら覚えていると思いますが、こんな写真が少し前までは心霊写真だと言って持て囃されていましたよね。
掲げられた写真には美しい西洋の城が収められていたが、その城を覆う様に赤い光が写り込んでいた。
「後はこんなのもありましたね」
そう言って、今度は反対の手に持ったパネルを掲げる。
「ひっ!」
先程モニターに映し出された女性芸人が再びモニターにアップで映し出される。
彼女は、先程と同じように両手で口を覆い、驚いた様な表情で立山の手にあるパネルを見詰めていた。
そこには、帽子を目深に被って夜道を歩く男性と思しき姿が映っていたが、同時に白いもやのようなものが、写真全体を覆う様に写っており、よくよく見れば、、それは大きな口を開けて苦し気に何かを叫んでいる人の姿に見えた。
「どうですか天山先生。一昔前はこんな写真が沢山ありましたよね? どうですか? この写真に何か感じませんか?」
そう言って立山は天山に向かってパネルを突き付ける。
「そ、それは……」
かつて天山は、同じような写真を前にして、赤い光は地獄の炎だ、写真にうつるぼやけた人影は写真に写っている人物に深い恨みを抱いて亡くなった人の霊だと語った事もある。
だが、今写真を提示しているのは立山である。
この男なら、写真に何か細工をしていても不思議ではない。であれば、軽々に霊だなんだと言う訳にもいかず言葉に詰まる。
「天山先生、如何でしょう? これも霊の仕業なんでしょうか?」
司会者の声を聞きながら、苦虫を噛み潰したような顔をしている天山に、立山は笑いかける。
「何も感じませんか? 何も感じませんよね? 当然です」
立山は、天山に突き付けていたパネルを一枚伏せると、笑顔で解説を始める。
「この赤い光の写っている写真ですが、まずこのお城は、私がプロの模型作家の方に依頼して作って頂いたジオラマです」
「は?」
立山の言葉に、司会者は間の抜けたような声を出す。
「そしてこの赤い光は、知り合いの写真屋さんにお願いして、わざと光線漏れをおこしてもらいました」
黙り込んでいる天山を尻目に、二枚目のパネルを立てて見せる。
「こちらの写真ですが、写っているのは僕です。あ、両方共僕です」
まるで手品の種明かしをする子供の様に自慢気に立山が語る。
「こちらの写真も、先程と同じ写真屋さんにお願いして撮って頂いたもので、所謂多重露光と言われるものですね。多重露光と言うのは、物凄く簡単に言えば同じフィルムで二回写真を撮ってしまう事ですね。その結果、この様に何かが写り込んだ写真が出来上がってしまうんです」
カメラは、すっかり立山の独り舞台となってしまったスタジオを映していた。
―― たまには現実の『へ~』とか『お~』を聞いてみたいものだけどなぁ。 ――
そんな事を考えながら、立山はカメラを見て話を続ける。
「さて皆さん。今僕が提示したような写真が、『心霊写真』として持て囃された時代が有りました。当時からプロの写真家の方から光線漏れ、現像ムラ、多重露光、手ブレ等々指摘は山ほど受けていましたが、自称心霊家、霊能力者の方達は、それらをまるっと無視して来ました。ちなみに、当時は先程のような光の玉が写り込んだ写真が撮られても、埃か水滴と言われて全く相手にされていませんでした」
ちらりと横を見やれば、天山はすっかり黙り込んでしまっている。
「そんな心霊写真ですが、ある時を境にパッタリと姿を見せなくなります。何が有ったかおわかりですか?」
スタジオを見渡す。幾人かは何かに気付いた様な顔をしているので、その人達に向かって笑いかける。
「そう、『デジカメ』の台頭です。初めは高価な写真機として登場したデジカメですが、やがて携帯電話に搭載されるようになり、皆がこぞってそのカメラを使って写真を撮り、メールで送り合う様になり、フィルムカメラは廃れていきました。同時に、先程のような心霊写真が見られなくなったのは、まさに散々指摘されていた事が事実であったことの証明と言えるでしょう」
それはまるで、本当に手品の種明かしをしているようで、スタジオの誰もが立山の言葉に耳を傾けていた。
「そうして飯の種に困った、自称心霊家、霊能力者の方達が飛びついたのが、先程から言われている『オーブ』です。今までは見向きもしなかったそれにこぞって飛びつき、囃し立て、金儲けに利用している姿は、浅ましいとしか言いようが有りませんね」
腕組みをして目を閉じている天山は、傍目には『どっしり構えている』ようにも見えるが、その実、その脚は8ビートを刻んでいた。
「大体、年間十万枚近い写真を十年以上に渡って撮り続けているプロの写真家の方は、心霊写真を一枚も撮った事が無い。と言うお話もあります。それなのに、素人がたまたま撮った数百枚に心霊写真がある。と言うのは、統計学的にもあり得ないですね。また、人間生きていれば大小問わず怪我の十や二十はするものです。それを一々霊の仕業に当て嵌めるのはこじつけが過ぎるというものでしょう。私としては、先程の写真を撮られた方には、馬鹿な話に踊らされて折角手に入れた家を手放すなんて事はせずに、彼女さんと古民家DIYを楽しんで頂ければと思いますよ」
そう言ってから軽く息を吐き、話は終わりとばかりに、カメラに向かって軽く頭を下げて締め括る。
「な、なるほど、そういう考え方もあるんですね! いや~、参考になりました」
場を受けた司会者が、少し慌てたように言葉を繋ぎ、場の空気と天山をフォローする。
「で、では、次の写真です」
司会者の声に、再びスタジオの照明が落とされ、モニターの画像が切り替わる。
そこには、一人の女性の立ち姿が写っていたが、本来在るべき左足は根元から切り取られたかのように消え失せ、そこには後ろの生垣が写り込んでいた。
「この写真ですが ――」
その後も、写真が提示される度に天山は霊の仕業だと主張するが、対する立山はそれを悉く、時には観覧客の持っているスマホでもって実演し、論破して見せた。
§
「ふぅ……」
夕刻、一人暮らしの自宅へと帰り付き、玄関で靴を脱ぎ棄てて立山は軽く溜息を吐く。
元々彼は、別の分野のコメンテイターとして時々TVに映る程度の人物であった。
たまさか出演した番組で、心霊現象を科学的に証明して見せたことがきっかけで、そう言った番組に呼ばれるようになったのだ。
「まぁ、俺の目的の為には丁度良いっちゃ丁度良いんだけどな……」
茶番に付き合わされる事に辟易としながらも、自分を納得させるかのように一人呟く。
手洗いうがいもそこそこにキッチンへと向かい、換気扇の下で紫煙を燻らせまた溜息を吐く。
「また外れ……か……」
紫煙と共に吐き出された独り言は、同じく紫煙と共に換気扇へ吸い込まれ消えていった。
そもそも彼は、霊の存在を否定していない。
いや、ある意味彼こそが、誰よりも霊の存在を信じている。
―― だからこそ、『偽物』に腹が立つのだ。 ――
電気も付けない薄暗い室内。
煙草をもみ消し、リビングに置かれたソファーに深く腰掛けて目を閉じる。
暫くして、気を落ち着かせるかのような深呼吸の後、再び彼の目がゆっくりと開かれた。
その場に誰かが居れば、彼の左目が、淡く青い光を放っているのに気が付いたろう。
彼の視線の先には、艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、前髪を切り揃えた和服姿の少女が、少しだけ悲しそうに微笑みながら立っていた。
彼の左目だけに映る少女に向かって、彼は微笑みかける。
―― 或いは、自分のこの執着こそが、彼女をここに縛り付けているのかも知れない。 ――
そう考えた事も一度や二度ではない。『自分の事は忘れて生きろ』と、立山の知る彼女であれば言うに違いない。
心の中で、自分の行いが単なるエゴだと自嘲しながら、それでも彼は『本物』を探し続ける。
全ては、左目と引き換えにあの頃の姿になってしまった彼女の為、彼女との幼き日の約束の為に……。
雰囲気だけ楽しんで頂ければという、投げっぱなしジャーマンなお話でした。
TVや動画サイトなどで、声高に騒ぎ立てているような輩は総じてインチキだと思っています。
が、私自身は、幽霊や宇宙人は『居る』と思っています。
実際に色々と体験した事もありますし。もちろんその全てが心霊現象などとは思いませんが。
心霊現象、或いは霊障と言われるもので最も一般的なのは『金縛り』でしょうか。
私も仕事で京都の山奥に住んでいた時分に頻繁に体験していました。
所謂『半覚醒』で説明が済んでしまう事象ではありますし、何度も体験していると慣れっこになってしまうものですが、
一度だけ、なんだかとてつもなく『これはマズい』と感じた事がありました。
なんだったんでしょうね、あれ。
御存知かもしれませんが、何度も金縛りを体験していると、布団に入って眠ろうとした時に、
『あ、今日は金縛りきそう』ってなんとなくわかるんですよね。あれも何なんでしょうねw
当時の会社の先輩に教わった『金縛りの解き方』
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①:体の末端部分で動く場所を確認する(私の場合、ほぼ右足の親指でした)
②:①で見つけた場所を、ほぐす様に繰り返し動かす。
③:少し広い範囲(①が足の指だったら、足首辺り)まで動くようになるので、今度はそこを解す様に動かす。
④:③を繰り返して、脚一本、腕一本辺りまで動くようになったら、反動をつけて一気に起き上がる。
⑤:体全体が動くようになるので、電気を点けて部屋の中を威嚇して回る。
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⑤にどんな意味があるのかは知りませんが、教えてくれた先輩は『なんとなく』と言っていましたw