サマーレクチャー・サプライズ
サマーレクチャー初日。
今日は午前に子供向けの六十分と午後に九十分。どちらも初級のウィッカレッスンだ。
こちらはそれぞれ全六回。大人も子どもも修了証を受け取ると市民カレッジのウィッカレッスンへの入学資格を得られる。薬草学を勉強するための取っ掛かりとして、サマーレクチャーは人気があるのだ。
午前中の講義も無事に終わり、お腹を満たすためにカフェテリアに行く。学生たちの大半は夏季休暇中だが、教授のアシスタント狩りに捕まった学生や、研究に追われている年齢不詳の院生もチラホラと見かける。頑張れ。
そんな学生さんに混じりながらカウンターの列に並ぶ。カフェテリアは何種類もの料理を目にすることができるので、テンションが上がる。どれを食べようかな。
数秒迷ってモルタデッラという口当たりの滑らかなハムが薄くスライスされたものが乗ったサラダと、ほうれん草とチーズを詰めたトルテッリーニに、ブラッドオレンジジュースをトレイに乗せる。
ご当地カツレツを食べ比べする趣味を持つ私だが、肉料理は夜にワインと共にいただきたいのでランチメニューからは除外した。美味しそうだけど、またいつか。
空いたテーブルを見つけて席につく。ジュースで喉を潤しながら昼食を済ませたあとの予定を考える。講義の準備を入れたとしても時間に余裕があるのだ。
午後からと言っても開始の時間は三時半からだ。南方特有の長い昼休みに感謝である。なにをしようかな。
学生価格の地元の名物料理に舌鼓を打っていると、小さな生徒さんたちから声を掛けられた。午前の講義を受けた子たちのようだ。食事が終わったらお話がしたいとのこと。にこやかに承諾する。勉強熱心な生徒は好きよ。
場所を変えて数人の魔女志望の生徒さんたちに囲まれる。質疑応答もあったが、基本的に軽いおしゃべりをして一時間ほどで解散する。希望に満ちた子どもの目はいいなぁ、とほっこりした。
まだまだ講義まで時間があるので、大学の図書館へ向かう。
私の今年の夏のテーマは、アミュレット作成力の向上だ。サイキリアにも足を伸ばす予定だが、他の土地でもなるべく多くの資料を目にしたい。
まずは一冊。目的のジャンルの魔導書を見つける。ぱらぱらとめくり、必要な部分をメモに取る。
そんなことを繰り返し、三冊目を探す。
あった。が、書架の一番上の棚だ。背を伸ばせば取れなくもなさそうだが、厚みのある背表紙に躊躇した。念のためかかとを上げてみたが、どうやら無理そう。
脚立、とつぶやきつつ辺りを見回そうとした時だ。
「これでいいのですか?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、見覚えのある蜂蜜色の髪が目に飛びこんでくる。
「次代様」
軽々と目当ての魔導書を棚から取り、驚いたままの私に表紙を見せてくれた。
「そうです、ありがとうございます。というか、どうしてこちらに?」
「用事が早く片付いたので駆け付けました。ダーク姉様の講義を聴きたくて」
甘やかな声で、ちょいちょい私の羞恥心を煽っていくスタイルの仮想甥っ子。それが次代様である。
「大昔にお教えした内容と変わりませんけども」
「何度聴いても姉様の話は新鮮ですからいいのですよ」
取っていただいた魔導書は、厚くて重いから、という理由で机まで運んでくれた。お優しい。
次代様がお優しいのは昔からだ。お母様譲りの魅惑的な表情を作る美しいお顔立ちも変わらない。
お小さい時は本当に天使だった。私はしみじみしながら昔を思い出す。次代様より五歳年下の弟様もそれはそれは可愛らしかった。弟様は更にぽわわんとして、とても素直な性格をされているのだ。
小さな子から叔母さん呼びをされてみたかった私は、弟様やそのお友だちの姫様にテア叔母様と呼ばれて、とても癒やされた記憶がある。
次代様と弟様にはあっという間に身長も追い越されてしまったし、どちらもすでに成人されているけども、可愛い甥っ子たちに変わりはない。早く私にお嫁さんを紹介して仮想姪っ子を増やしてほしい。
「私は別の本を見てきます。書架へ返却する時にお声がけください。本を戻したら講義室へ参りましょう」
「次代様を使ってしまうようで悪いですよ」
「私の方が姉様より背が高いですから、最上段の棚へ本を戻すには合理的でしょう?」
確かにそうだけれども。
まあいいか。ここは優しい甥っ子に甘えてしまおう。
三冊目の魔導書からメモを写し終えたところで、ちょうどいい時間になった。宣言どおり本を棚に戻してくれた次代様にエスコートされ、講義室へと向かう。
開始前にもかかわらず、講義室は聴講生で満席だった。ありがたいことである。次代様は当然のように最後部へまわり、端の追加席に着く。その様子に思わず微笑んでしまう。
アカデメイア史上最年少で複数の学位を修め、貴族の嫡男でなければ大学に残り研究者になりたかったという次代様は勉学が大好きだ。時間が取れるとこうやって聴講生に紛れ込むのがお好きらしいので、慣れた所作なのだろう。昔からそういうところも変わっていない。
さて、ウィッカレッスンとは端的に言うと薬草学と精霊学である。市民カレッジで双方の学位を取得すると、エルボリステリーを開業することができる。なんとなく不調だけどクリニックへ通うほどではない時に、相談がてら足を運べる気軽なカフェを開業する場合が一番多いかもしれない。
初日の今日は、誰でも名前を知っている薬草や季節ごとの祝祭について講義をした。質問も多くて教えがいのある方々が集まってくれたようだ。嬉しい。
ウィッカレッスン四日目の講義は八の月の収穫祭、ルーナサの祭り当日なので、聴講生の皆さんへファーストフルーツを振る舞う予定である。ベリー山盛りのタルトレットもいいな。
例年だと、夏の間は南方とグイメハムを一、二度往復をするのだが、今年はこちらに滞在しっぱなしなので、なんだか新鮮だ。
去年は集落近くの小高い丘の上へ登って、リヌス提供の新麦のパンや、初収穫のビルベリーのジャムを使ったお菓子で、収穫祭代わりの野外飲み会だった。
今年は一人だし、たまには古代の儀式と執り行おうか。静かに祝福と祈りを捧げるのも悪くはなさそうだ。




