黒い歴史と彼女は言った
色彩魔術師は色を生み出し、形の有無を問わずに色を定着させる術者だ。
鉱物や植物を用いて魔力で要素を抽出し、練り上げ、色素多面体という素材を精製する。
コロルリアとは女性の色彩魔術師の呼称で、私もそのように呼ばれることが多い。男性であればコロルリオという。
単純に色を付けるだけのこともあれば、色彩の持つ魔力を増幅させたり、素材の潜在魔力を引き出し、組み合わせることもある。
基本的にオーダーメイドで、日常生活のあれやこれから、高位魔術用の素材販売まで非常に汎用性のある技術だ。
通常、ヒトが認識できる色数はおよそ百万色だが、再現できる数はもっと少なくなる。
基本の五百色以外であれば、寒色系統の色彩を得意とする術者が多いと思う。私も季節の空や海の色を再現する依頼は大好きだ。
反対に、暖色系統の細やかな色彩を生み出せる魔術師は少ない。
色彩魔術師であれば半数以上は四色型色覚の持ち主だが、赤から黄色へのグラデーションを認識したとおりに再現できる術者は、限りなく希少だ。
私はその希少な者に数えられている。
そんな私に、代行さんはいたずらっ子みたいな笑顔を向けた。
「でも、ご自分で名乗られたと伺いましたよ」
知っている魔導学者の名前を出され、私はフラットな笑い声を漏らす。
ははははは。酒の席の話です。
ほろ酔い気分で調子に乗っちゃったんですよ。よくある話です。
深緋とは古代の色だ。
当時に作られた儀礼衣装と、色合いを讃えた詩のみが文献で残っているだけで、再現は難しいと言われてきた。
幾人もの色彩魔術師が挑戦し、失敗を重ねてきたのだそうだ。
継承されなかった技術は、少し切ない。
全く同じ物でなくとも、せめて近い色を作り上げて後世に伝えよう。
そう考えた若き日の私は、ついうっかり深緋の色を完璧に再現したのだ。魔が差した。
根がお調子者で楽天的な私だ。始めは成功したことが嬉しくてはしゃいでいたが、知らない所で想定以上の影響力をもたらしていた。
十年ほど前のことだ。
王立自然科学研究所の魔導学者たち数名が連名で学術論文を発表した。
題して「色彩魔術における古代色の力の応用と実現」。
順を追って話そう。
私が再現した深緋の色素材は、魔導学者の間で評判になり、しばらくすると国内にある研究機関のトップ、王立自然科学研究所からコンタクトがあったのだ。
当時、独立して数年ほどだった私は、長期契約の依頼に飛びついた。
安定、大事。
そんなわけで、報酬に目が眩んだ私がほいほいと古代色の素材を作っては渡し、作っては渡しを繰り返した結果がこれだ。
魔導学者さんたち自体は気のいいおじさんやおばさんたちばかりで、とても印象がいい。
駆け出しの小娘だったせいか、みなさん私を大層可愛がってくれたのだ。正直いい思い出しかない。
検証に必要なデータが全て揃ったのは依頼から一年後。学者さんたちは、打ち上げを兼ねて私の送別会を開いてくれた。
よく考えたら、酒好きばかりだから気が合ったのかもしれない。実際、今でも交流があるしね。
「画期的な研究だからね、きっと色彩魔術師としての名前を売る手伝いになるよ」
「わあ、嬉しいな。期待してます」
確かにそんな会話をした。
共著者表記は辞退したが、協力者として名前を入れていいか、という申し出には快く承知した。
その時に、気分が大きくなって口にした二つ名。その名前が「深緋のダハクテア」なのだ。
だってカッコいいと思ったんだもの。
私、十代の少女時代に異名とか憧れたクチだから。
暗黒のナントカとか。混沌のダレソレとか。夢幻のナンタラとか。そんなやつ。
家名はないが、やたら長いフルネームよりはいいと思ったのだ。
大変素直な方々の前で、そんなノリを披露してしまったらこうなった。
大陸各国で著名な、自然科学と魔導学専門誌に掲載されたというその論文は、丁寧に製本され、献本された。
ありがたく思いながらページをめくった私はひっくり返った。まじかと思った。
それはもう絢爛な謝辞のページを作ってくれた上に、きらびやかな表現で私の名前を飾ってくれた。
内容そのものも聞いていたとおり革新的で、私も興味深く読んだし、界隈でも大きく話題を呼んだ。詰んだ。
考えてほしい。若気というものが至りに至りまくった名乗りが、世間に広がってしまった状況を。
私は一時間ほど自室で転げ回った。今でも転がる。
転げ回っては開き直るという儀式を定期的に繰り返すうっかり者を笑うがいいさ。ちくしょうめ。
それ以来、天才的な色彩魔術師・深緋のダハクテアという存在が勝手にひとり歩きしてしまい、私は頭を抱えている。こんなことなら素直にフルネーム表記をお願いすればよかった。
なんかね、すんごい美人で超絶有能らしいんですよ、かのダハクテアさんは。そんなこと言われた覚えもなければ自称したことだってない。
いや、腕には自信はあるけどね。腕だけはね。
私はただの才能あふれる色彩魔術師であって、決して華やかで有能な美人ではない。
ちなみにダハクテアというのは、両親からもらった大切なギブンネームだ。風変わりな名前だとよく言われるが、私は気に入っている。
ただ、普段は愛称で呼ばれているので、正式な名前で呼びかけられると、少々どきりとしてしまう。
たとえば、今だ。
思えば、代行さんは私のことを名前で呼ばない。
私が居を構えている辺境にある集落の名前と、色彩魔術師の呼称を併せた呼び名を使っている。
「グイメハムのコロルリア」
代行さんが少し困った笑顔で私を呼んだ。
「こちらでお呼びした方がいいですか?」
まつげが長くて素敵だわ、なんて見惚れていた私だが、お堅い呼称から愛称呼びに移行させるチャンスだと気がついた。
時は来た。ジャストナウ。
なぜなら、私は代行さんともう少し仲良くなりたいのだ。
仲良くなって、いい感じの珍しい鉱石をたくさん融通してもらいたい。しかもこの子は顔がいい。
顔、大事。
「テア、とお呼びいただければ、なんて」
こちらの申し出に、代行さんはきょとんとした顔をする。可愛い。
こんな弟がいたら姉バカまっしぐらだわ、と思いながら反応を待つ。
すぐに花が咲くような笑顔になった代行さんは、わかりましたと了承してくれた。
「では。この石はいかがいたしますか、テア」
イケボなイケメンが、こちらの呼んでほしい名前を口にしてくれるという状況の破壊力たるや。
もちろん即金で購入した。