兵ども、決戦の地に集結す
「テア! キーラ!」
道の向こうで金色の長い髪がふわりと揺れた。
背の高い美女が私たちに向かって大きく手を振っている。私とキーラは笑顔で駆け寄った。
「カオリーネ! 帰って来てたんだ!」
しばらく出張が続いていた友人、カオリーネだ。シュッとした北国美人の皮を被ったポンコツ女だが、私たちは彼女が大好きだ。
「今朝、着いたばかりなの。飲み会の話、聞いてたから張り切って選んできたよ」
目利きのバイヤーでもあるカオリーネのセレクトだ。間違いなく酒も肴も美味しいだろう。
「何度も領都と南の往復してたってマイアから聞いたけど。新店準備、大変ね。お疲れさま」
カオリーネは、この夏に南の辺境伯領へ三店舗目の食材セレクトショップを出す予定なのだ。とても忙しそうだが、それ以上に楽しそう。
「ありがとう、大丈夫だよ。三日は休めるから充分にリフレッシュできると思うの」
おおかた秘書のエティエンヌさんに強制休暇を取らされたんだろうな、と私とキーラは頷き合う。普段はパワフルでワーカホリック気味な実業家なのだ。普段は。
「マイアは今日、来ないの?」
「エルンストが帰ってきてるから。というか、領都からここまではリオワースが乗せてくれたの」
納得した。
エルンストはマイアの夫で、騎竜郵便士をしている。
仕事柄、月の半分以上はグイメハムを離れているので、戻っている間は家族水入らずで過ごすのがお約束なのだ。
二人の宝物である双子ちゃんたちがもう少し大きくなったら、飲み会にも夫婦で顔を出してくれるだろう。
「じゃあ、リオワースは?」
リオワースはエルンストの雇い主兼相棒のドラゴンで、少し気分屋だが基本的には気のいい郵便竜だ。
予定が合えば、今回のカオリーネのように友人を背中へ乗せて移動してくれる。
「誘っといた。どこへかわからないけど、お酒買いに飛んで行ったから、後からくると思う」
どこまで買いに行ったんだよ。気合い入ってるな。
「でも、リオワースと飲むのも久しぶりだね。ここしばらくは挨拶と立ち話だけだったし」
私の言葉にキーラも頷く。
「久々に、おネエ言葉でテアを説教するリオワースを見物できそう」
「なんで私が説教される前提なんだ」
「いつものことだし」
「ねえ」
ドラゴンなだけあって、リオワースは長生きをしている。
人生の先輩という生き物は、種の区別なく酔っぱらいから人生相談をされがちらしい。それはいいのだ。
だが、どうしてそうなるのかは一切不明だが、特に相談していない私にも説教という名の流れ弾が飛んでくるのだ。なんでだよ。
ちなみにリオワースがおネエ言葉なのは元からだ。立派でカッコいいオスの竜なのに、なぜかオネエ言葉。
なんでも、人当たりを良くするためにそうしてるらしい。黙っていれば畏怖に値する神々しいドラゴンなのに、野太いおネエ言葉で話しかけるもんだから、ヒトでなくても百人中百人が真顔になって固まる。
一応というか、リオワースは年上のメスの竜が好みらしいのでおネエさんではない。多分。
「リオワースもそうだけど、どうして黙っていればっていうカテゴリの男しか集まらないんだろうな、グイメハムは」
「まったくだ」
私とキーラがぶつぶつ言っていると、カオリーネがもじもじしながら口を挟む。
「……ローディは違うもん」
スン、とした顔になるキーラ。わかる。私も同じような表情になってると思う。
「うん、まあ、そうかもしれないね」
例の超絶鈍感野郎。それがローディことローデヴェイクという名の画家だ。
一流の腕を持つ肖像画家で、各国の宮廷や政府高官宅にも何度も招かれている。
見目も麗しく、細身で貴公子然とした容姿の誠実な人ではある。常識もあり、性格は穏やかで優しい。だからとてもモテる。
ただ、なにをどう判断しているのかはわからないが、自身へ向けられる好意の解釈がおかしい。
知人から聞いたのだが、サロンや夜会で数多のご令嬢が彼に挑んでは討ち死にしたそうだ。かわいそう。
討ち死にしたご令嬢や淑女の皆様方は、なぜか説明のできない謎の感情から友誼を深めているらしいので、それはそれでいいのかもしれない。
「えーと。ローディも今日来ると思うよ。リヌスが声かけたって言ってたから」
「やだ! 早く言って!」
私にワインの瓶、キーラにおつまみセットらしきバッグを渡すと、カオリーネは赤くなった頬を両手で押さえながら走り出した。
「お化粧直して着替えてくる!」
普段はきりりとした敏腕経営者なのに、どうして恋愛面になると十歳くらいの女児みたいになるのか。
しかし相手の方も、素直が取り柄の十二歳くらいの恋愛未経験男児みたいな男なのだ。とっくに成人して、自分の腕一本で食べているのに、どうやったらそんな三十男ができるんだ。純粋培養か。
「……まあ、釣り合ってはいるよね」
「お似合いなのは間違いないよね」
色々面倒なので、早いところくっついてほしいものだ。見た目だけはキラキラしい美男美女の大人カップルなのに、中身がアレすぎるのはいかがなものか。
「初等科学校の児童じゃないんだから、恋のおまじないとかに全力を尽くさないでほしいもんだわ」
ため息まじりにぼそりとこぼす。
「テアは魔女なのに、そのへんドライよね」
「植物の知識で人や幻獣の心身を回復させることが本来の魔女仕事だからね。おまじない教えたり、タリスマン作ったりなんかは頼まれればやる程度よ」
とはいえ、自己暗示の一種なので、カオリーネのようなタイプにはてきめんに効くのもタリスマンだ。
対話という名のカウンセリングをするとしよう。
相談者の内面で迷子になってる自信をとっ捕まえて、前へ進むことに迷う背中を蹴っとばす時にタリスマンを渡すのだ。
縋るものがあれば思わぬ力が出るかもしれない。でもその程度なのよ。力は誰もが持っている。私たちは、見失っている者に「持ってるじゃん、そこにあるよ」と教えるだけ。
「そういえば、どうしてテアは王都か領都あたりでエルボリステリーを開かなかったの?」
植物薬理学や薬草学の知識を有する者がハーブを用いて体の不調を解消に導く自然療法を行う施設。それがエルボリステリーだ。都会でも地方でも、なくてはならない場所だと思う。
確かに、魔女の称号持ちやウィッカ資格者の大半は自分の店を構えている。人々の相談に乗るだけでなく、医師や、神官などの再生魔術師とチームを組んで、医療行為を行う者も少なくない。
「初等科学校に入る前に色彩魔術師の仕事を知ってしまったからねえ」
色の世界に魅せられた私は、早く修行に入りたいあまりに最速で魔女の称号を得た。神官さんが特級と評してくれたのは、そのせいだ。
たかだか二年ほど平均より速かっただけなので、大して差はないんだけどね。
大事なのは得た称号に恥じないように行動し、授かった能力を世に還元することだ。母や祖母からそう教わったし、私も同じ考えだ。
「そんな小さい頃に天職を見つけちゃったのなら、しょうがないね。聞いといてなんだけど、色彩魔術師以外のテアを想像できないわ」
キーラの言葉に私の表情は緩む。一番の親友に、好きな仕事を天職と言ってもらえるなんて、嬉しい以外の感情が出てこない。
「よく考えたら、テアのお母様もお祖母様も、お店やってないもんね」
「うん。だから私もそこに疑問を持ったことがなかったわ」
ふたりとも魔女仕事も請け負いつつ、天職と信じた職業に就いている。曾祖母もそうだと聞いたので、そういう気質の家系なのだろう。
「向こうに帰ったら、また遊びにおいでって祖母様言ってたよ。キーラのことお気に入りだから」
「光栄だー。私もお祖母様が好きよ。カッコいいもん」
「ありがと。また休暇合わせて里帰りしたいね」
「したいねー」
歩きながら話していたら、新年の計画がまとまってしまった。
よーし。実家でぐうたら新年を過ごすために頑張って働こう。