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色彩魔術師のスローライフログ  作者: シーナアヤ
リザの祭りと踊る初夏
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仕上げて納めて身悶える

 魔術とは契約である。

 

 モノに宿る精霊と交渉し、互いに信頼を築き、対等な立場をもって望む力を行使する。

 人は誰でも魔力を持っているが、魔術を使えるかどうかは本人の資質と保有魔力の性質で決まる。

 魔術職に必要なのは対話能力と説得力だ。

 私の例で言うと、魔法炎の種火に宿る精霊と光を司る精霊の二体と永続契約をしている。どちらの精霊も大切な一生の友だ。

 他に、血統ボーナスというか、我が家で代々懇意にしている精霊の関係で、雷系統の攻撃魔術も私は得意としている。

 この特性のおかげで人脈が広がったこともあるので、ありがたいといえばありがたい。

 だが、自由自在に発動できることが災いすることも少なくはないので、プラマイゼロだ。

 暗黒のライトニングストライク?

 知りませんね。なんのことかしら。

 母のように戦闘職でも選んでおけばよかったかもしれないが、人には向き不向きがあるのだから仕方がない。

 それに私はのんびりだらだらと暮らしたい。


 そんな私が選んだ職業、色彩魔術師特有の契約に、角膜への測色機能付与がある。

 光の精霊と契約することで、視覚のみで色を数値化してデータを取得することができるのだ。

 てな訳で、ダヴィッツが本日届けてくれた花たちを測定しまくった。揃えた材料のデータをひたすらメモに書き写す。

 この色彩データを元に、先日組み上げた計算式に片っ端からぶち込んで、試算を繰り返して調整する。楽しくて仕方がない。

 校正画像をキーラに確認してもらうと絶賛されたので、私のテンションは高い。

 褒められるとどこまでも伸びるお調子者、それが私だ。この勢いで精製してしまうぞ。


 砕いてすり潰した鉱石と傷のない花弁。それにルナリエ溶液を特製の坩堝(るつぼ)に入れて、三脚に乗せる。

 そうだ、そろそろルナリエの在庫が半分になるわ。次の満月前に月の光を集めなければ。

 アルコールランプに火を灯し、種火の精霊を召喚する。

 雑談と打ち合わせをサクッと終わらせて、精製作業に入る。集中力を維持したまま、二つの色素多面体を一気に作り上げるのだ。

 魔法炎は私の望むとおりに温度を調整し、色を練り上げる。

 頭の中に叩き込んだ計算式のとおりに、熱し、練り上げ、冷却し、粒子になった色素へ魔力展開プログラムを埋め込んでいく。


 まずは白夜日の昼間の青空。

 あの時、夏至祭の二日前まで曇っていた空が、前夜祭の朝に晴れたのだ。

 澄み渡る空は上品な明度の爽やかな青。

 青空は翌日まで保たれたので、ウッコユフラの二日間は気持ちよく過ごせた。また行きたいな。


 続いて白夜日の夜空。

 一年で一番昼が長い日は次の日との境目がない。夜は白んだままで、黄色とオレンジとピンク、そして薄い青紫が混じり合う。記憶の中の真夜中を色素に閉じ込める。


 今回の依頼者であるキーラは、魔術を行使することができるので、原素材のまま納品できる。

 何時間踊っても疲れない靴の材料だと言っていた。できあがりが楽しみだ。

 

 完成した色素多面体は、ガラス瓶に密封して納品する。書類一式と共にバスケットに入れて、キーラの工房へ向かう。

 キーラにはその場で検収と魔力検査をしてもらい、無事に合格した。受領のサインをもらう。


「完璧。さすがテアだわ。去年の夏至祭が鮮明に思い出せるもの」

「そうでしょー。真夜中色の方は着色する時に再現できるから、キーラの好きな時間で止めてね」

「蘇るカオリーネの裸踊り……」

「忘れて差し上げろ」


 そんな思い出話をしながら、契約の止り木の前に立つ。

 規模の大小を問わず、事業所には必ずこの止り木がある。

 税務局へ開業届を提出すると、この止り木の苗を受け取るのだ。

 こつこつと業績を積んでいくと自動的に苗木は若い木になり、事業展開の内容に沿って成長していく。

 規模の大きい所だと、大きく成長し、タワー状になった止り木が置かれていることが多い。憧れるわ。


 キーラへの請求書を含めた契約関連書類の一式を止り木の宝珠へ触れさせると、光が渦を巻き小さなフクロウが現れた。ちょこんと止り木に止まるお姿は、いつお会いしても可愛らしい。

 彼はただのフクロウではない。エンダ様というお名前の契約の精霊だ。

 我が国の行政機関の守護者のおひとりで、国内全ての商務情報と金融データを管理している。

 エンダ様に承認をいただくことにより、商業契約は国へと通知されるし、安全正確に高額の送金もできる。

 金色で真ん丸なお目々が私たちを見ると、お顔がくりんと傾く。このフワフワした羽毛の塊を抱きしめたい。


『グイメハムの友よ、健やかであったか』

「はい、つつがなく」

『善きかな。では君たちの契約監査を執り行おう』


 そう言って両翼を広げる。私は左手、キーラは右手をエンダ様に預ける。

 ふわりとした羽毛の感触が指先を襲う。歓喜の奇声を発してもいいだろうか。

 いや、いけない。小さなフクロウ様を驚かせてはいけない。耐えろ、私。

 魔導紙に記された契約書には自動的に採番された番号が挿入されている。

 エンダ様は、その契約執行番号を読み上げると、私たちを交互に見上げる。可愛すぎて心の中で身悶える。

 ちらりとキーラを見ると、私と同じような目をしていた。私たちは無言で頷き合う。

 我慢。ひたすら我慢。


『執行番号を確認されたい』


 今回交わした契約書の番号を再度確認する。大丈夫。問題なし。


「間違いございません」

『契約金額二十五万ユーベル』

「確認しました」


 金色の目が数秒だけ美しい青緑色に輝き、元に戻る。


『六の月上弦の八の日、エンダの名において本契約を承認した。キーラ・デ・アーフィスカよりダハクテア・ニックシェリダン・ニースルートへの送金を完了』


 エンダ様の宣言で契約書監査と決済が完了する。不備がなくてよかった。

 商業契約は全て都度監査を受けるので、あとは月末までに細々した出金伝票をまとめておけば、会計処理の作業は終わる。

 この伝票は、監査外の出納申告時に必要になる。

 翌月初めに申告予約をすると、エンダ様の分身が止り木に現れる。分身時のお姿は赤ちゃんフクロウだ。

 もう一度言おう。

 白くてふわふわした赤ちゃんのフクロウが自宅に現れる。なにこのご褒美。

 赤ちゃんエンダ様に申告を済ませると、だいたい空鏡の週初め、遅くても月の半ばには先月分の納税額確定のお知らせが来る。

 このお知らせとともに、紙に出力された帳簿が領都の地方税務局から送られてくるので、目を通す。

 問題がなければ承認宣誓をする。宣誓が受理されると、自動的に口座から引き落とされて、納税は完了だ。


 悲しいことが一つだけある。

 どんなに伝票や領収書の枚数があってもエンダ様は一分もかからずに精査してしまうので、あっという間に帰ってしまう。

 ふわふわ可愛い赤ちゃんフクロウがキョロキョロする様子を何時間でも愛でていたいのに、それは叶わないのだ。叶わないのだ。叶わないのだ。悲しい。


『ごきげんよう。良き週末を』


 エンダ様は帰られた。今日もずっと可愛かった。

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