出会い、のち転移 3 side R
男は自らをテオドールと名乗った。テオと呼んでほしいとは言われたけれど、特に諒の名前を聞こうとはしなかったので、これ幸いと名乗りをせずに済ませる。
魔法やら何やらがある世界で、易々と名を明かすのが良い事だとは思えなかった為だ。
案内された豪華な部屋で、そばに付こうとする男を丁寧に断り追い出してから諒はドアに鍵をかける。
目に付いた大きなソファに抱えていた琉唯をそっと降ろし、その隣に崩れるように座り込んでため息を一つ。
「やっぱり、勇者は……」
あの時。
聖剣は、諒では引き抜くことが出来なかった。
召喚された間で男達を背にした諒はだから、抱えていた琉唯の手を、背後の男達から見えないように剣の柄に添えて、その上から握り込んで聖剣を抜いたのだ。
触り心地の良い琉唯のすべらかな手に吸い付くよう、今度は驚くほど簡単に台座から抜かれてみせた刀身に、イラっとしたのは内緒だ。
「今のところ、扱いに可笑しなところは無いな。王に会った後に、それがどう変化するかだけど……まずは日本に戻れるかどうかを確かめる事が先決か。何か条件を出されたら、比較的こちらの有利で結べるように話を持っていこう。魔王を倒せって言うくらいなんだし、さっきの様にある程度の融通はきくはず。あとは出来るだけこの世界の情報を集めて……ああそれと、私が女だとバレない方が良さそうだね」
有り得ない出来事に続けざまに直面しつつも、自分の頭が思いのほか冷静な事に安堵する。
守ると定めた相手が横にいる事も、思考を維持するのに一役買っているのかもしれなかった。
目が覚めた琉唯は、諒の勝手な行動に怒るだろうか。勇者になりたかったと言うだろうか。今更な心配をしながら諒は、瞳が閉ざされた琉唯の顔を一心に眺める。
見れば見るほど好みの顔に、もし怒られ嫌われたとしても、諒は琉唯を守るためにこの世界で奮闘するのだろうなと、解り切った未来を思って苦笑した。
◇
矢澤諒は、中高を女子校で過ごした、れっきとした女である。
幼いころから習い事にしていた水泳のせいか、父兄共々長身なのと同じく血筋なのか、にょきにょきと伸び続けた背は175センチを超えるに至っているが。
整った男顔だったため、女子校時代はモテにモテた。
なんとなく入った水泳部で大会に出ようものなら、他校の共学の女子からも名指しで黄色い歓声を浴びるほどだったから、その整った顔と逆三角に引き締まった見た目が、万人受けするものなのだと自覚する事も容易い。
後輩も先輩もこぞって涼に気に入られようとしたし、文化祭で男装でもすれば、失神する子もいたほどの人気ぶりだった。
諒自身がその扱いを良しとしていたことも、事態に拍車をかけていたと言える。
閉鎖的な女の園で見目の良い女の子達にチヤホヤされ続け、ある日ガチ目なお姉様に迫られて、これまた流れで一線を越えた時、諒はしみじみ思ったものだ。
女の子って、良いな、と。
とはいえ初恋はベタに保育園の男の先生だったし、小学生の時分には好きな男の子もいた。身長のせいかあまり女扱いされてはいなかったけれど。
ちなみに男との初体験は大学の先輩だ。小学生ぶりの共学に浮かれて、片っ端から新歓に参加していたら、いつのまにか彼氏が出来ていた。その後、彼氏の女友達に熱烈に押されて彼女を作ってしまったせいで、泣きながら彼氏に破局を言い渡されたのはいい思い出である。
別れても別れても次に付き合う人間は男女共に事欠かず、幾人もと恋人関係を結んで過ごすうち、諒は自分の性志向を正しく理解していった。
根っからの同性愛者という訳でもなかったのだけれど、居心地の良い土壌で思春期を過ごした結果、諒はこれと言った忌避感も持たずに、成るべくしてバイセクシュアルへと進化を遂げていた。
大概の女の子は諒よりも小さかったので、自然と守る対象に位置づけていたし、抱き合う時もどちらかと言えば尽くすタイプだったから、それらの延長線上なのか元々の性格ゆえか、男相手の時もリードをしたいという欲求が強かった。
そのため彼氏になる相手は、どちらかと言えば穏やかな、淡白そうな人物が多く、率先して諒が迫ることでお付き合いに発展していたように思う。
逆に、諒を女扱いして雄を強く意識させるような相手とは、例え付き合ったとしても相性がとことん悪かった。なんというか、倒すべき同族のライバル、といった認識が生まれてしまうのだ。
女である自分を否定したことも無いし、男になりたいと思ったことも無いけれど、諒の本質はどうも男寄りであるらしいと認識できたことが、唯一の収穫だと言えるだろう。
社会人になってもその人気はとどまることを知らず、飲み会のたびに女子社員から男装を頼まれ、気軽にハイハイ受けていた時に、この不思議な出来事が起きたのだ。
「……ふむ」
さらりとクッションに流れる黒髪を指先で梳く。
先ほどの出来事で、思い至る事が一つあった。
瑠唯が勇者だったのならば――――つまりは、そういうことである。
「うん、何の問題も無いな」
女も男もいける諒にとって、男の娘は一粒で2度美味しい、位の認識でしか無かった。
なにより、可愛いは正義である。
「……ん」
うんうんと一人頷いていた時、髪をどかすため頬に触れた指先をむずがったのか、瑠唯がふるりと頭を揺らした。蝶の羽ばたきのごとく睫毛が瞬く。
初めて明るい場所で見た瞳が、夢見るようなスモーキーグレーだった事に驚くが、カラーコンタクトでも入れているのだろう。瑠唯の透明な雰囲気にピッタリだ。
「……?」
ぽやりと視線を彷徨わせている瑠唯をなるべく脅かさないように、そうっと声をかける。
「おはよう。よく眠っていたね」
「!」
薄い肩が跳ねて、飛び起きた瑠唯にソファの端まで身を引かれた。まぁ、しょうがない。
「……あ、リョウ、さん……えっと、ここ……何が……」
混乱したようにきょろきょろ辺りを見回す様が、冬眠明けの小動物じみていて愛らしい。
一通り部屋を見回した瑠唯が落ち着くまで待ってから、なるべく穏やかな音程を意識して再び声をかける。
「一応は安全な場所だから安心して? それで、今までの事を話す前に、ルイちゃんはどこまで覚えてる?」
「えっと……公園で、地面に飲み込まれて……真っ暗で……」
頼りなげな視線が向けられて、思わず手を伸ばす。触れても何も言われないのを良いことに、投げ出されていた手を握り締めた。弱い力で握り返された事に、諒の機嫌がぐんと上向く。
「うん」
「リョウさんに抱えられていたはずなんですけど……気が付いたら、なぜか一人で、真っ白い中に立っていて、そこで女の人と会いました。……自称、女神様、って人に」
「……うん?」
なんだか、可笑しな話が聞こえたような。