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魔族

 少しだけ時は遡り。


 声が聞こえた方角に向かっていったハエンとフウがたどり着いたのは、森の中にある小さな村――いや、村だったであろう場所だった。

 あらゆる箇所の地面が捲れ上がり、家屋は崩壊している。崩れた建物の中に残っている生活の痕跡を見なければ、既に棄てられた廃墟だと見間違えてしまうかもしれない。

 森の中にあって枝葉に空を覆い尽くされていないのは、村に日の光が差し込むようにするために村人たちが切り揃えていたのだろう。その光が崩壊した村を照らし、余計に哀愁を漂わせている。


 ズシン、と地面が揺れる。

 地震のようなこの振動は、ハエンたちが村にたどり着くまでにも何度か体感している。何かがここで暴れていることは間違いない。


「……何だあれ!?」


 周囲を見回したハエンが崩壊した家屋の向こう側に見たのは、全長五メートルは越えるであろう巨大な岩の人形。その重量は動くだけで地面を揺らすほどだった。

 崩れた家屋のせいで足元が見えないが、その化け物の顔にあたるであろう部分が、何かを見つめるように下を向いている。

 そこに助けを求めた誰かがいると判断したハエンは真っ先に走る。


「フウ!あそこだ!誰か襲われてるぞ!」


 岩の化け物の足元に、鎧を纏った男が血だらけで倒れていた。


「待ってハエン!あの岩、魔族だよ!」


 フウが指差した先――化け物の腹部分には魔紋がくっきりと浮かび上がっていた。

 勇ましく走ってきたハエンだったが、それだけで背筋が凍りつくような感覚を覚えてしまう。

 魔族――魔物などとは比べ物にならないほど凶暴かつ強大で、街一つすら滅ぼせる力を持つと言われる化け物。決して軽々しく手を出していい存在ではない。


「ボクの加護があっても、魔族が相手じゃ厳しいかもしれない。まだこっちには気づいてないみたいだし、今のうちに離れようよ」


 確かに勝てないかもしれない。ただでさえゴブリンに苦戦する程度の力しかなかったハエンが、多少強力な力を持ったところで。

 逃げるという選択肢がハエンの頭をよぎる。

 しかし――同時に、アスタルの言葉も記憶の中から呼び起こされた。


『そんな無能がいるというだけで我がエーデリックの名に傷が付く』


 もはや追放された身。戻ろうとも思わない家の名など関係ない。

 だがそれでも――今まさに一人の人間が危険にさらされているこの状況で背を向けてしまえば、無能と呼ばれた自分自身を肯定するのと同じ。


「――駄目だ!ここまで来たのに、あの人を見棄てて逃げるなんて……できる訳ないだろ!」


 ハエンはフウの加護を発動させる。逆巻く風がハエンを包み、足元に集中する。


「ちょっ、ハエン――」


 フウの制止を振り切り、ハエンは集中させた風を解き放った。

 風力による推進力を得て一気に加速し、一直線に飛んでいく。フウと同じ力が使えるなら、彼女が飛行した時のように自分の身体を飛ばすこともできるのではないかと思ってやってみたが、うまくいったようだ。

 この速度なら間に合う。

 ハエンは魔族の手の下をくぐり抜け、倒れていた男を抱える。そのまま魔族の前を横切るように飛び去ろうとした時――突然ガクンと視界が揺れた。


「うわ!?」


 纏った風があらぬ方向に吹き荒れ、ハエンは体勢を崩して回転する。

 何とか立て直そうとするもコントロールがうまくいかず、思った方向に進むことができない。まるで空気が抜けた風船のようにめちゃくちゃな方向に飛んでしまう。


「ぐっ……!」


 遂には纏った風が消え、そのまま確保した男ともども地面に落ちてしまった。


(しまった……まだ馴れてない力を使いすぎた……!)


 技能(スキル)のように鍛練によって自分の中に発現した力ではない。魔法のように勉強して覚えた力でもない。

 他人から譲渡された力が、一度扱えたくらいで自在に操れるはずがなかったのだ。ましてや鎧を着た男一人分の重量を運べるような繊細かつ大きな威力を発揮できようはずもなかった。

 ハエンは感情的な思考で突撃した自分の浅慮さを呪う。

 男を助けたかったなら、もっと他にやりようがあっただろうに。


 ハエンが立ち上がるよりも先に、全身に魔族の影が落とされる。目の前に立つ巨躯は岩の壁のようにも見えた。

 魔族の瞳と思われる部分が妖しく光る。人間一人程度なら容易く握りつぶせるであろう巨大な手が伸びてくる。その威圧感と死が目の前に迫ってくるという恐怖感がハエンの顔が青ざめさせた。


 しかし次の瞬間、ハエンが眼を見開いたのは恐怖ではなく、驚愕によるものだった。


 目の前で魔族の手が弾け飛んだのである。


 何が起こったのかハエンが理解するよりも早く、弾丸のように飛んできたフウの飛び蹴りが魔族の横腹に直撃する。五メートルを越す岩の巨躯が、ハエンよりも小柄な少女に蹴り飛ばされて倒れていく様は何とも異様な光景だった。


「大丈夫?」


 軽やかにハエンの前に着地したフウが手を差し伸べてくる。


「た、助かった……?ありがとう、フウ」


 その手を取って立ち上がったハエンは感謝の意を伝えた。


「ヒヤッとしたよ。加護をちゃんと扱えるようになるには、少し訓練しないとダメみたいだね」

「……そうみたいだな。思ってたより扱いが難しかったよ。お前の見様見真似でできるかと思ったんだが……そんなに甘くなかったか」

「こっちは生まれつき持ってた力だからね。年季が違うんだよ、年季が」


 フウは得意気な顔をして胸を張る。

 その時、彼女もろとも再びハエンに降り注ぐ日の光が遮られた。


「……やっぱりこの程度じゃ、やられてくれないよね」


 立ち上がった魔族を見上げ、眼を細めるフウ。

 砕けた腕があった部分に岩の欠片が集まって新たな腕を形成し、フウの蹴りを受けた脇腹のヒビにも詰め物のように岩が入り込んで修復していく。

 みるみるうちに負った傷が消えていく魔族。しかしフウは追撃する様子を見せず、面倒そうな顔を浮かべる。


「ここまできたら放っておくわけにもいかないかぁ。魔族を相手にするのはあんまり気分がよくないんだけど……」

(……?)


 何か含みがありそうな言葉を独り言のように呟いた後、フウは流し目でハエンを見る。


「その人の事はよろしくね。こいつはボクが片を付けるから」

「あ、あぁ、分かった。頼んだぞ」


 強大な敵を前にしても平然としているフウに若干の戦慄を覚えながらも、ハエンは倒れている男に肩を貸す。

 背が高いうえに鎧のせいで重たく、思うように動かせずに足を引きずるかたちになってしまったがどうしようもないので、そのままこれから起こるであろう戦いの邪魔にならない場所まで離れた。


「よい……しょっと。ふう、このくらい離れれば大丈夫だろ」


 家屋の一部だったであろう木製の壁に寄りかかるように男を座らせ、ハエンは腰のポーチから青く透き通った液体の入った小瓶を取り出す。

 一般的に流通している治癒魔法薬(ヒーリングポーション)である。万が一に備えて屋敷から持ち出していたもので、そこまで治癒力は高くないが何もしないよりはマシだろう。

 ハエンは男の口に少しずつ魔法薬を流し込む。

 今のところは命に別状は無さそうだが、後はこの男の体力次第だ。


(この鎧に刻まれた紋章……この人、騎士か。魔族は騎士団でも手こずるっていうのは本当だったんだな)


 無数に残る足跡と血痕。これらはおそらく騎士団の部隊のものだろう。村の住民たちを護るために魔族と戦い、撤退したのかもしれない。

 彼は殿を務めようとしたのだろうか。確実に仲間が逃げられるように囮になったのかもしれない。


(……すごいな。仲間のために、人のために命を張れるなんて。それが騎士団の使命ってやつなのか)


 何もできない自分とは大違いだ、とハエンは一人苦笑いを浮かべる。


(使命か……。俺にできる事って何なんだろうな……)


 などというハエンの思考は、村全体に響き渡るような激しい轟音と振動によって中断される。


 地面に突き刺さった魔族の拳。跳躍するフウ。

 この瞬間、両者の戦いの火蓋が切って落とされた。

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