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第66話 絶望

 扉の先に広がる、肌にへばりつくようなジメっとした湿気を纏った広大な空間。


 真っ先に目に入ったのは、手足を縛られて首元に刃を当てられているシエラとアリシアの姿であった。


「シエラ!アリシアッ!」

「待て!落ち着くんだ、周りを良く見てみろ」

「……え?」


 二人の姿が見えた瞬間走り出そうとした俺の肩を掴んだファルネスさん。その見つめる先に視線を向けると、何人かの人間ヒューマンとその倍以上の数がいる明らかに人間ヒューマンではない化け物が立っていた。その群衆の中にはミルザさんの姿も。


「ふむ……魔族が十二に、ヒューマンが五か。きっついなぁ……」

「やぁファルネス。上にいた同族達はどうしたんだい?」


 ニタニタと気色の悪い笑みを浮かべながら、少し前に出てそう言ったミルザさん。いや、ミルザ


「もちろん全員殺しましたよ。ていうか、薬漬けにしてまで戦争に加担させといて同族って。あんたもう立派な魔族ですよ」

「ははは!何を言うかと思えばそんなことか。私は立派なヒューマンだろ。それに、君は勘違いをしているようだ。あいつらは自分から望んで薬漬けになったのだからね」

「はっ、そんなまさか」

「そのまさかなんだよ、ファルネス君。本来であればテオドシウスを追われて野垂れ死ぬはずであった奴らが、私や魔族の力によってこの街で生活していけるのだからね。この街を守るために、自分達から兵士へとその姿を変えたんだ。とても立派なことじゃないか?」

「それで自分はノウノウと生きてるんだったら世話ないですね」

「当たり前だ。あいつらが消えようが変わりはいくらでもいるが、私が死んでしまってはもうこの街は機能を失ってしまうからね」

「自意識過剰ですね。それに、この街はもう機能なんてしないですよ。ここで私達が殺されようが、生きて生還しようが対魔本部ジェーラメントが総力を挙げてここを潰しに来るでしょうから」

「もう何百年も魔族を討伐しきれない無能な対魔本部ジェーラメントに一体何ができるのやら。それに御心配には及ばないさ。君達を殺したら、大量の魔族の軍がこの場所を拠点に一斉に王都へ攻め入る。その奇襲をどうやって防ぐのか、見ものだよ全く」

「そこまで魔族が人類の領域テリトリーに侵入してきているのか。落ちるとこまで落ちましたね、ミルザさん」

「クックックッ……何とでも言うがいいさ。もう天命で決まっているんだよ、人類は魔族には勝てないって。何故なら、魔族は穢れきった人類を罰するための神の使いなのだから」


 ミルザは、前にパーティーに突如現れた集団宗教のような妄言を吐き出す。あの時はその思考をバカにしていたくせに、当の本人はどっぷりと漬かっていたのか。


 ミルザは、得意気な表情のまま両手を広げ、まるで神を崇拝している信徒のような姿で声高々にその続きを吐き出す。


「そこで私は考えたのだ!神に浄化される運命サダメの人類が、どのように生き残るのか!魔族の片棒を担ぎ、私達は選ばれた人民になろうとな!私達は……いや私は神に選ばれた者なのだ!!」

「だからそいつらと手を組んだと?本気で魔族がヒューマンを匿うとでも思ってるんですか?」

「当然だろう?何故なら私は神に選ばれているのだから!!」

「……話になりませんね」

「もう話は良いだろう。最強の妖精剣士シェダハよ、指定した通り全員で来たのだな」

「そうじゃなかったらその二人を殺すんだろ?」

「当然だ」


 不躾ぶしつけにそう言い捨てた男。


 体躯は非常に人間ヒューマンと似ているが、全身の肌がただれ、瞳には黒い部分が存在しない。


 人ではない異形が、人の言葉を話し会話が成り立っている。それだけで、こいつが魔人であることを理解するのは容易だった。


「魔族がヒューマンと手を組むとは、化け物のプライドを捨てたのか?」

「プライド?我々には貴様らのような、愚かな自意識など端から無い。ヒューマンの文明を壊滅させ、我々魔族がこの世界の覇者になるために手段など選ばん」

「ふーん。世界の覇者になるような奴らが、私を殺すために人攫いねぇ……」

「虚勢を張っているのが見え透けているぞ、最強の妖精剣士シェダハよ。そこから一歩でも動いてみろ。このエルフ共は──」


 魔人が悠々と話している刹那、激しい轟音と共にファルネスさんはシエラとアリシアの元に走り込んでいた。白目の魔人の首はいつの間にか地面に転がっていて、その姿を視野で捉えることの出来ない一瞬で、シエラ達を拘束していた人間ヒューマンの身体を真っ二つに切り裂く。そして、そのまま二人を救出できたかと思われたその時、


「愚かだ、実に愚かだ。黙って殺されておけば良いものを」


 死んだはずの男の魔人の声。


 その声が響いた瞬間に、周囲の景色が溶けるように変貌し、気付いた時には俺達の一帯を十二体の魔人が囲み、あの白目の魔人はシエラの首を掴んで佇みながら笑みを浮かべていた。


「……ッ!幻覚魔術かッ」


 先程までいたはずの広大な空間はその姿を変えて、遠くにいたはずのファルネスさんは俺達の前へと位置を戻されている。


「貴様の脅威は当然知っているのでな。少し細工を施したが……こうも易々《やすやす》と引っかかってくれては興が冷めるではないか」

「私に幻覚を見せる程の強力な魔陣を組んでおいて少しの細工、か。ほんと性根が悪いな」


 言いながら、微動だが左足を動かしてもう一度仕掛ける体勢に入ろうとしたファルネスさん。しかしその挙動を魔人が見逃しているわけもなく、


「おっと。それ以上貴様は動くなよ?もし動いたら……」


 魔人は、シエラの首を握る手に力を込める。


「ウ……ガッ!」


 悲痛な声音を漏らし、口から血液を吐き出すシエラ。


「シエラ!!」

「次は躊躇なく殺すぞ?」

「……ッ!」

「ハハハハハハ!最強と謳われている妖精剣士シェダハのその表情!非常に滑稽で最高だなぁ!!」

「ク……ッ!」

「その剣を今すぐ捨てて前に出て膝をつけ。さもなくばコイツを殺す」


 表情を歪ませて、渋々紅い妖精剣ヴィンデーラを地面に置く。そして、一歩ずつ前へ歩を進めて、魔人の前で膝をつかされる。


「おいお前達。やれ」


 顎でファルネスさんを指し、周囲の魔人達へ合図を送った。


 それを聞いて、周囲を取り囲んでいた魔人達は、ニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべながらファルネスさんの元へと寄って行く。


「楽には死なせんぞ。この中には貴様に殺されかけた奴もいるのだ。その鬱憤を存分に楽しんでから死ぬと良い」

「ヒャッハー!八つ裂きにしようぜぇ!!」

「はぁ?それだと楽に死ぬでしょうが。一本ずつ骨を折っていきましょ」

「俺は皮を一枚ずつ剥いでいくからな!」

「とりあえずひたすら殴らね?」


 今まで黙っていた魔人達が一斉に意気揚々と喋りだし、ファルネスさんの殺し方について議論する。


 そして、一人の魔人がファルネスさんの頭部を蹴り倒した。


「ふおぉ!!気持ちいぃ!!」

「俺にもやらせろ!!」


 次に、また次に、ファルネスさんに対して自由気ままに暴力を加えていく魔人達。


「ガハッ!」


 抵抗の術がないファルネスさんは、大量の吐血をしながら収まることのない暴行に耐えているが、これは恐らく時間の問題だろう。


「ファルネスさん!」


 見るに堪えなくなった俺とネルウァが駈け出そうとしたが、突如として目の前に現れた白目の魔人に、その足を止められた。


「貴様らもだぞ?動けばコイツは殺す。まぁエルフがいない貴様らに何かできるとも思えないがね」


──霊剣抜刀エティソールできなきゃ、ここまで役立たずなのか人間ヒューマンはっ!


 分かっていることだが、改めて突きつけられる無情な現実。


 最も尊敬している恩師が死んでいく様を眺めていることしかできない屈辱。大切なパートナーを良いようにされて、全く抵抗することの出来ない無力感。


──いや待てよ。この近さならもしかしたら……


霊剣抜刀エティソール!来いっ、シエラ!!」


 打開の策で霊剣抜刀エティソールを試みる。しかし、その行動は何一つ意味を成さず、シエラは魔人に捕まっているままだ。


「何でッ!?」

「馬鹿か貴様は!魔力などとうに全部抜き取ってるわ。ほう?貴様がコイツの契約者か。おいヒューマン!こっちに来い」


 魔人によって呼ばれた人間ヒューマン達が、シエラの近くに立たされる。


「なぁ黒髪のヒューマン。聞いたところによると、人の感性というのはこういうのが屈辱なのだろう?」


 そう言った魔人は、シエラの着衣している服を剥き、その華奢な白い肌を露にした。そして、


「おい人間ヒューマン共。この女好きにしていいぞ」

「ほんとですか!?」

「あぁ。この契約者が絶望するくらい、たっぷりと辱めてやれ」

「や、やめろっ!!」


 だが当然俺の声など届くはずがなく、じりじりとシエラにすり寄っていく人間ヒューマン共は、そのまま着ている服を全て脱がし、シエラを全裸の姿にしてしまった。

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