第65話 最悪の出来事
「まずそもそも、何でシエラ王女とアリシア君が誘拐されるに至ったかだが……ミラ、説明できる?」
「えぇ……今日の早朝、ミルザさん直々にあの宿舎に訪ねてきたの。内容が、一年に一度のテオドシウスの上層幹部が全員出席するパーティーが開かれるから、是非アタシ達にも出席してほしいってことだった。それで、エルフの女性陣──つまり、アタシとシエラ王女とアリシアには上等なドレスを着て出席してもらいたいから採寸に来てほしいってものだった」
「ドレスの採寸……?それなら、ファルネスさんや俺達も同行させれば良かったんじゃ?」
「最初はそう進言したわ。けれど、男性は絶対禁制の女性会館で行うという話で同行は拒否されたの。さすがにここで何かしらの罠だとは思ったわ。だけど、それと同時に向こうの動向を伺う良い機会だとも思った。何よりも、アタシがいれば不測の事態が起きても大丈夫と、そう高をくくっていたわ。それが裏目に出てしまったのだけれど」
ミラさんは悔しそうに歯嚙みし、苦汁を潰したような表情でそう言った。
「だけど結果は、ミラだけが泳がされてシエラ王女とアリシア君だけが狙われたと」
「恐らくだけど、魔族の力が関与しているわ。気付いたらアタシは会館の外に転移させられて、近くに二人の姿は無かったから」
「ふむ……だがまさかだったな。このタイミングで仕掛けてくるとはね」
「あの……少し疑問なんですが」
「どうした?ネルウァ君」
「一つは、何故ミラさん諸共連れ去ってしまわなかったのか。もう一つは、何故このタイミングで仕掛けてくるのがまさかなのか、です」
「前者から答えさせてもらうよ。もしミラを連れ去ったら、間違いなく私達三人がイリグウェナに戻って対魔本部へ報告をするからだ。君達二人は契約を交わしてから日が浅いから知らないと思うけど、ミラの意識が消えれば私はそれに気付くからね。それに、ミラを生かしておけば私は霊剣抜刀して武装形態になれる。私だけでも武装ができるなら、確実に救出しに来ると読んでいたのだろう。まぁ全くその通りなんだけどね」
「なるほど。卑劣な手段ですが理には適っていますね。相当頭がキレる奴が緻密に作戦を練っていそうだ」
「それに、ミラは自衛用に簡易的に魔術を発動できる古の産物を所持しているから、一応のために戦闘を避けたんだろう。多分この策を立てたのはヒューマンじゃないな。間違いなく魔族だ。ここまで、この街の内部にその毒牙が入り込んでいるとは思わなかったがね」
ラジウム会館の地下へと入り洞窟のような一本道を進みながら、午前中に起きた最悪の出来事について話している俺達。
魔族と人間が手を組んでいるなんて、聞いた今でさえ信じ難いものだが、もう一々驚いていられない状況だ。異形変異種の大量発生も魔族が関与していなければ確かに説明のつかない事象だし、今までの戦争の常識が覆され始めているのだろう。
「次に後者の質問だが、テオドシウスの民とそれに噛んでる魔族が、今のタイミングで本格的に人類との戦争を起こすとは思っていなかったからだ。人類の領地で公に魔族の力を使用すれば即効制圧されて終わりだと思うけど、まぁ何か考えがあるんだろう。その前に邪魔な私と、王者の契約者であるリオ君を殺しておこうという算段だろうが。」
進みながら、重い沈黙が場を支配する。
そんな中、突如として歩みを止めたミラさん。その違和感に気付いた俺達が後ろを振り返ると、深々と頭を下げたミラさんが、
「こんなことで怒りは収まらないかもしれないけど、本当にごめんなさい。アタシの油断が招いた失態で、あなた達二人の大切なエルフを危険な目に遭わせてしまってる。本当に……本当にごめんなさい」
声音だけはしっかりとしているが、肩は僅かに震えていて紅の髪は下に垂れ下がっている。
「顔を上げてくださいミラ先生。悪いのはテオドシウスのヒューマンと魔族です。ミラさんが謝っても二人は帰ってこないし、今は先を急ぎましょう」
「……えぇ」
ネルウァが答えて、ミラさんはおずおずと顔を上げた。
非常に簡素で、それでいて現実的な反応。俺もだが、当然思うところはある。しかし、それがミラさんに対しての責める気持ちかと言われたらそうではない。
「謝罪はこの戦いが終わってからだミラ。ただネルウァ君、分かってくれとは言わないけど、ミラはこういう奴なんだ。良くも悪くもね。謝ってもどうしようもないことでも頭を下げてしまう」
「ミラ先生が人一倍責任感が強いのも分かっていますし、本当にミラ先生に対して攻める気持ちなんて無いですよ。ただあの二人が心配な気持ちが、ボクに焦りを与えているだけで」
「そうだな、先を急ごう。あの二人が殺されてしまえば、ミラの謝罪も叶わなくなってしまうからね」
「うん……」
終始意気消沈しているミラさんは、弱々しい声音で頷く。
目的の貯水地までは、あの場所からさほど距離は無かった。
中に入るのを妨げる重厚な鉄の扉が目の前に佇んでいるが、既に霊剣抜刀しているファルネスさんにとってこれを壊すのは容易なことだろう。
「それじゃ、中に入るよ。君達二人はひたすら死なないように立ち回るんだ。生きることが、この任務の達成条件だからね」
「「はい」」
俺達二人の首肯を確認したファルネスさんは、紅蓮の色に染まった妖精剣を一振りし、鉄の壁を切り裂いた。




