第61話 状況の変遷
「リオ。そろそろ起きないと、シエラさんが帰ってきたらまた怒られてしまうよ?」
「…………ん~、今何時」
「十二時。もちろんお昼のね」
「十二時!?やばい、十三時からファルネスさんに稽古つけてもらう約束があるんだった!!」
慌てて飛び起きた俺の姿を見たネルウァは、手に持っていたコーヒーを机の上に置き、「せめて午前中には起きないとね」と呆れ半ばに笑った。
「最近本当に自堕落な生活になってるなぁ……治さないといつか本気でシエラに怒られそう……」
「はは、シエラさんを本気で怒らせたら一週間くらいは口をきいて貰えないかもね」
「同じ部屋でそんな状況になったら生きてる心地がしなさそうだな……ちゃんと起きるようにしよ」
「でも気持ちは分かるよ。テオドシウスが平和すぎて、暇を持て余す時間の方が圧倒的に長いからね。良いことなんだけど任務としては、ね?」
「本当に平和だよねこの街。あのパーティーで怪物を見なかったら、ここに送られた妖精剣士が全滅っていう話、何かの間違いなんじゃないかって疑うところだよ」
俺達がテオドシウスに来てから数週間が経っているが、あの一件以来状況は何一つとして動きがないままで、絵に描いたような平和を保っていた。そんな中、限りある時間だけは悠々と流れていき、今ではこの街での平和な生活に慣れてきてしまっている始末。
合同実習任務中何もなければ、それはそれで学園への帰還も許されているし、退学になることもない。毎年そういうチームがごく僅かだがあるらしいのだが、合同実習任務で実際に魔族と対峙し、任務を遂行してきた生徒とそうでない者は、やはり大きな差が生まれてしまうようだ。
それに何よりも、俺が今直近で目標にしている『ローネア奪還戦争』に参加する為の選抜には、ここでの戦果が第一審査の大きな選考基準になるようで、どうしてもあの五枠の一つを勝ち取りたい俺にとって、このまま何もせず帰還は避けたいところなのだが……
「はぁ……平和が一番なのは分かってるのに、この状態に焦りを感じてる自分がちょっと嫌になるな……」
「仕方ないさ。ボクもリオも『ローネア奪還戦争』の一席を目指してるんだから。それに、この街が何か闇を抱えていることは異形変異種の存在から明白なわけだし、ファルネスさんとミラさんがここに滞在している今その根源を断ち切らないと」
「確かに。……ん?てか今、ローネア奪還って……」
「あれ、ファルネス先生から聞いていなかったのかい?ボクは先生からリオが奪還戦争の選抜者を目指しているという話をされたんだけども」
「聞いてない聞いてない!何で教えてくれなかったんだファルネスさん!」
「てっきり聞いてるものかと」
「全く知らなかったよ。でもそっかぁ……ネルウァも選抜者目指してるのか」
「最も強い妖精剣士を目指している以上あれに参加しないわけには行かないからね。死ぬ気で一席を勝ち取りに行くつもりさ」
真っ直ぐに俺を見据えるネルウァの瞳は真剣そのもので、本気で選抜者を目指しているのが容易に伺えた。険しい道なのは理解していたが、ネルウァのような──いや、ネルウァ以上の実力者があの選抜には集うのだろう。
目標にしているところは同じ最強で、当然その夢に霞はかかっていない。だが、自分が強いと思っている相手にいざ同じ夢を掲げられると、どうしても自身が薄れてしまう自分がいるのも事実だ。
──ダメダメ!俺がこんなに自信無くしてたらまたシエラに怒られる!
「……それじゃあ、俺達はライバルだね!絶対に負けないよ!!」
半ば無理やり笑顔を作り、ネルウァ同様真っ直ぐに彼女の瞳を捉えながら片手を前に出す。
それを見たネルウァは、口角を上げて俺の手を力強く握り返してくれた。
「あぁ!ボクも絶対に負けないよ!」
ネルウァと握手をした瞬間に、さっきまでの危機感とは裏腹にやる気と闘志が全身に滾る。平和ボケしていた今の俺には丁度良いスパイスだったのかもしれない。
「……きゃあっ!!?」
俺とネルウァが固い握手を交わしていると、突如として響いた平穏な現状に不似合いな女性の悲鳴。今のは、声的にミラさんのものだろう。
「ミラ先生の声……?」
「だよね。ミラさんが悲鳴上げたの初めて聞いた。何かあったのかな?」
「分からないけど、とにかく行ってみよう」
*
俺達が急いで一階に行くと、膝から崩れ落ちてるミラさんと、深刻な表情で一枚の紙を見つめているファルネスさんの姿が。
その様子から只事ではないことを察したネルウァは、表情を強張らせて「行こう」と呟き早足で階段を下りた。
「アタシの……アタシのせい……」
悲痛な声音でそう言ったミラさん。
「いや……これはミラの責任とか、そういう話じゃない。ただ、完全に嵌められた」
「嵌められた……?」
「リオ君とネルウァ君、心して聞くんだ。今から最重要任務を君達に伝える」
俺達の存在に気が付いたファルネスさんは、ゆっくりと近くにあった椅子に腰を掛けて、緊迫した状況に似つかない落ち着いた声音で話し始めた。
「単刀直入に言おう。シエラ王女とミラ君が敵に捕まった」
「ナッ!?」
あまりの驚愕に声が出ない。何故ファルネスさんはここまで冷静なんだ?
「それともう一つ。敵の正体だが……」
シンとした重すぎる空気間の中、一度溜息をつきファルネスさんは口を開く。
「この街……全てだ」
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