第57話 絶望の政策アルバヘイト
質の良い、アンティーク調の縦長机にずらりと並べられた食器皿。そのお皿の数々に添えられている、様々な色彩を帯びた料理の一部はまだ微かに湯気が昇っていて、これらが出来立てだということが容易に伺える。
起床後すぐに忙しなく調理していたシエラと、その手伝いをしていた女性陣三人も、料理がのっているお皿を並べ終えるとそれぞれの席に着席した。
そして、皆が両手の平を合わせると、率先して口を開いたファルネスさんによって食べ始めの号令がなされた。
「いただきます!」
それに続くように、全員が口々に復唱して、目の前の香ばしい香りを漂わせる食事へと手を付ける。
「……ッ!美っ味しい!どんな魔術を使ったのシエラさん!!」
フォークで口元に運び、パクっと一口食したミラさんは、真紅の瞳を大きく見開いて勢いよくシエラの方へと視線を向けた。
他の人達が食事を始める中、不安気にこっそりと周囲の反応を窺っていたシエラは、ミラさんからの好反応を受けてニコッと頬が緩み、胸を撫で下ろして、
「魔術なんてそんな。ミルザさんが予め用意してくださっていた食材を、簡単に調理しただけですから!お口に合ったのなら良かったです!」
「口に合うどころか、お店開けるレベルよこれ!もし良かったら、味付けを後で教えてくれないかしら?」
「もちろん良いですよ!」
「あ……あたしも。あたしも教えてほしいです!」
「じゃあ、後で皆で作りましょう!」
ミラさんに追随して片手をちょこんと上げたアリシア。
そういえばこの二人、心なしか学園で大喧嘩していた時よりも空気感が緩くなったように感じるな。まぁ相変わらず一言も口は交わしていないけれども。
「ちょっとピリ辛の味付けが、すっごく食欲そそります!ほっぺた落ちちゃいそう」
ほっぺたを掌で挟みながら、幸せそうに頬張るアリシア。
確かに、シエラが出してくれた料理はどれも、アリシアの言った『ほっぺたが落ちそう』という形容の仕方が過大じゃないほどに味覚を踊らせる美味しさだ。ほんのり舌を滑る辛さと、とても好みな味付けでフォークが止まらない。
だがシエラは、それを聞くときょとんと首を傾げて、
「ピリ辛……?どちらかと言えば甘めに調理したつもりだったんだけど……」
不思議そうに言いながら、料理を口に運ぶ。
すると、シエラは訝し気な表情を浮かべながら声を唸らせた。
「本当ね、ちょっと辛いわ。味付け……失敗しちゃったのかしら?」
この完成度で失敗ということは無いと思うのだが、本人的には味付けの具合が少し違ったらしい。残念そうに唇を尖らせているシエラもまた可愛い。
「それでもこれだけ美味しい料理作れるんだから、さすがの才能だね。いや~、こんなに美味しいのを日頃から食べられるんだから、リオ君は幸せ者だな!」
「いえ……シエラの手料理を食べたのこれが初めてですよ?こんなに上手なのも知らなかったです」
そんなに意外なことでもないだろうに、首を傾げたファルネスさんは、
「そうだったのか。てっきり、朝から盛っているような二人だからに日常茶飯事なのかと……」
「盛ってないです!!
「盛ってません!!」
俺とシエラは同時に立ち上がって、勢いよく否定した。
この人急にぶっこんで来るじゃん!?二階から降りてきた時誰もその話題に触れてこなかったから、もう過ぎた話かと思ったのに!!
「でも、アリシア君が真っ赤な顔で『リオサントシエラサンガっ!』てアワアワしていたから……」
「そ、それは……何というか…………とにかくっ!朝のあれは事故なんですって!」
シエラのぬいぐるみの秘密は、針一万本呑まされてしまうため他言できないが、その訳あってイマイチ説明の強度に欠けてしまう。
隣に座ってるミラさんから、怪訝な視線を送られてきて凄く痛いっ!頼むから誰か、早く話題変えて!!
そんな悲痛な心の叫びが通じたのか、ネルウァが「あ、そういえば」と別の話題を切り出してくれた。
「昨日の一件、どうなったんですか?」
昨日の一件──『中央ラジウム』において閉幕間際に起こった、人間が突然変形を遂げる異形変異種の襲撃のことを言っているのだろう。
「そうだそうだ。その件で、少し話しておくべきことがあったんだ」
「何か分かったんですね」
「あぁ。ただ、少し引っ掛かることもあってね。まず判明したことについてだが、昨日現れた異形変異種は総じて感染者であったこと。そして、ミルザさんはその事実を鑑みて早急に行動を起こしたことだ」
「行動?」
「どちらかといえば、この街の自治における政策と言った方が正しいかな。だけど、その施行しようとしている政策が少し引っ掛かるものでね」
ファルネスさんは、神妙な面持ちで顎に手を置く。
「ミルザさんは、今日から緊急で発布した隔離政策──アルバヘイトを行うことを決定した。そして、これは単純な隔離政策ではないということ」
隔離政策という言葉だけでも、あまり良い意味合いを含んでいないと思うが、それに加えて単純ではない、と。最悪の場合が頭に浮かぶ。その政策の内容と合致していないと良いのだが。
「今回施行された隔離政策は、感染者をある一か所の居住区に集めて、被害拡散の制限と、万が一にも異形変異種になった場合の迅速な対応。これが名目となっている。しかし、ミルザさんはそれにもう一つ、秘密裏にあまりにも急ぎすぎている政策を付け加えた」
「まさか……感染者全員を……」
「そのまさかだよ、ネルウァ君。隔離を行った感染者を随時、言葉を選ばないで言うと処分することを決定したんだ。異形変異種の実態が、本当に感染者全てに起こりうるのかも定かではないまま、惨い決定を下した」
脳内で留めていた最悪の予想が、無慈悲にも整合してしまった。
感染者を全員殺害する。そう言ったのだ、あの人は。しかも、隔離政策される人々にはその事実を伝えずに。
「そんなのッ!!あまりにも──ッ!」
シエラが机に手を付いて、露骨に怒りを露にするが、ファルネスさんは首を横に振って、
「私達のような一介の妖精剣士には何かを進言する資格なんて持ち合わせていないんだよ。それに綺麗事ばかりを言っていられる状況じゃないっていうミルザさんの意見も分かるしね。ただ、────」
一瞬言い淀み、何かを深く考えるように目を細めたファルネスさん。そして、
「どうも、これら全てが、誰かの書いた筋書き通り……な気がするんだよなぁ」
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