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第55話 エルフの王女はぬいぐるみがないと寝れないようで

 当然のごとく人間ヒューマンではなく、一見したところでは魔族とも捉えられない異質な存在──ファルネスさんが仮名としてつけた異形変異種アンノーテ


 その瞬間を見ていなかったとはいえ、目の前で変形を成した異形変異種アンノーテは、その元が人間ヒューマンであったと思えないような力を振るっていた。


 視覚で認識すると鳥肌が立つ、奇妙な姿形のどこからあんな尋常な力がもたらされているのかは分からないが、遥かに人間ヒューマンの限界域を超えた強さで放たれた攻撃は、霊剣抜刀エティソールしている状態でさえビリビリとその力の余波がくるほどだ。


 だが、ファルネスさんを筆頭に俺とネルウァがそれをサポートする形での戦闘・討伐自体は滞りなく行われて、初めに殺されてしまった近衛騎士の何人か以外は犠牲者・負傷者を出さずに終えることができた。


 異形変異種アンノーテを斬った時の感覚は中々気持ちの悪いもので、放ってくる打撃は異常な力なのにもかかわらず、体を覆っている皮膚の硬度は人間ヒューマンそのものなのだ。刃を食い込ませる度に脳裏に浮かぶ昼間の盗賊の死体と、手に染み付いている人を殺した感覚が彷彿として、心にドロッとしたものが滴るためうんざりしてしまう。


 一時は悲鳴の嵐で騒然とした会場も、ファルネスさんとミラさんが冷静に指揮を取りパーティーは即座に閉幕となった。


 その後、会場にはファルネスさんとミラさん、そしてミルザさんだけが残り、俺達生徒四人を含めた来客者は総じて全員帰路につかされた。何でも、事の経緯いきさつと謎の突然変異について今から調査を行うようで、正式に妖精剣士シェダハとして対魔本部ジェーラメントに所属しているプロとして仕事をしなければならないらしい。


 ファルネスさんは、今夜の調査で発見したことや新たに判明した事実があれば、明日皆に共有するという約束をして会場の出入りの扉を閉めた。本来であれば、合同実習任務アルフィビガンの中の一つとして共に調査をしなければならないのだが、いかんせん様々なことが重なりすぎて身体的にも精神的にも疲弊しきっている。それを理解しての提案だろうと勝手に解釈して、今日のところは有り難く先に休ませてもらうことにした。

 

 そして現在。


 就寝準備を軽く済ませた俺とシエラは、部屋の灯りを完全に消して眠りについていた。いや、今俺はこうして起きているのだから、眠りにつこうとしたが正しい。


 疲労困憊で、帰り道では尋常じゃない眠気に襲われていたはずなのに、いざ灯りを消して眠りにつこうとしたら、雑念が勝手に俺の脳内をグルグルと回り、見事に眠れなくなっていたのだ。考えないようにすればするほど、今日出会(でくわ)した様々な光景が頭の中を縦横無尽に駆け回る。


 透明な窓から差し込む白い月明かりを見つめながら、俺は今日自分が人を殺したという事実を再度認識する。大義名分もあったし悪を討ち取っただけだと、そうやって抑え込めば抑え込むほど、俺から倫理観や人間ヒューマンとしての要素が隔離されていくようで怖くなり震えが止まらない。


 疲弊した脳みそでまとまらない思考を続ける。


 果たして俺が行った虐殺こういは、『悪』を滅しただけという正当化できるものなのだろうか?いや、そもそもアイツらは俺にとって『悪』と定義できるものなのか?


 深く思考すれば思考するほど、ひどく浅はかで意味不明な疑問が次から次へと浮かんでくる。それこそ、何故自分は最強の妖精剣士シェダハになりたいのかも一瞬分からなくなってしまうくらいには。


 何かに縋るように、毛布に爪を立てながら力強く握りしめていると、もうとっくに寝てしまったと思っていたシエラがか細い声音で声をかけてきた。


「……リオ、寝た?」

「いや、まだ起きてるよ」

「……どうしたの?何かに怯えてるみたいに声が震えているわ」

「ちょっと、考え事してたら不安になって寝付けなくて……シエラこそ、まだ起きてたんだ」

「えぇ。私も同じようなものよ。どうしても眠れなくって」


 ここ最近は、寮での一人部屋生活によって就寝時に誰かと話すなんて無かったため、妙な違和感を憶えたが、それよりも、シエラも同じように不安で眠れないことがあるんだなと、とても当たり前なことに意外性を感じた。


 ほんの少しだけ二人の間に沈黙が流れるが、何か意を決した様子のシエラは布団から飛び出して俺の方へと近寄ってくる。そして、


「あ、あの……お願いがあるんだけど……」

「うん。どうしたの?」

「その、お願いを伝える前に二つ約束してほしいの。笑わないことと、口外しないこと。お願いする立場で烏滸おこがましいのは分かっているけれど、この二つを守ってくれるなら打ち明けるわ」

「それはもちろん約束する。だから教えて」

「あの……その……。私と一緒に──」

「ごめん、最後の方小さすぎて聞き取れなかった」

「だから、その……私と一緒に寝てほしいの!」

「…………ん?待って、それは同じベッドでとかそういうこと?」

「……っ!」

「だ、だよね。そういうことじゃなくて、寝るまで話に付き合ってほしいとかそういうことだよね!ごめんごめん、変な勘違いしちゃって!」

「言葉のまんまよ!同じベッドで寝てほしいの!」


 月明かりによる微光に照らされたシエラは、頬を紅潮させながら距離をグイッと迫ってくる。その際にフワッと良い匂いが鼻腔をくすぐり、思わずシエラの瞳から眼を逸らした。


「っ!い、良いけど……どうして?」

「本当に笑わない?」

「絶対に笑わないから!」

「もし笑ったら針一万本飲むと約束してくれる?」

「メディナ様といい、エルフは裏切り者に針を飲ませる文化でもあるわけ?まぁいいや。良いよ約束する」


 シエラは、豊満で肉つきが良くも、スタイル抜群なその身体をモジモジとくねらせながら、


「私いつも寝る時、ふわふわのぬいぐるみを抱きながら寝ているの。その……それが無いと、どうしても眠れなくって!」

「何その可愛すぎる新事実」

「もうっ!やっぱりバカにする!」

「バカにはしてないって!」

「まぁいいわ。私自身も幼稚だなっていう自覚はあるもの。もう何となく察しはついてると思うけど、イリグウェナにそのぬいぐるみを忘れてしまって」

「それが無くて眠れないと?」

「そう!そうなのよ!どうしても何かぎゅーっと抱けるものが無いとダメなの!」


 シエラは、何故か若干涙目になりながら話を続けた。


「お願い!窮屈になってしまうのは本当に申し訳がないけれど、一緒に寝かせてくれないかしら!」


 先程感じた部分とは異なるシエラの意外性を感じて自然と笑みが溢れる。


「ふっ、良いよ。おいで」


 俺は自分の体をベッドの隅に移し、空いたスペースをぽんぽんっと軽く叩きながら合図した。


 その空いた場所に、おずおずと入ってくるシエラ。俺との距離は僅か程もなく、手や足、肩などが触れ合った。


「とっても暖かいわ。んー」


 そう言いながら、俺の胸元に顔を埋めて、ぎゅーっとピッタリくっつきながら抱きしめるシエラ。


 柔らかくも弾力のある胸が密着していることや、直で体温を感じることに内心本気でドギマギしながらも、必死に平常を装った。


「私ね、今日の移動中の馬車で起こった盗賊達の戦い。あの最中、すっごく怖かったの」


 微かに抱擁の具合が強まる。


「リオの思考も感情も何も感じ取れなくて。見えるのは、視界を介して映る死んでいく人間ヒューマン達だけ。しかも、リオが最後の一人にとどめを入れようとした時、剣の中の……上手く言えないけど、彼方かなたまで白い世界が、急に暗転して何も見えなくなったわ」


 あの時の記憶は、断片的でしか保持していないが、言われてみれば確かにシエラからは一切感情や思考といった魔術回路の合致に必要なモノ流れてこなかった。まるで、二人の間の繋がりが途絶えてしまったように。


「その時私は、自分の中にある誰に対してかは分からない殺意や憎しみで破裂しそうだったの。本当に怖かった」

「…………」

「でも、こうやって抱きついてみて安心したわ。やっぱりリオは、リオなのね」

「俺は……俺?それはどういう──」


 聞き返そうと、目線の下にあるシエラの表情を窺うが、もうシエラは既にすーすーと可愛らしい寝息を立てていた。


 シエラの頭部に手をかざして、優しくさすってみる。非常に触り心地の良い柔らかい髪の毛の感触が伝わってきた。


 寝る直前に安心したと、そう言っていた。リオはリオなのね、とも。


「……俺も寝るかぁ」


 考え、そして自分の中で答えを出さなけれないけないことははたくさんある。しかし、今くらいはシエラと一緒に寝ているという幸せに身を任せて良いのかもしれない。


 すやすやと俺の胸元で眠っている王女同様目を瞑った時、頭の中に余計な雑念が湧くことは無く、数秒のうちに意識は途絶えていた。


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