第52話 巨乳と魔乳
さすが長蛇の列を作る浴場施設なだけあって、個室は素晴らしい景観をした木造の露天風呂となっていた。床には薄光を灯したランタンが点々と置かれていて、その幽光が澄んだ水面に揺れている。
浴槽の少し奥に見える、土に人工的に植えられた細い木々が、この空間の静穏さと厳かな雰囲気をより一層引き立てた。
「女神の湯とは雰囲気が全然違うな~」
腰に短いタオルをしっかり巻いた俺と、大きめのタオルを体全体に巻き付けたシエラとアリシアは、ここだけ別室の更衣室から出てきてその壮観な眺めを見渡した。
「あの温泉よりもお洒落ね」
「確かに」
あの時はお爺さんの謎の策略にはまり、俺が先に浸かっているところに後からシエラが入ってきたが、今は肩を並べて一緒に入浴しようとしている。俺としては違和感が半端じゃないものの、シエラはあまり気にしていなさそうにキツキツの胸元を手繰り上げていた。
「今回は、女湯に忍び込んだ変態じゃなくて良かったわねリオ」
「いやだから、あの時は俺も嵌められたんだってっ!!」
「でも結局混浴したじゃない」
何度も説明して何とか誤解を解いたあの事件を掘り返し、クスっといたずらな笑みを浮かべるシエラ。
そんな俺とシエラの会話を聞きながら、アリシアはこれまたキッツキツの胸を抑えながら驚嘆の声をあげた。
「えっ!?シエラさんとリオさん、一緒にお風呂入ったことあるんですか!?」
「うん……まぁ……入ったことあるというか何というか……」
「私の裸見てきたわ!……あ、今日は私とアリシアさんの裸見てやろうかなしめしめとか思ってるんでしょ!」
「あれも不可抗力だし、見ようとはしてないからっ!!」
まぁ見ようとはしてないけど、見えちゃったらそれは仕方ないよね?
ていうか、心なしかいつもよりシエラのテンションが高い気がするのは何故だろう。
「そ、そうなんですね。やっぱりこの位の年齢になったら皆《《そういうこと》》もしてるんですね……あたし、遅れてるのかなぁ……」
微妙に話が嚙み合っていない気がするアリシアは、肩を落として溜息をつく。いや、多分アリシアが考えてる《《そういうこと》》はしていないのだが、どちらにせよアリシアが男の毒牙にかかってしまうのは許し難いところがある。これが父親の気持ちか!
「……アリシアは、パパと結婚してくれるんだろうッ!?」
「ふぇ!?どういう意味ですか!?」
「もう、変なこと言ってないで早く体洗って入りましょう?時間が迫ってるわ!」
本気で困惑しているアリシアの背中を押して洗い場へと連れて行くシエラ。
洗い場はしっかりとした仕切りが立てられており、他二人の様子を窺うことはできない。だが、綺麗な女性が全裸で同じ空間にいるというこの状況と、少し離れたところから聞こえてくる二人の流す水音が、俺の純情な童心を存分に擽ってくる。
──思ったよりも中々キツイぞこれ!!
俺は理性が残っている内にさっさと体を流し終わらせて、早足で浴槽へと向かった。
「いやー生殺しってこういうことを言うんだな……って、うわぁあ!!」
見る箇所を制限していたせいで極端に視野が狭まっていたのだろう、足元に生えていた藻に足を滑らせて盛大に転倒してしまい、濡れた岩床に思いきり背中を打ち付けてしまった。
「──ッたい!!」
「ちょっとリオ大丈夫?痛々しい音が聞こえてきたけど……」
「あ、あぁ……大丈夫」
ツイてない!ツイてなさすぎる!
自身の不運を呪いながら打ち付けた部位を擦り、ゆっくりと湯船へ足を踏み入れた。
「はぁぁ……気持ちいぃ……」
体を沈めた瞬間包み込む肌触りの良いお湯。女神の湯とは違い硬めのお湯となっている、勝らずとも劣らない最高の温泉だ。
更に、夕刻が過ぎたあたりの天ではぼんやりと星々がその輝きを放ち始めており、点々と置かれたランタンや外植された木々と相まって雰囲気は最高潮となっている。
ぼーっと薄暗い暗空を眺めていたら、遅れて洗い終わったアリシアとシエラが「何だか急に恥ずかしくなってきました……」「ここまで来たら引き返せないわ!」と言いながら二人一緒に歩いてきた。
そんな二人の姿を横目でチラッと確認する。
赤と金の艶やかな濡れ髪の毛先からはぽたぽたと雫が滴り、二人が身に巻いている大きなタオルは湿ったことによってその体にぴったりと付着している。あまりにも扇情的で刺激的なその姿は、もはや全裸よりも色っぽいなとさえ感じた。俺は、二人を見ていたら収まりがつかなくなるなと思い、すぐに視線を逸らして湯船に顔を沈める。
「うわぁ……気持ちよさそうです!」
「もう、アリシアさんタオル捲れちゃってるわよ。ほら直してあげるから止まって?」
「あ、ごめんなさい。ありがとうございます!」
「それにしても……本当に凄い大きさの胸ね……」
「あうぅ……恥ずかしいのであんまり見ないでくださいぃ……」
女の子同士の無邪気な会話を交わしながら、だんだんとこちらに近付いてくる。
──あ、そういえば手前の床めちゃくちゃ滑りやすいから伝えてあげないと
自分の経験則に元ずく注意を思い出し、それを促そうとシエラ達の方を一度振り返る。しかし、その行動をするには一足遅かったようで、
「きゃぁぁあっ!!」
視線を向けた瞬間に目に入ってきたのは、足を滑らせる妖精の王女と貴族の二人で、後方に転倒した俺と違い二人は前方へと飛ぶように転倒している。
せっかく巻き直したタオルははらりと外れ、シエラの豊かな双丘とアリシアの強烈な大きさを誇る魔乳が、俺の視界いっぱいに飛び込んでくる。
「うわぁああああ!!」
一糸纏わぬ絶世の妖精二人が、自分目掛けて飛び込んできているという全ての男が夢見ることを体現した俺は、喜びと興奮に胸を高鳴らせたまま体当たりされて、無事湯船の中へと沈没させられたのだった。




