第51話 爬虫類が大好きなアリシアさん
あの後、道行く人々に「痴情のもつれ!?」と囁かれながら、俺は顔から火が出そうなほど顔を赤らめたネルウァを連れて一度宿舎へと戻った。
ミルザさんから伝えられている歓迎パーティーの時間までまだ割と余裕があったのも踏まえて、俺は気になっていた大浴場へ向かってみることにした。
テオドシウスの見取り図を片手に辿り着いたその場所は、他の施設よりも一段と大きい建物で、その入り口は列を成しているほどの盛況ぶりである。
本当に謎の疫病が蔓延してるのだろうか?と、そう考えてしまうほどの賑わいで僅かに苦笑してしまったが、もちろん自分自身もその人達の一人になるべくここに訪れているため、そそくさとその列の最後尾へと紛れ込む。すると、とてもとても聞き覚えのある声が、背後から俺の名前を呼んだ。
「あれ……リオさん?リオさんも今からお風呂ですか?」
振り向くとそこには、形状や見た目がお揃いで色だけが異なる衣服を身に着けたアリシアとシエラの姿が。似ている服なのにもかかわらず、シエラは綺麗でアリシアは可愛らしいという違った印象を受けるのに少し驚きながら返事をする。
「あぁ。アリシア達も?」
「はいっ!いっぱい歩き回ったら汗かいちゃって!せっかくのパーティーなので、綺麗にしてから行こうかなって!」
「そんなに色んなとこ行ったんだ?シエラも──」
楽しめた?とそう訊ねようと、チラッとシエラ方に視線を向けると、そこには疲れ切った顔で呆然と佇んでいる王女の姿があった。
「シエラ……大丈夫?」
「え、えぇ……様々なところに行ったわ。とっても楽しかった」
「シエラさんにそう言って頂けて嬉しいですー!特に、『爬虫類カフェ』は最高でした!」
「……爬虫類カフェ?爬虫類ってあの、蛇とかカエルとかの?」
「はい!他にも、亀とかワニとかもいましたよ!」
「亀とワニ!?いやそれよりも、アリシアが爬虫類を好きだったことにめちゃくちゃ驚いてるんだけど」
爬虫類科の動物って全体的に何というか……ヌメっとしていて、アリシアとか特に嫌いそうな感じなのにな。愛でている姿よりも、見つけて絶叫している姿の方が鮮明に想像ができる。
「あはは、よく言われます。カエル見たら気絶しそうなのにとかって」
「俺も爬虫類の動物あまり得意じゃないからなぁ……」
「好まない方のほうが多いですよね。だから、あのお店を見つけた時も、はしゃぎはしたんですが、シエラさんきっと嫌いだろうなって思って通り過ぎようとしたんです。そしたら、私も好きだからって!生まれて初めて、爬虫類仲間ができました!」
シエラが爬虫類を好き?そんな素振り今の今まで一度も──
「あは、あははは……」
乾いた笑いで、嬉しそうに話すアリシアとの会話に相槌を打つシエラ。余韻に浸っているアリシアは、夢中で爬虫類カフェの感想を喋っているため気付いていなさそうだが、シエラのその口端はおそらく罪悪感からであろう、異様に曲がっておりその瞳には光が消えていた。
──あー……これ絶対爬虫類苦手だったパターンだ……
シエラにとって、初めて遊びに誘ってくれた妖精の女の子で、そんなアリシアに悲しい思いをさせたくなくて、少し強がって入ってみたのだろう。だが、この表情から察するに思いのほか自分が爬虫類を苦手なことに気が付いて、現在絶賛疲労困憊中といったところだろうか。
そう考えていたら、日頃悠然と振る舞っているシエラが急にいじらしく思えてきた。少しからかってみようかな。
「へー!シエラもそんなに楽しかったんだ!なんか俺も気になってきたなー!時間があったら俺も連れて行ってよ!」
我ながら不器用な物言いだとは思うがまぁいい。にやっと微かに笑みを浮かべながらシエラを見ると、
「えぇリオ!もちろんよ!でもそれ相応の覚悟はあった方が良いんじゃないかしら?色々と……ねぇ?」
「ヒッ!」
「本当ですか!?ぜひ行きましょう!!いつ行きますか?明日ですか!?」
顔に貼り付けたその笑顔は先程とは一転、可憐で天使のような可愛さだが、その瞳はもっと眩みを帯びており、一瞬光った眼光は間違いなく殺意だ。
シエラの不穏な笑みによる圧迫と、アリシアの無邪気な笑みによる圧迫に挟まれながら、俺たち三人は列が進むのを待った。
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俺たちが並んでいた列は、想像以上に長蛇の列になっていたようで、昼間は元気に輝いていた太陽もいつの間に橙の夕日に変わり、その姿を隠そうとしている。
地元の人曰く、今日はパーティーがあるからこの大混雑具合らしく、そこまで大規模なものを用意していたのかと改めて驚いた。
だが、長々と待ち続けていたその列もあと少し。前の人が受付を済ませたようで、やっと俺達の番だ。
「すみません!男性1人に、女性2人です!」
「……カップルかい?」
「……え?いや、そもそも3人なので決してそういう関係では……」
「……じゃあ、トリプルだな」
「いやいや、トリプルってなんですか!?普通にお風呂に入りに来ただけですから!」
「……今は、大浴場は満員だ。通せるのは個室のカップル用しかない。どうしても大浴場を使いたいならもう一度並び直しな」
「そんな滅茶苦茶な!せめてここで待たせてくださいよ!」
受付の男の理不尽な物言いに、俺は手元に落としていた視線を一気にその人物の顔へと向ける。そこには、あまり良い思い出のない人物の顔が。
「女神の湯の、お爺さん!?」
「……違う」
目がほとんど開いていないのも、話初めの最初を開けるのもあの人と完全一致だ。これでは別人の疑いようがない。
「お爺さんここでも働いていたんですか!?」
「……女神の湯で働いてるのは、わしではない。わしの弟だ」
「弟!?口調まで似てるのに?」
「……後ろが詰まっているから早く決めろ。カップル用の個室風呂に入るのか、もう一度並び直すのか、古の詠唱を唱えるのか」
「選択肢が一つ増えてる……いやでも、3人で個室のお風呂に入るのは……」
言い淀みながら二人に目配せをすると、互いに顔を見合わせてコクッと頷くシエラとアリシア。
「でも、お風呂に入れない方が困るわ。それに個室のお風呂の方が空いてるなんて、逆に運が良いじゃない?」
「そうですね。決まりなら仕方ないですし、個室を使わせて頂きましょう」
「順応能力が高すぎるっ!」
女性陣二人の肝の座り具合に感服しつつ、まぁ確かに入る順番を交互させれば問題はないかと、そんなことを考えていると、
「……カップル用の個室は時間厳守で四十分となっている。全員で入れば問題なく堪能できる時間だ」
何か対策されてた!!抜かりなさすぎる……ッ!
「ですね。それだけ時間あればゆっくり浸かれそうです」
「早く行きましょうリオ!」
端から全員で入るつもりだったと言わんばかりに、表情に曇り気がない二人。
これが人間と妖精の文化の違いなのかと自らを納得させながら、お爺さんから渡された鍵の番号の個室へと向かった。
ちなみに、お爺さんの横を通り抜ける際に、前回同様握り拳に親指を立てて、歳の割に白い歯を覗かせながら、まるで「感謝しろよな!」と言いたいような仕草をしてきた。前から思ってたけどこれ善意なの!?ていうか、このグッとポーズは家系で代々継がれているものなのだろうか?あの時唇噛みしめながら誓ったはずだったのに!
……また来てしまったのか。