第50話 ネルウァさんの胸は……背中!!
「……今頃、シエラとアリシアは仲良くやってますかね」
「きっと大丈夫さ。アリシアは、あー見えて芯がしっかりした強かな女の子だからね。ドギマギしながら上手くやっているんじゃないかな?」
「はは、その姿凄く想像できますね」
ネルウァさんに誘われてテオドシウスの街に繰り出してきたきた俺達は、宿舎からしばらく歩いた先にある賑やかな通りへと出向いていた。
先程のシエラとアリシアの微笑ましいやり取りを思い出しながら笑っていると、「そういえば……」と口を開いたネルウァさん。
「アリシアにもだけれど、王女のシエラさんに対してさえ呼び捨てタメ口なのに、どうしてボクはさん付けの敬語なんだい?……もしかして、関わりづらいとか……?」
「ち、違います!!ただ、全然話したことなくて、距離感が分からなかったからで!関わりづらいとかは全く無くってですね……」
「そ、そっか……良かった。これからは、ぜひボクのこともネルウァと、そう呼び捨てにして、敬語も外してほしい」
「了解!じゃあ、俺のことも呼び捨てで!」
フフっと頬が緩んだネルウァを見て、本当に整った顔立ちだなと改めて感銘を受ける。
ネルウァ・コンティエヌ──陽の光に照らされて眩い輝きを放つ銀色の髪は短く整えられており、エメラルドのような緑色の瞳には彼女の知性と落ち着きが滲んでいる。女の子には珍しい一人称が『ボク』というのと、短い髪、凛々しいその挙動から、女性ながら女子の学生から人気の高い人間だ。個人的にも、美人よりもかっこいいという表現が相応しいようには思える。
「ネルウァって、俺でも聞いたことあるくらい有名な、あのコンティエヌ家だよね?それなのに俺と仲良くしていたら、他の貴族階級の人達から色々言われちゃわない?」
知っての通り人間の貴族階級の生徒は、ほとんど全ての者が妖精の王女と契約を交わした俺を理不尽に忌み嫌っている。人間側の政府が議会制を取っていることもあり、貴族はその間での繋がりが非常に大事であるため、俺と仲良くなろうなんていうその輪からはみ出すような行いをする者など今まで只の一人もいなかったのだが。
ネルウァは、微かに冷たい声音で微笑を浮かべながら、
「ボクの人生に他人は関係ないさ。ボクがこの目でリオを見て、仲良くなりたいと思った。あのくだらない馴れ合い染まらなかったからと言って、何かしてくるヒューマンなんて一人もいないさ。それ程に、忌々しい家名──コンティエヌの名は強大だからね」
「……忌々しい?」
「……ボクは、政略結婚から逃れるために半ば無理矢理この学園に来たんだ。自分で言うのもおかしな話かもしれないけれど、ボクは家の者の誰よりも優秀だった。なのに、『女』だからという理由だけで、公に立つことを禁じられ、無能な弟達の都合の良い駒にされかけたのさ」
「女……だから?でも確か、議会の中にも女性っていたような……?」
「それはとてもイレギュラーな場合だよ。理由は様々だけど、間違いなく歓迎はされなかっただろうね。実際、対魔本部の組織形態を作ったのも女性の議員だけど、結局その功績も歴史に名前を残す権利も全て、お父様に帰属した。性別が女だという、ただそれだけで」
「そうだったんだ……」
「だからこそボクは、男だろうと女だろうと結果がすべての妖精剣士になった後、そこで功績を上げて、女性の権利の向上・保障のために動きたいんだ。国から最高の称号を与えられた妖精剣士は多大な発言権を有するからね」
おそらく、女性というだけで理不尽に虐げられた経験が話してくれたこと以外にも数えきれないほどあったのだと思う。だからこそ、貴族階級の思考に引っ張られずに等しい目線で物事を見るようになったのだろう。
強かな瞳で真っ直ぐ視線を前に据えるネルウァの、端正で美しい横顔を眺めながらそんなことを考えていると、それに気付いたネルウァは柔らかな笑みに戻り、
「面白味のない身の上話を語りすぎてしまったね。それより、リオは何かしたいこととかは無いのかい?」
「したいことか……大浴場が気になるなってとこだけど、それは後で行くからなぁ……逆に、ネルウァは?」
「ボクは、そうだな……せっかくの娯楽都市だし、何かそれにちなんだものを……」
俺とネルウァが頭を悩ませながら歩いていると、外に出て客引きをしている人がこちらに近寄ってきて、
「あれ、もしかして、お兄さんと綺麗なお姉さん恋人同士?ウチの店、カップルに人気なその名も『お化け屋敷』ってのやってるんだけど、一回どうだい?」
「……『お化け屋敷』ですか?初めて聞いたな」
「何だか楽しそうな響きじゃないか!行ってみようリオ!」
そう言い、無邪気な笑顔を振りまいたネルウァは、俺の腕を引っ張りながら案内された建物へと入って行った。
*
「……すんっ。ぐすんっ……暗くて、怖かった……」
「あ、あはは……ネルウァがこういうの苦手なのは、そのー、意外だったよ」
「うぅ……暗いの嫌いぃ……」
整い凛とした綺麗な顔から一転、涙で濡れてしまった頬をゴシゴシと擦りながら、肩を震わせるネルウァ。
その華奢な指で、俺の服の裾をぎゅーっと一生懸命に引っ張り、足をふらつかせながら外へ出る。
常時、澄ませた表情で落ち着いたネルウァの意外な一面に、心なしか心臓がバクバクと音を鳴らし、その可愛らしい仕草にドキッとさせられる。
『お化け屋敷』は、暗い空間の中でお客さんが歩いて進みゴールを目指すという単純なものなのだが、途中で幻覚作用のある香りを嗅がされてあちこちに異質なものが浮かんできたり、狭い空間に閉じ込められたりといったギミックがちりばめられているという中々に斬新で手の込んだ施設であった。割かし俺は楽しめたのだが、ネルウァはそういった類のものが大の苦手らしく、絶叫の末に今少し声が変っているという惨状だ。
「ごめんよリオ……怖くて、中ではピッタリとくっついてしまって……」
「全然大丈夫だよ。ああいう空間だと《《背中》》が怖くなるもんだよね。ネルウァの背中から凄く温もりを感じて何と言うか……俺も安心した!」
「……背中?ボクは、基本的に前を向いていたと思うんだけども……?」
「…………え?」
てことは……当たってたのは胸?胸なんて当たってたかな?真っ直ぐ平らな感触しかなかったと思うんだけど。
不思議な違和感に囚われながら、それとなくネルウァの胸に視線を移してみると、
「……あ」
俺とネルウァの間を、最悪な沈黙が支配する。
「……へ、変態!」
「ちょっと待って!?ち、違うッ!!」
「す、少し気にしてるのに!Aはあるから!!」
「それはあると言えるのか!?って、そうじゃなくて────ッ!!」
瞳に若干の雫を残した瞳で、まるで変質者を見る目のように、胸を両手で隠しながら自分の胸のサイズを声高らかに宣言するネルウァ。
俺は慌てて誤解──ではないけれど、何とか弁明を試みようと、衆目の目を集めながら言葉を並べた。
「変態じゃないぃぃいいッ!!」




