第49話 シエラと同じ部屋になったんだが。
「……到着だ。ここが、君達がしばらく住まうテオドシウスの仮拠点。好きなように使うと良い。対魔本部からの支給物資はそれぞれの部屋に置いてあるからな」
ミルザさんが足を止めたその場所は、大きな木造建築の、まるで屋敷のような外観をした建物の前であり、思っていた宿舎とは違うあまりにも贅沢な家屋であった。
「こんなに立派なところ使わせてもらって良いんですか!?」
この事はファルネスさんも知らなかったらしく、驚きを隠せないといった声音で宿舎を見上げた。
「あぁ、当然だろう?この街の危機に駆けつけてくれたイリグウェナからの救世主なんだから、丁重に扱うのが筋ってもんだ」
口角を大胆に上げて大口で笑うミルザさん。
それぞれが口々にお礼を言い、それを聞いたミルザさんは満足気に頷きながら、
「必要な備品やら食料、この街の大まかな見取り図も揃えてあるが、もし足りないものがあれば後で言ってくれ。ただ、風呂だけはないから、少し歩いたところにある大浴場を使うように」
これでもかと言わんばかりのおもてなしの数々に感謝で頭が上がらない。
「それと最後に。今日の夜は歓迎パーティーを開催しようと思っているから、時間になったら『中央ラジウム』という会場に来てくれたまえ。最近不幸に見舞われがちだったから、盛大に盛り上げてこの街の景気付けをしよう。それじゃあ、また後ほど」
それだけ言うと、手をヒラヒラと振りながら去っていったミルザさんとそれに追随する数人の男性達。
それを見送った後、残された俺達はぞろぞろと用意された宿舎の中へと入って行く。
その内装は、外観以上に豪奢な装いをしており、床には花柄のカーペットが敷かれ、吹き抜けの天井の一番上には簡易的なシャンデリアが吊るされている。その他にも、良く分からない絵画やアンティーク調に揃えられた家具の数々など、提供してくれたミルザさんの拘りっぷりが一見しただけで容易に伺えた。
「うわぁ……すっごく広いです!」
「本当に良いとこ用意して貰っちゃったな……中もめちゃくちゃ綺麗だし」
アリシアは宿舎の中を見渡しながら目を輝かせて、ファルネスさんは苦笑混じりに微笑を浮かべる。
一先ず荷物を降ろした一同は、一回の中央に設置されている縦長の机の周りに腰を据えて、アリシアが注いでくれた温かいお茶を片手に肩を撫で下ろした。
「疲れたぁ……」
言葉に出そうとは思っていなかったが、落ち着いた拍子に呼吸するまま出てしまったらしく、それを聞いたファルネスさんが、
「改めて、移動中の盗賊討伐本当にお疲れ様。指示を出した私が言うのもアレだけど、身体的にも精神的にも物凄い負担が掛かっているだろうから、この後の自由な時間は、この娯楽街でたっぷりハメを外すも良し、ゆっくり休むも良し。特に契約者の二人はね」
俺とネルウァさんに目配せしながら言うファルネスさん。
何か言葉を返そうと思ったのだが、先程の光景が脳裏に浮かび喉に詰まって結局何も言えない。ネルウァさんも同じなのか黙ったまま固まり、場が沈黙に浸った。
そんな雰囲気を打破するよう、掌をパンパンっと叩いたファルネスさんが、きわめて快活な声音で、
「それじゃあ、しばらくの共同生活における様々なことを発表していくか!まず、部屋の分担なんだけど……部屋は、それぞれの契約で一つってことで!」
──それぞれの契約で一つ?それって、つまり……
「シエラと同じ部屋ってことじゃっ!?」
「まぁ……そういうことになるね」
「ネルウァさんとアリシアはそれで良いとして、俺とシエラで共同生活……ですか!?」
それは果たして倫理的に大丈夫なものなのだろうか?いや、別に何もないけどね!?そもそも、シエラが絶対嫌だって言うはz……
「シエラ君は、リオ君と同室は嫌かい?」
「私は全然大丈夫というか……むしろ、いつも一人で寝てるからちょっと楽しみというか……」
僅かに頬を紅潮させながらゴニョゴニョと言っているが、近くにいる俺にはしっかりと聞こえている。え、そういうものなの?気にしてる俺がおかしいのかな……
「ていうか、妖精剣士になって遠征の任務に行ったら、大体組み分けは契約によってだから今のうちから慣れておいた方が得だと思うよ?」
当たり前だろ?と言わんばかりのファルネスさんにそう言われてしまい、何だか俺が特別意識しているみたいで恥ずかしくなり押し黙る。
「それともう一つ、役割分担決めなんだけど……はいっ、この中で料理作れる人!」
しんとした空気になった中、おずおずと口を開き挙手したのは、意外にもシエラであった。
「……難しいのじゃなければ、私作れますよ」
「失礼に中るかもしれないが、ボクの中で王族の方が料理できるイメージが無かったからとても驚いたな」
「そうね、他の人はできる人の方が少ないかも。ただ、お料理って私の趣味の一つなの」
「それじゃ、料理担当はシエラ君で決まりだな!後は──」
こんな感じで淡々と決まっていった生活上の当番。俺は毎日のゴミ出しと、食器並べの任を担うことになった。
*
「対魔本部からの支給、入ってる額が凄いんだけど!?」
役割決めが終わり、一度自分達の部屋に向かうことになったため、俺とシエラはしばらくお世話になる自室へと踏み入れた。
個人個人の部屋の扉にはしっかり施錠ができる備え付きで、部屋の中も二人で過ごすには十分な広さを誇っていた。
そんな自室で、壁際に寄せられたテーブルの上にデカデカと置かれた箱。その中身は、対魔本部から送られた物資の品々であり、中でも目を引かれたのは、こじんまりとした袋の中に入っていた硬貨と紙幣だ。
しっかり数えたわけではないが、見る限り相当な額が無造作に詰め込まれている。
「そんなにお金用意されていたの?」
「う、うん。ちょっと怖いくらいに」
「行く前にお金は持参しなくて良いって言われたのは、そういうことだったのね」
「まさか、シエラ。本当に全くお金持ってきてなかったの……?」
「……え?だって、持ってこなくていいって言われたから……」
「いや、まぁ……それはそうなんだけど。なんかそれ、少し心配にならない?」
「私は特に心配にはならなかったけど、あの子達には出発する前に少しだけでも!って泣きつかれちゃったわ」
あー……確かに。イリグウェナ出る前、シエラの従者の妖精二人に泣きつかれてたな。このことだったんだ。
「……真面目だ」
「これを真面目というのかしら?規則に則っただけなのだけれど」
俺とシエラが他愛もない談笑をしていると、不意に扉がコンコンと軽くノックされる。開けてみると、もう既に制服から私服に着替えたアリシアとネルウァさんの姿が。
「お、お邪魔します……」
「いらっしゃい、アリシアさんネルウァさん。どうしたの?」
「えっと……実は……その……」
「頑張れアリシア」
来るやいなや、顔を赤面させて何かを言い淀んでいるアリシアと、後ろから肩に手を添えて激励しているネルウァさん。
その様子にじゃっかん困惑していると、唇を噛み締めたアリシアがいつになく真剣な面持ちで、
「シ、シエラさん!!あ、あ、あたしと、一緒に遊びに行きましぇんか!!」
……噛んだ。
言い終わった瞬間に、ぱっちりとした目を大きく見開き、豊かな胸を押し潰すように胸の前で握りしめていた両手をワナワナと震わせながら、「──ッ!~~ッ!!」と声にならない悶絶を漏らして美しい髪色以上に顔を真っ赤に染めるアリシア。
そんなアリシアに近付き、その体をゆっくりと抱きしめたシエラは、
「か、可愛いっ!!あなた可愛すぎるわ!!えぇ、私でよければ是非一緒に!!」
「恥ずかしすぎます……っ。でも、勇気出して良かったぁ……」
涙目のアリシアは、気が抜けたように頬を緩めて笑う。
そのまま二人はテオドシウスの街に飛び出して行き、部屋には、事務的な内容と任務でしかほとんど話せていないネルウァさんと俺だけになった。
二人きりで同じ空間にいることがそもそも初めてなため、何を話したら良いのか良く分からないが、これはもしかしたら仲良くなれるチャンスなのかもしれない。
「あの──」
「リオ君」
声をかけた瞬間にタイミングが重なってしまい、二人とも黙り込んでしまう。
「ごめんなさい。お先にどうぞ」
「ありがとう。リオ君、ボクと一緒に少し街を歩いてみないかい?ほとんど話したことないけど、同じチームの契約者同士仲良くなりたいとは思っていたんだ」
「奇遇ですね、同じようなこと言おうとしてました。もちろんです!行きましょう!」
ネルウァさんは胸を撫で下ろして柔らかい笑みを浮かべ、それに釣られて俺も自然と笑顔になる。
「その血だらけの制服じゃ何かと目立ってしまうから、着替えた方が良い。ボクは外で待っているよ」
それだけ言うとネルウァさんは部屋を出て行き、急いで着替えた俺はすぐにその後を追った。




