第47話圧倒的な虐殺
刃が何の隔たりもなく肉に食い込み、そして裂いていくのが感触として伝わってくる。餓狼種を斬り裂いた時とはまた違う、人間にとって最も硬度のある骨格ですら簡単に分断できるという、根本的な人の脆さを刃越しで憶えた。
この男が最期、断末魔のような悲鳴で何か叫んでいたが、言語として形を成していなかったため聞き取ることはできなかった。しかし、その断末魔が鼓膜を揺らした瞬間、不快さと心地良さという対極の感情が入り混じり、俺の胸中には説明のつかない違和感が広がる。
──何だ……この感覚。足りない……足りないッ!!血を……《《我に》》血をッ!!
頭には異常に熱がこもり、妙な冷や汗が止めどなく全身を伝る。途切れ途切れになる意識を活性させて、逃げ惑う盗賊達を一度睥睨した。
向こうでも、真紅の妖精剣で華麗に舞うネルウァさんが盗賊の討伐を始めている。これだけ距離を取っていれば、派手に動き回っても互いの邪魔にはならなそうだ。
もう一度、先程と同じように軽く地を蹴り、剣尖を真正面へと突き出した。
「アガッ!!」
「…………」
鋭利な剣の先端は、寸分の狂いなく既に肉塊となった男の心臓を貫き、金色の刀身から紅い血液が滴り落ちる。突き刺した体から剣を抜いた際、ドバっと噴き出た返り血を浴びてしまったが、今はこの生臭い臭いですら俺を、自身が生きてるという光悦に浸らせた。
「……確かに、殺したヒューマンの顔なんて一々覚えられないかもな」
だって、こんなにも簡単に死んでしまうのだから。
逃げよう──生きようと、必死に散り散りとなる男たちを一瞥し、一人、二人、三人と一方的な惨殺を繰り返す。もうそこには微塵も躊躇いはなく、何も考えずにひたすらに薙ぎ払うその様は、この男達の瞳には俺が恨み根絶やしにすることを誓った魔族そのものに映っているのかもしれない。
中には、逃げられないことを悟って、せめて一矢報いようと刃を向けてくる者もいた。その獰猛で反抗的な視線に中てられ、渦巻く憎悪と高騰する心臓が、疼く衝動を更に加速させ、口角が自然と上がる。
「ガキがッ!あんま調子にのんなやッ!!」
震えている手先とは裏腹に、威勢の良い怒声を放ちながら襲い掛かってくる一人の盗賊。それに続くように、五、六人がその後ろから追随した。
「調子にのる……?態度は一貫していると思うんだが……」
「うるせぇッ!死ねやクソガキがあァッ!!」
さっき聴こえた悲鳴は不快感の中にも心地良さが混じっていたのに、この雄叫びはただただ不快になるだけで耳障りが悪いな……。
勢いをつけて刃物を振りかざす数人の盗賊達。それらを尽く躱し、愕然と目を見開いている男達の首をそれぞれ丁寧に刎ねていった。切り口は滑らかな平を描き、我ながら綺麗に斬り払ったなと、流し目にそんなことを思う。ただ、心臓を突き刺した時よりも圧倒的に多量の血飛沫が、豪雨のように降り注いで俺の純白の制服を濁った紅に染めてしまったため、もうこの殺し方はしないでおこうと密かに誓った。
「……って言っても、もうほぼ残ってないんだけどな」
死体と血溜まりがそこら中に広がった、地獄のような空間を見渡しぼそっとそう呟く。向こうもあらかた片付いたらしく、残るは横柄で偉そうに最初喋っていた大柄な党首のみとなっていた。
部下を盾にして無様に最後まで生き長らえた党首は、地面に尻もちをついてゆっくりと近付いた俺を見上げながら、
「────、~ッ!!────!!」
何か言っているようだが、それらは俺が認識する前に雑音として搔き消されてしまい、ジジジッという耳鳴りのような響きだけが脳内に残る。
どのみちコイツで最後。
俺は、握りしめた妖精剣の柄を逆さにして剣尖を真下の──男の胴体向けて光らせる。
口は開かず黙ったまま、足元の男を見下ろす。抵抗の余地がなく絶望に顔を歪ませたその姿は、宛ら六年前のローネアで、最高峰の妖精剣士であった兄が死ぬ直接的原因となった自身の面影と重なり、疼痛の中吐き気を催した。
「もう……あの時の俺じゃない……ッ」
言い終わるのと同時に、俺は剣先を地面の深くまで貫通させ、《《あえて》》その一撃では絶命しないように突き立てた。
一思いに殺してしまっても良かったのだが、体の奥底から吠える何かが俺にそうさせなかった。徹底的にいたぶり殺せと、俺の挙動を雁字搦めにして。
「フーっ……フーっ……」
抜いて、突き刺す。抜いて、突き刺す。
血が傷口から吹き出し、俺の中の何かがバラバラと瓦解していく音がしたが、それでも止められない。もう、自分が何でコイツを殺そうとしているのかも分からないのに、肉に刃が通っていくその感覚だけで一心に突き刺した。
「あぁ、アァアアッ!!!」
湧き踊る体の血肉を発散するよう、極端に力を込めて腕を振り下ろす。
瞬間、周囲に白みを帯びた炎が爆発するように広がり、空気をガクンと唸らせる。
「……もう、死んでいるよ」
脇目も降らず剣を突き立てていた俺の肩を、馬車の中にいたはずのファルネスさんが抑え、目の前の先程まで人の容貌をしていた者がただの肉塊になっていたことに気が付く。
「……すみません」
「いや、初めての対人戦闘本当に良くやった。初任務、完了だ」
ファルネスさんは、俺とネルウァさんに向けてそう言い、馬車に戻るよう指示を出した。霊剣抜刀を解除し、四人は再度馬車に乗り込みテオドシウス向けて出立する。
テオドシウスに到着するまでの車内は、葬式のような重苦しい沈黙に支配されていた。当然俺も口を開く余力は微塵もなく、返り血による生臭い鉄の臭いに奥歯を噛み締めながら、本格的な合同実習任務の始まりをひしひしと感じたのだった。




