第44話 テオドシウスの闇
「よしっ!全員揃ったな!それじゃあ、出発兼合同実習任務の開幕ということで!」
気持ちの良い早朝。ファルネスさんとミラさんを筆頭に、俺とシエラ、ネルウァさんとアリシアは、荷物を仰々しい馬車に積み込み、イリグウェナの巨大な門扉の前で開門の時を待っていた。
上機嫌に合同実習任務の開始を宣言するファルネスさんは、これから旅行に行く人かのように鼻歌を口ずさんでいる。
俺達と同じように、この行事の出発一日目の面々が、それぞれ神妙な面持ちで佇んでいる中、見渡す限り楽しそうにしているのはファルネスさんだけだ。
「どうしたリオ君。緊張しているのかい?」
「え、えぇ……多少……凄く」
「大丈夫だって!君には最高のパートナーがいるじゃないか!」
「それは、そうなのですが……だからこそと言うか……」
「程よい緊張は自分の行動に責任感を与えるけど、緊張のしすぎは命取りになるぞ?私も、初任務の時緊張しすぎてありえないミスから死にかけたことあるし」
「死にかけ……ですか?」
「あぁ!そりゃもう、って痛ッ!」
「バカッ!学生をさらに緊張させてどうするのよ!!」
ファルネスさんの話を聞きながら俺が縮こまっていると、ミラさんがやって来て脳天に軽く打撃を加えた。
「いや、リオ君の緊張を解こうと思っただけで……」
「それでもっと緊張させてどうするのよ全く!リオ君にはアタシから声をかけるから、あんたは……向こうでガチガチに固まってるアリシアに……その、声をかけてあげてくれないかしら?」
「自分で言ったらいいのに」
「それは……っ!前のこともあるし……」
「はぁ……本当に素直じゃないなお前。分かったよ行ってくる」
「うるさいわね……でも、ありがと」
ミラさんは頬を赤らめながら言い、それに苦笑を浮かべたファルネスさんはアリシアの方へと向かって行った。
二人はあの言い争い以降変わらず一言も話していなかったため、ミラさんがアリシアを心配し気遣う姿を見て心が少し暖かくなる。
「やっぱりミラさんも、何だかんだアリシアのこと気にかけてるんですね!」
「リオ君まで……ほんとにそんなんじゃないから。それより、ファルネスに色々吹き込まれてたけど大丈夫なの?」
「大丈夫……って言ったら噓になりますが、ファルネスさんも言ってた通り、俺にはシエラもいるので」
そう言い、少し離れた場所で女神の湯を共に訪れていた付き人二人と談笑しているシエラに視線を移す。いや、あれは談笑というか、泣きつかれてるようだけど。
「うんうん。信頼関係が構築されてきているようね。あなた達は、魔人と戦い、生還どころか一体討伐している。何も臆することは無いわ。頑張ってね!」
柔らかな笑顔で、頭部を二回ぽんぽんと優しく撫でて去っていくミラさん。
普段の凛々しい態度との相違で、ミラさんの可憐な後ろ姿にドキッとしてしまう。
信頼関係が構築できている……か。確かに俺はシエラに信頼を寄せまくっているけど、シエラには果たして信頼されているのだろうか。
そんな思考が頭をよぎった時、俺は自身の頬をパチッと叩き、弱気な本音を心の奥底にしまった。レイジュード校長が言っていたじゃないか。これは、主に契約者の資質を見る課題だと。そうだ、俺は魔族を斬れる。絶対に負けないんだ。
イリグウェナの巨大な門扉が、鉛の摩擦する音を響かせながら、開錠の知らせを鳴らす。それに伴い、続々と馬車や人の群れが動き出した。
「……行くか、合同実習任務!!」
*
「初めに、もう一度今回の任務の内容について確認をしておくよ」
俺たちを乗せた馬車がイリグウェナを出立してすぐの頃。
ファルネスさんは、ジェーラメントから任務内容が通達された紙を取り出し、他の者達はひっそりと耳を傾ける。
「じゃあまず任務地。つまり今から向かうところだね。アリシア君」
「は、はい!任務地は、元々比較的大きな村落が合併し、商業と娯楽の街として賑わいを見せる都市──テオドシウス。内地と指定危険区域の狭間にある街で、戦争においても、魔族との戦線を張る妖精剣士の駐屯地として非常に大きな役割を担っています」
「その通り。戦争で疲弊した者達の羽休めのために娯楽が楽しめる施設が多く設けられて、それが結果的に観光地として名を馳せることになった、中型都市。では、何故我々が、テオドシウスに派遣されることになったのか。シエラ君」
「はい。軍事的にも大きな意味を持つ街が最近、原因不明の疫病蔓延に侵されており、衰退の一途を辿っています。この疫病蔓延の原因究明、また可能であれば解決が今回の任務です」
淡々と説明されていく、今回の任務内容。
要は、疫病の出所を調査するのが今回の任務であり、合同実習任務の目的であるのだが、本来これは政府の領分である仕事であり、ジェーラメント及び妖精剣士の出る幕ではない。では何故、テオドシウスに妖精剣士の、それもファルネスさんが率いるチームが送られたか。それは、
「あまりにも不自然な蔓延の仕方。何よりも、一度調査に向かった部隊のヒューマン、エルフ六人、計三つの契約が消息不明になったことによって、ジェーラメントはここに魔族の力による何かが干渉しているのではないかと考察を立てました」
「そうだね。あってはならないが、もしテオドシウスに魔族の侵入が確認されれば、戦争の歴史を動かす大問題になる。早急な原因解明と、その解決が求められる」
同じ場所へ調査に向かった妖精剣士三人の消息不明。これは、偶然では起こりえない事柄であり、考えられる選択肢は三つある。
一つは、調査に向かうまでに何者かに襲われた。二つは、テオドシウスにて現地の人々によって何らかの理由で囚われている。最後は、テオドシウスが魔族の毒牙にかかり、何らかの方法で人間と妖精が皆殺しにされた。
まぁ、間違いなく魔族が関連しているだろう。つまり、今俺が向かっているのはプロの妖精剣士でも手に負えなかった死地、閉ざされたディストピア。
「ただ、勘違いしてほしくないのは、今回の目的はあくまでも原因の究明だからね。確実性が出れば、後はジェーラメントが本格的に討伐を開始するだろうから。つまり、私達の合同実習任務の勝利条件は原因の調査・究明、そして生還。魔族を相手どろうなんて思わなくて良い。生きるために、エルフの力を使うんだ」
ファルネスさんは、俺とネルウァさんに対し強く言い、それに対して深く頷いた。
そしてその後も、様々な確認事項・計画の立案をして、大体一時間ほど話し合い、馬車での会議は終わった。
後は各々が自由に過ごして良いらしく、俺はアリシアやネルウァさん、シエラとしばらく雑談を交わしていたが、如何せん緊張感が抜けない状態で話していても内容が頭に入ってくるはずもなく、結果的に学生陣は全員無言となってしまった。ファルネスさんとミラさんは、継続して打ち合わせをしているようで、静かな空間内には、馬の樋爪と車輪が回る音、そしてうっすらと二人の声が聞こえるだけとなる。
しかし、そんな静寂は突如終わりを告げることになるのだが。
何の合図もなしに急停止した馬車。大きく揺れる車内。
「どうしたんですか!?」
慌てて声を出すと、前方の御者のおじさんが上擦った声音でこちらに振り向き、
「助けてください!!盗賊に囲まれました!!」




