第43話最強の妖精剣士
「……君達って、この後時間あったりする?」
元々話し合おうとしていたことについての進展はあまりなかったが、その後の雑談は大いに盛り上がり長らく話し込んでいた時、ふと何かを思い出したように訊ねてきたファルネスさん。
「俺は大丈夫ですよ」
「僕もこの後は何もないです!」
「……ちなみにさ、君達と初めて会った時に言ってた『最強の妖精剣士になる』ってやつ。その目標ってまだそのまんま?」
「「もちろんです!」」
意図が読めないその疑問に、俺とユメルは間髪入れずに声を揃えてそう返した。
真っ直ぐに言い放った俺達を見て、満足気な笑みを浮かべたファルネスさんは、ほんの少し視線をずらして口を開いた。
「なら、少し私と君達二人で打ち合ってみないか?合同実習任務前の腕試しくらいの気持ちで!」
「良いんですかっ!?」
「もちろん。それに……少し気になることもあるしな」
「どこで……どこでやりますっ!?」
「そうだなぁ……。それじゃ、前に私が授業で霊剣抜刀を見せたあの大きな木があるとこ。あそこで待っててくれ。私は少し準備するものがあるから先に行くよ」
興奮気味に身を乗り出すユメルを横目に立ち上がったファルネスさんは、そう言い先に図書室を出て行った。
残された俺とユメルは、抑え止まぬ熱気に取り巻かれ、身振り手振りを忙しくなくふためかせながら顔を見合わせた。
「やばいよリオ!!現最強の妖精剣士ファルネス・ディロアさんと剣を交えるなんて、中々出来ないことだよ!燃えるな~!リオ達尾行した甲斐があった!」
「凄すぎるなこれ!……よしッ!勝つつもりで行くぞユメルッ!!」
「もちろんだよ!僕とリオなら……負けない!!」
互いに上がった口角そのまま拳をぶつけ合った俺達は、ファルネスさんに指定されたあの大樹の元へと向かった。
*
「ごめんごめん!待たせた!」
先に出て行ったはずのファルネスさんは、何かを抱えながら遅れてやってくる。
「いやぁ~、これ探すのに戸惑っちゃって。しばらく使ってないからって、ここの教師奥にしまいすぎだっつーの」
「それは?」
「君達二人が使う真剣と、私が使う木刀さ。ほいっ」
二本の鞘に収められた真剣が俺とユメルの手元に投げられる。
それを受け取りそっと中身を確認すると、銀色を艶めかしく光らせた刀身が俺のことを覗き込むようにその姿を見せた。
「この学園……霊剣抜刀していることを前提で実技が組まれてるから、契約者自体の剣術育成が少し手薄なんだよなぁ……妖精剣士としての限界を突破するには一番必要な事なのに」
「限界の突破……ですか?」
「そう。魔術回路の合致による異常なまでの身体能力向上に、自身の素の剣技と体術を以って相手と打ち合う。プロは、更にそこに魔術を干渉させた上での読み合いを必要とする。これが妖精剣士における通説なんだけど、私はこれ以上に妖精剣士の強さを分けるものがあると思ってるんだ」
木刀を握り直しながら言葉を続ける。
「それは、希望や理想といった縋れるものが完膚なきまでに折られた時──つまり絶望の淵に立たされた時それとどう向き合うか。結局これが壁を破って上へと上がる者と、そうじゃない者を大きく分ける分岐になる。これは絶対に頭の片隅に置いてほしいんだけど──」
言いながら、少しずつ位置を変えて俺達から距離を取っていく。
そして、一定の距離が保たれたところで木刀を軽く構えたファルネスさんは、俺とユメルの眼球の奥底を覗くように、
「君達が妖精剣士を志す以上、必ずどうしようもない絶望と取り返しのつかない後悔を抱えることになる。これは、どんなに強くなっても……いや、強いからこその、妖精剣士である以上逃れられない運命」
「…………」
「だが、その時絶対にそれから目を背けるな。向き合って、もがき苦しんで、もっかい立ち上がれ……君達には、その力があるのだから。私が保証しよう」
ファルネスさんのいつもとは違う、真向で厳かな面持ちとずしりと重いその声音。俺と……おそらくユメルも、その見えない重圧に押し潰されて声一つ出すことが出来ない。
「……っていう関係ない話をしたら、本題から大きく逸れちゃったわけだけど。別に君達を怖がらせたいわけじゃないんだ。ただこんな事ゆっくり話す機会、今くらいしかなかったからさ」
「あ、あぁ……いえ。心に留めておきます」
「うんうん。じゃっ、早速始めようか。もちろん二人でかかってきな」
「僕達が真剣で、ファルネスさんが木刀でですか?失礼ですが、霊剣抜刀してない状態で真剣と木刀の二対一では……」
「まぁ普通なら、木刀をぶった斬られて終わるかもね……まぁ、とにかくかかってきなよ、殺すつもりで。じゃないと私がうっかり殺しかねない」
強度が圧倒的に低い木刀は、真剣を真っ向から受けた場合速攻切断されるし、そもそもこの二つの武器では動きやすさや太刀筋が大きく違う。人間単体におけるその限界値というものは、いくらファルネスさんとは言え大差ないのではないかと、この時は本気でそう思っていた──まぁ、その考えがとんでもなく愚鈍で安直なのを、すぐに経験を以って理解させられるわけだが。
俺とユメルは、地面が抉り取れるほどの踏み込みで前進し、直立しているファルネスさんに向けて思い切り横振りした。この時、俺はファルネスさんを斬り払ったのを視覚で認識したはずなのだが、そこに手応えはなく二本の鉄剣は共に空を切っていた。
「なッ!?」
「ほらほら。当てられなかったら殺せないぞ~」
「……ッ!」
────この速さ……人間業じゃないッ!
真後ろから聞こえるファルネスさんの声。その方向目掛けてもう一度剣を振るうが、またしてもそこに姿は無く、気付いた時にはユメルが転倒させられていた。
尻もちをついているユメルに対してファルネスさんが追撃の一刀を浴びせようとした所を、間一髪の間合いでギリギリ受ける。
「……ッ!重いッ!」
続けて襲い掛かってくるファルネスさんの剣戟。それを何とかいなしながら、ユメルと共に後方へ飛び体勢を立て直す。
「……あれ、本当に人間?」
「まぁ、常人のそれじゃないな。しかも、木刀であれだけ俺に打ち込んできたのに、一切壊れる要素がない。どうなってるんだ?」
「はは、簡単なことさ。君から与えられる衝撃を全部受け流しながら、私の衝撃を与えてるだけ。ほーら、次はこっちから行くぞ」
刹那、殺気や闘気といった一切がその場から消え去り、次にファルネスさんが現れた時俺の体は宙を舞っていた。
「リオ!!」
「人の心配してる場合か?」
同じように宙へと飛ばされたユメルは、俺が地面に叩きつけられた場所に落下してきて、俺はその下敷きになってしまう。
「ウグッ……ぐ、ぐるじい……」
「あ、ごめん……」
のしかかってきたユメルをどかし、一度呼吸を整えながら剣を構えなおす。
単純な力量や動きの差でファルネスさんに勝るのは絶望的だ。だとしたら、数の利を生かして一瞬の虚を突くしか……
「ふむ、これだけ圧倒されてもまだ瞳に諦めの色が無い。良いぞ、とても良い」
「当然ですよ……!こんなんで諦めてたら、俺を信じてくれたシエラに申し訳が立たないっ!ユメル、俺に合わせて!」
「あいよ!任せて!!」
俺は先に踏み込み、ファルネスさんに斬りかかる《《素振り》》を見せる。これに対して回避行動を起こされたら不発に終わるが、おそらく──
「ユメル!今だ!!」
読み通り回避せず、俺の剣閃を受け流すことを選択したファルネスさん。俺は、剣尖と自身の足を地面に摩擦させ、咄嗟にしゃがみ込む。そして、俺の体に隠れていたユメルの、死角からの本命の一撃が放たれた。
「うおっとっ!良い振りだ!」
しかし、その一閃を楽しそうに木刀の柄で受けるファルネスさん。柄は大破したものの、その体には掠り傷一つついてはいない。だが、
「まだだッ!!」
嘘の、更にその嘘。
しゃがみ込んだ際にかかる大きな負荷を原動力に、そのまま身を翻して、ファルネスさんに出来た確実な隙に入り込む。大本命となるこの一撃は決定打になるかと、そう思った時、ファルネスさんの口元が笑みを浮かべているのが目に入った。
「…………え?」
身体のどこかが爆発したんじゃないかと思わせる弾けた痛みと共に、俺の視界はグチャグチャに移り変わる。
俺は今どこに……?
そんな思考が過った瞬間、その答えは明白となった。上空、学園の三階か四階の辺りまで吹き飛ばされていたのだ。
「あれの……カウンターを貰ったのか……?」
常軌を逸しているものの、仮に避けられたのならまだ理解できる。それが、逆に俺が吹っ飛ばされる?世界が違いすぎる。
風を感じながら地面へと吸い付けられているこの瞬間が、とてつもなくゆっくりと、まるで時間の流れが変わったかのように感じられた。
「ガハッアッ!!」
脳が激しい衝撃によって機能を一時的に失い、臓物はグチャグチャになってしまったんじゃないかと本気で危惧するほど気持ちが悪い。
「リ、リオ……!大丈夫!?」
「ア、ガ……」
「脳が激しく揺れた後だから、今すぐは話せないよ。ていうか、話さない方が良い」
生身でここまでの衝撃を受けたのは初めてで、正直このまま死ぬんじゃないかとさえ考えたが、人というものは案外丈夫に作られているらしく時間が経つにつれて回復の一途を辿った。そして、口が利けるくらいまで意識が戻ってきた時、ファルネスさんは俺達二人に向けて言葉を並べた。
「とても良い動きだった。絶対に敵わないのを分かっていながら、腐らず最後まで殺す気で向かってきた。それが今出来る生徒は、この学園でも中々いないよ」
「ありがとう……ございます」
「それと、その剣筋……君のお兄さん。ハンリのによく似ているが?」
「え、えぇ……そうですが。兄さんの剣法……知ってるんですか?」
「そりゃもちろん。学生時代何度も何度もボコボコにされたからね。……そうか、やはりアイツのか。うんうん、才能もしっかり引き継いでるね」
「そんな……俺は、兄さんの足元にも及びません」
「そうじゃない。アイツも、どれだけ絶望的で絶対に敵わないって分かってようが、構わずその大きな荒波にぶつかりに行く。そんで、最後に立ってるのはいつもハンリだった。人はそれを奇跡って言うけど、本質的に違う。あれは必然だ」
「奇跡が……必然?」
最大の矛盾に引っ掛かり聞き返そうとするも、ファルネスさんはそれ以上を語ろうとはせず、俺とユメルが使っていた真剣を回収して、
「良い打ち合いだったよ。合同実習任務、二人とも頑張れよ!」
手の平をヒラヒラと振り、校舎の方へと去っていくファルネスさん。
「「ありがとうございました!!」」
その後ろ姿に、俺とユメルは深々と礼をした。
俺はこの日、ほんの少しだけ世界の広さを知ったような、そんな気がした。