第41話アリシア・ミランスズとは。
そもそも何故、合同実習任務の打ち合わせがこのメンバーで行われることになったのか。その経緯は数日前。
生死が問われるため強制はされないが、辞退をすれば学園を退学。プロの妖精剣士と生徒四人が一時的にチームを組み、簡易的ではあるが実際の任務を遂行する、妖精剣士育成校の全てが一年次に必ず合同開催する大型行事──合同実習任務。
妖精紋が鮮明に刻まれた同志たちの中には、もちろんのこと辞退した者などは一人もおらず、他の学園を含めた全ての生徒は欠けることなく参加となった。どの学園でも、例年平均的に三十人前後は若く青々しい命が奪われてしまうらしいのだが、それを知った上でも臆さないのは、退学への恐怖か。はたまた、魔族への深すぎる怨嗟故か。
そして、全ての生徒から機密書類である『遺書』の回収が完了したのを皮切りに、合同実習任務のプロジェクトは本格的に動き出す。
その始めとして、つい先日封筒に封入された一枚の黒く染まった紙が届き、対魔本部直々の指令が各個人の元へと下された。その内容は、合同実習任務で行動を共にするメンバーの詳細と構成、任務の内容が詳しく記載されているもので、一定期間組織されるチームの編成は各学園は干渉せずに、対魔本部が一括で無作為に振り分け決定をするはずなのだが、どんな因果か俺とシエラのチームにはプロの妖精剣士としてファルネスさんとミラさん、同じメンバーとしてミラさんの妹であるアリシアとその契約者が組み込まれていた。
そもそも、この学園にミラさんの妹がいたということも驚きなのだが、なんとアリシアは同じクラスに在籍していたのだ。そんな素振りミラさんは一切見せていなかったため全く気付かなかったが、確かにミラさんと似た系統の美人な妖精であり、そこに疑いの余念は湧かなかった。ちなみに、ユメルとシエラはそれを知っていたらしく、この事を話したら「……え?今さら?」と呆れられた。
そんなこんなで、同じチームだということも相まってアリシアとは少しずつ話せるようになり、お互いにある程度打ち解けた結果、妖精剣であるシエラ以外では初めて妖精の──否、学園での友人と呼べる存在が出来たわけなのだが────
*
「やっぱりここにいた」
「…………リオさん」
フィルニア学園の校舎外。様々な敷地が設けられている屋外の中でも、アリシアから特にお気に入りだと聞かされていたその場所は、周囲が瑞々しい草木で囲まれた空間の中で柔らかい水音を立てながら川がせせらぎ流れている、森林を疑似的に模した箇所であり、駆け出して行ったアリシアが足を運ぶ場所はここなんじゃないかという安易な予想の元来てみたが、その予想は見事に的中していた。
そよ風に吹かれ微かに揺れる木々と横に靡く真っ赤な髪。じっと佇んでいたアリシアは、声をかけた俺の方へとゆっくり振り返った。
「……ごめんなさい。せっかくの親睦会を、急に壊してしまって……」
力のない掠れた声音で頭を下げながら謝るアリシア。この場所に来てからもしばらくは泣いていたのだろう、顔を上げた際の彼女の目は充血していた。
「いや、開催した当の本人が真っ先に逃げt……こほん、どっか行っちゃったし問題無いとは思うけど。それよりも、その……アリシアは、大丈夫なの?」
「……ここまで人に対して激しい物言いをしたことが無かったので、自分のことながら少し驚いてしまいました」
確かに、普段は誰に対しても同級生とは思えないくらい物腰柔らかな接し方をしているアリシアが、口調を荒げて泣き叫んでいたのは正直意外ではあった。とは言え、それはアリシアの客観的な第一印象から来ているイメージであって、実際人が本気で怒りを露にした時なんて誰でもあんな感じになるだろう。いや、もっと荒ぶる。むしろ、それが人生で初めてだというのだから、アリシアがどれだけ温厚で穏やかな情緒の持ち主なのかが良く分かるというものだ。
「ミラさんと……お姉さんとは、仲が悪いの?」
「…………それは」
「あ、いやっ!ごめん!さすがにこれはデリカシーの無い質問だった!聞かなかったことにして!」
「いえ、大丈夫ですよ。あんな見苦しいものをお見せして、今更隠そうなんて無理な話ですから」
アリシアは微笑を浮かべると、ゆるやかに流れている川の河原でしゃがみ込み、どこか遠くを見ながら口を開く。
「……あたし、本当にダメな子なんです。何をしても上手くいかずに人の倍努力が必要で、特別な何かがあるわけでもなくおどおどしてばっかりで。それに比べてお姉ちゃん……ミラ先生は、何をやってもすぐに吸収して自分の技にしてしまう。おまけにあの美貌と真っ直ぐな性格、勝てることなんて一つもなくって……文句を言うのすら、本当はおこがましいんです」
「そんなことは……。アリシアにだってきっと、ミラさんには無いたくさんの魅力があるはずで……」
「あはは……リオさんにまで変な気の遣わせ方をさせてしまってごめんなさい。だけど、お世辞でもそう言って貰えるのは嬉しいです!」
「うーん……お世辞じゃ無いんだけどなぁ……」
先の出来事も相まって極端に自己肯定が低くなっている今のアリシアは、おそらく何を言っても消極的に捉えてしまい逆効果なため、これ以上は口を噤んだ。
ていうか、アリシアは自分の魅力を本当に理解してないんだなぁ……実際、ミラさんに劣らずの超絶美人だし……。
褒められること自体に慣れてないのか、俺の言ったことをお世辞と流しながらも、頬をほんの少し紅潮させてはにかんでいる赤い髪の妖精を改めて見つめる。
顔立ちは確かにミラさんととても似ていて、美しい烈火の髪色と瞳もさすが姉妹だなとは思う。だが、しっかりと観察してみると、まず目の部分が似て非なるものだ。
凛として強かな印象を感じさせるミラさんと違い、アリシアの場合はくりっとした愛嬌を感じさせる目をしている。それが二人の姉妹に抱く印象の違いである美麗と可憐の差で、例えるならミラさんは猫でアリシアは犬という感じ。いや、この例え方が合っているのかは分からないけれども。
髪型も、アリシアは肩にかかるくらいの長さで、その両サイドだけを編み込んでいるという少々手の込んだ髪型をしており、比較的機能重視のミラさんの髪型と比べても個性の違いが出ていると思う。
そして、これが何よりものこの姉妹の違いで、客観的に見てアリシアがミラさんに圧勝している部分が一つある。それは、圧倒的胸周りの違いだ。率直に言って、アリシアは巨乳なのだ。それも、目を見張るほどに。この大きさは十六の学生のそれではない。
初対面で話した時も、その絶大な圧迫感故に目が自然とそこに引き付けられていってしまうくらいの、大いなる存在感を放つ神秘のそれら。これは、自然の摂理であって、別に俺が変態だとか邪な気持があったとかそういうことでない。本当に、決して。
しかし、本人に直接「大丈夫!アリシアのおっぱいは最強で、ミラさんなんて比べ物にならないから!」と言うわけにもいかず、河原でしゃがんでいる横顔を眺めながらただ立っていることしかできないわけだが。
「まぁ今日は……さすがに戻りづらいだろうし、先に帰って気持ちを整理する時間を作ってもいいかもしれないな。他の人達には俺からやんわりと伝えておくからさ」
「……リオさんは、とっても優しいんですね」
「そんなことないよ。ただアリシアは、幼馴染のユメルと契約を交わしたシエラを除いて、初めてこの学園で出来た友達……だからさ。まぁ……俺が思ってるだけかもしれないけど……。それでも、友達が困ってたら少しでも力になれたら嬉しいなって、そう思うんだ」
「あたしもその……リオさんのことを勝手に友人だと思っていて、違ったらどうしようと思っていたので嬉しいです!……何だか、少し元気が出てきました。ありがとうございます!リオさん!!」
「俺は何もしてないけど、元気が出たなら良かったよ」
「……ネルウァさんとか、他の皆さんをお待たせしていると思うのであたし戻ります。その……シエラさんとも、お、お友達になりたいですし!」
立ち上がりながら、真剣な面持ちで言い放つアリシア。
「了解!じゃあ一緒に戻ろうか!」
「はい!リオさんも、わざわざここまで来てくださって、本当にありがとうございました!」
その言葉に俺は深く頷き、アリシアと共に駆け足で校舎の中へと戻っていったのであった。