第40話赤い妖精姉妹の交差
「お姉ちゃんはいっつもそうやって、あたしをダメだダメだって!一度も褒めてくれたことない!!」
「一度くらいは褒めたことあるわよ!それに、褒められたいのならもっと努力して、アタシを愕然とさせてみせなさい!」
「誰でも……誰でも、お姉ちゃんみたいに何でもかんでもそつなくこなせるわけじゃないんです!何で分からないんですか!?」
「そつなく……?あなた、アタシがどれだけの努力をしたと思ってッ──!」
「……ッ!同じ時間、同じように教えられても、毎回お姉ちゃんだけそれをこなせて、あたしは上手くいかず落ちこぼれ扱い!お姉ちゃんとずっと比べられ続けて、ずっとバカにされ続けたあたしの気持ちなんて分からないでしょう!!」
場所はフィルニア学園の一室。互いに一歩も退かず怒号を飛び交わしているのは、艶やかな紅蓮の髪をいつも通り後ろで一本に束ねたミラさんと、その妹──アリシア・エランスズの二人だ。
睨み合う両者は、些細なことから次第に怒りの熱気が高まっていき、今ではどちらかが先に手を出してしまわないか本気で危惧するほどに一触即発の状態となっている。
「……ファルネスさん。さすがにこれ、止めた方がいいんじゃ?」
「いやでも、姉妹の喧嘩に他人が割り込むのはどうもなぁ……」
「合同実習任務の初打ち合わせで……短期間とは言えチームを組むメンバーの親睦を深めようっていうのが、今回集まった目的でしたよね?」
「そうだな……そのはずだった」
「それなのに、まだメンバーが全員揃う前からこの雰囲気って……この後の空気、重すぎて息が吸えなくなりそうなのですが……」
「いや……うん。はは、この姉妹はとっても仲が良くて素敵だな!てことで後は、リオ君頼んだ!私は残りのメンバーを呼んでくるから!」
「えぇ!?ちょっ、ファルネスさん!?」
この地獄のような状況で一体俺は何を頼まれればいいんだ!?ていうか、逃げるなら俺も一緒に連れていってほしかったんだけど!
清々しいほど早々に諦めたファルネスさんは、爽やかな笑顔で乾いた笑いを漏らし部屋から去ってしまった。残された俺は、生唾を呑み込みながら二人の様子を伺う。
「大体、今までの話とあんたのことを褒める褒めないとか、アタシとの比較とか一切関係ないじゃない!」
「関係なくないもん!あたしがすっごく頑張って、やっとの思いで出来るようになっても、それを澄ました顔で平然とやってのけてしまうお姉ちゃんが大嫌いだった!」
「……そんなの……アタシが責め立てられる理由にはならないわ!」
「家の人間も、貴族の権力に媚を売ってるだけのエルフでさえ、あたしのことを落ちこぼれって……出来損ないってッ!」
「……ッ」
「だけど、だけれど……、そんな人達の意見なんてあたしにはどうでも良かった。どれだけ惨めになろうが、あたしはお姉ちゃんが他の人から褒められてるのが嬉しかったし、誰よりも憧れてたから!」
歯を食いしばって涙を堪えているのだろう、ほんの少し上擦った声がアリシアの必死さを物語っている。ミラさんもその気迫に押されているのか、唇を噛み締めて妹の叫びを黙って聞いていた。
「それなのに、お姉ちゃんは自分の尺度であたしに、こうしろああしろとか、これが出来てないあれが出来てないとかばっかりっ!さきだってそう!もう散々なの!!」
「期待……してるのよ……」
「嘘!!出来損ないのあたしが妹なのが気に食わないだけでしょう!ずっとあたしのことが嫌いで目障りだったから、あたしのことを生んだお母さんとお父さんに酷い言い方をして、家を出て行っちゃったんでしょう!!」
「ち、ちがッ!あれは、あの人達があなたのことを────」
ミラさんの掠れ気味の言葉など激昂しているアリシアに届くはずがなく、その声をかき消すように叫ぶアリシアの瞳からは大粒の涙が溢れていた。
人が理性を失いながら相手にどうしても伝えたいことを言う時、大抵の場合は本音と共に普段は心の奥底に閉ざしている──これを言ってしまったら、その人との関係性が崩れかねないからこそ絶対に口にしないことを、つい無意識に口走ってしまったりするものだ。
それは、今のアリシアも例外ではなく。
「あたしの才能は、全部お姉ちゃんに取られたの!!」
アリシアが勢いに任せてそう言い放った瞬間、彼女の柔らかな頬が瞬間的に歪んだ。その弾けた響きは、残響を残すようにゆっくり空へと消え入り、忽然と沈黙したこの状況を俺が理解するのには何秒かの遅れを要した。
ミラさんは苦悶の表情で掌を上に掲げており、その掌に打たれたアリシアは目を見開いたまま呆然としていた。
「ご、ごめ────」
ハッと我に返ったミラさんは何か伝えようと口を開いたが、それを聞く前にアリシアは足って部屋を出て行ってしまう。
結局、自身の行動を酷く後悔するように頭部を押さえたミラさんと、一部始終に出くわしとんでもない空気の狭間で取り残された俺だけがこの場所に残る。そして、ふと顔を上げた際に俺と目が合ったミラさんは頭を深々と下げて、
「見苦しいものを見せしてしまって、本当に申し訳ないわ……」
「い、いえ……そんなことは」
「アタシも、少し……外で頭を冷やしてくる」
そう言い、ミラさんまでもが部屋を出て行ってしまった。
ぽつんと、だだっ広い部屋に一人残された俺。
「………………うん」
どうしてこうなったぁぁああああ!!!!