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第38話王女の過去

「出来事のきっかけとなったのは、約十年前。あの子がまだ六歳になってすぐだった頃の話」


 表情に明らかな陰りを見せながら唇を締め、一言一言絞り出すように言葉を綴るメディナ様。その様子だけでも、ここから続く話が幸せの回想でないことが見てとれた。


わたくし達の国の慣習で、王族の子供は幼少期からこれから関係を構築していく異文化の理解──つまり、ヒューマン文化の理解という名目である一つの外交が行われているの」

「六歳から政治に関与……ですか」


 分かってはいたけど、根本から生きてきた世界が違いすぎるな……俺が六歳の頃とか毎日遊ぶことしか考えてなかったのに。


「それ自体はどの時代でも行ってきたことで何一つ問題は無かった。古くからの慣習に従って、シエラは孤児のヒューマン達が集うある孤児院に出向いたわ」

「……ッ!……孤児院」

「えぇ。問題はその孤児院が建てられていた場所。若くして亡くなった無敵の妖精剣士シェダハハンリ・ラミア―ド……あなたのお兄さんの進言によって、今でこそ孤児院は国からある程度の支援を受けられるようになったけれど、あの頃は国からの補助なんてほとんど無く、孤児院の運営はほぼ慈善活動となっていたわ。ただでさえ財政的に厳しい大半の孤児院は、地価の安い魔族との戦争が行われている戦地の近辺、準危険区域に指定されていた場所に建てられることが多かった。そして、シエラが足を運んだ『バルティース』の孤児院も、もちろん例外ではなかったわ」

「何で王族がそんな危険な所まで……」

「政治的な話で、王族として観衆からの見栄えがとても良いのよ。王家直属の妖精剣士シェダハも複数同行するし安全面は盤石を期していたわ」

「しかも、バルティースって……もしかして、そこ……」

「そうね、忘れることはできない……いいえ、忘れてはならない歴史上最悪の大襲撃だもの。リオ君も一度は耳にしたことがある地名かもしれないわね」


 魔族との戦争の歴史を学ぶ際に必ず語られる、歴史上類を見ない程に戦線が押され大量の国土と尊い生命が奪われた大襲撃──太陽が喰われた日(コルメディヴィータ)。一年に一度、闇が太陽に蓋をして世界から陽の光が消える祭典の日に起こった悲劇。大きな都市二つと多く点在していた小・中の村落が魔の毒牙に呑まれた悪夢のような狂乱の惨事。


「シエラはバルティースにある孤児院に外交として行っていた。そしてそこで、あの子にとって初めて友達と呼べる子ができたの。ヒューマンの小さな女の子だったわ。他にも孤児院の子供達はシエラを王女としてではなく、一人の女の子、一人の友達として扱ってくれた。家族以外では、利権や立場に寄ってくる虫のような大人達としか関わってこなかったシエラにとってそれらは全て初めてのことで、とっても嬉しかったんでしょうね。その後も、折り合いを見て度々、ひっそりと出向いていたわ」


 メディナ様が淡々と話を進めるにつれて、俺の心臓は鎖で強く縛られるかのようにズキズキとした痛みが増していく。嫌でも、この後の出来事が容易に想像できてしまうから。本の中のお話しではない、変えようのない現実を帯びた過去が否応なく想像できてしまうから。


「そして……太陽の喰われた日(コルメディヴィータ)が起こってしまった」

「その通りよ。バルティースは太陽が喰われた日(コルメディヴィータ)が起こった際、国によって一番初めに放棄され場所。いくら妖精剣士シェダハに助けを求めても、迫りくる魔族の軍勢に恐れおののき最後の望みですら無情に撤退してしまった」

「……その、その子、達は……」


 顔も声も何も知らない子供達のほんの少しの奇跡を信じて、神に救われるべきその子供達の無事を本気で願って俺はメディナ様に問いた。しかし、メディナ様の声音はより一層冷たさを増し、冷酷な現実をそのまま告げる。


「……誰一人として助からなかったわ」

「……ッ!」

「せめて、死体を回収して埋葬だけでもしてあげたいと、シエラが私にしがみつきながら生まれて初めて頼みごとをしてきたの。私専属の神剣を扱える貴重な妖精剣士シェダハを女王の権利で危険な死地に送ったわ。権利の私的乱用と言われようがどうでも良かった」

「…………」

「でも結果は、そのほとんどが魔獣に貪られていて判別すらつかないグチャグチャな死体だった。その中で唯一判別がついたのは、シエラが一番仲良かった女の子の死体と、その子がつけていた白い花の髪飾り」


 その髪飾りは多分、シエラが今も肌身離さずつけているあの美しい髪飾りだろう。十年前からつけていてあの状態を保てているのだから、彼女がどれだけその髪飾りを大切に思っているか痛いほど伝わってくる。


 世界はどこまで残酷なのだろうか。何一つ罪がない者達にでさえ幸せに生きることは許されないのだろうか。その過去は、六歳の少女が背負うにはあまりにも重すぎる。


 ふと、ある日の記憶が頭をよぎった。


 あれは、太陽の喰われた日(コルメディヴィータ)について学園の授業で詳しく説明された日。突然体調不良を訴えたシエラが血の気の引いた真っ青な容貌で医務室に運ばれていた。後から声をかけた時に「ただの貧血だから心配しないで!」といつも通りに振舞っていたが、あの時本当は記憶と心の奥底から押し寄せる絶望や悲しみ、そして怨嗟の感情を一人で抱え込み視界を歪ませていたのだろう。


 自らも決して癒えることのない過去を抱えているのにもかかわらず、温泉で出会ったあの日、瞳に涙を滲ませながら話聞いて俺を励ましてくれたのか。どれだけ、どれだけ優しいんだシエラはッ────


 無意識に強く握りしめていた右手には爪が喰い込んで血が滴り、奥歯を噛み締め堪えていたはずの涙はいつの間にか頬を次から次へと伝っていく。


「どうしてあなたが泣いているの?」


 優しく笑みを浮かべたメディナ様は、ゆっくりと俺の方に近付きながら、


「それから妖精紋が現れたシエラは、自分自身が一人でも多くの命とたくさんの笑顔を守れる剣……美しい一本の妖精剣ヴィンデーラになろうと決めた。これが、あの子の心が閉ざした過去のお話し」


 そう言葉を残しながら歩を進めていたメディナ様は、やがて俺の前まで来るとその足を止める。


「だからこそ、あの子が自身で選んだ契約者エティソスの方に直接会って話をしたかった。そして、」


 ゆっくりと膝を曲げて地面に付く。頭と両手も同じように地へとつけて、


「シエラを……どうかよろしくお願い致します」


 ぽたりぽたりと雫を落とし、上擦った声でそう言った。


 突然のことに慌て咄嗟に「やめてください!」と言いかけたが、その途中でそれらの言葉は飲み込んだ。きっとこれは、メディナ様の、妖精エルフの女王としてではなく、シエラの母親としての覚悟なのだろうと思ったから。


 だとしたら──俺は


 頬に残った微かな涙を全て拭き払い、メディナ様と同様に頭と手を、それに膝を地につけて。


「絶対に俺が、魔族を殲滅します」


 傍から見れば二人して土下座という異様で滑稽な光景に映っているかもしれないが、今はそんなことどうだっていい。


 ヴィル=マニギア大聖堂の中で永遠と独り鳴り響くパイプオルガンの音色が、今だけは俺のこれからを祝福してくれているような、そんな神々しさを感じながらふつふつと滾る覚悟を噛み締めた。

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