第36話金色の輝きは、翼のように羽ばたいて
俺が自らの妖精剣の名を言い放ったその瞬間、シエラの体が眩い発光に飲み込まれる。その光は空気へと還っていくように粉末状の粒子になって飛散した。
そして直後、俺の全てを包み込む金色の障壁が飛び立つ鳥の羽のような広がりを見せ、その障壁が収縮した時には難解な模様が刻まれた剣が一本、悠然と何の違和感もなく右手に収まっていた。
「凄いわ……とっても綺麗」
霊剣抜刀の一部始終を目の当たりにし、凛とした表情が少し崩れて唖然とするメディナ様。俺はこの時初めて、妖精の女王の造りきれなかった素の表情を見た気がした。
「ありがとうございます」
一度大きく息を吐き、メディナ様から漏れた感嘆の声に頭を下げる。
「……そう、あの子は金色なのね。とてもあの子らしくて鮮明な明るい色」
微かに口端を上げたメディナ様の目尻に溜め込んでせき止められていたものが、一滴、また一滴と頬を滴らせていく。
『お母様のあんな顔初めて見た。人前では、いいえ私の前ですら涙なんて一粒たりとも見せたことないのに』
子供の成長した姿って、どんな形であれ親は嬉しいし感動するものなんだと思うよ。孤児院の先生達だって俺とユメルに妖精紋が現れた時、まるで自分達の事かのように泣いて喜んでくれたし。
口には出さずにシエラへ伝えながら、俺は孤児院での温かい日々の記憶をふと掘り返した。
『とっても優しい場所だったのね』
俺の思い馳せていた記憶の片鱗とそれに追随して抱いた感情が伝線したのだろう、シエラから暖色を帯びた情調がほんの少しばかりの寂しさを含んで返ってきた。
「俺の宝物だ」
「……今なんて?」
「いえ、独り言です」
「……あぁ。もしかして、その中にいるシーちゃんとお話を?」
納得がいったように一人小首を立てに揺らすメディナ様。
隠したというわけではないが密かにはぐらかした部分を的確に見透かされてしまったことに対する少々の後ろめたさを感じながらも、メディナ様が妖精剣士自体への知識が深いことに驚きを隠せない。
「娘がフィルニア学園に行くってなった時、私も色々と調べたのよね。あの子のことは信頼してるし親バカなのは承知しているのだけれど、どうしても心配になっちゃって」
俺の微動な仕草から察したのだろう、はにかんだ笑顔を浮かべるメディナ様。
「どの分際で言ってんだよって話ですが、本当に素敵なお母様だと思います」
「ふふ、いくつも下の男の子に励まされちゃうなんてね。今なら口説いても良くてよ?」
「滅相もございません。シエラもこの剣の中から『大好きなお母様は誰にも渡さないわ!』って叫喚してますしね」
『ちょ、ちょっと!言ってないわよ!』
「あら、私も大好きよシエラ~」
『……ッ!』
あ、シエラ今本気で照れてるな。恥じらいの感情が俺にもどっと押し寄せてくる。
何かいつもの凛々しいシエラと違って新鮮で良いし、もう少しからかってみ──
『契約、解除するわよ?』
──ません。申し訳ありませんでした。
俺は心の中で全力の平謝りをする。
そんな柔らかい空気感で覆われていたこの場所だったが 眼の淵に僅かに残っていた雫をサッと吹き払ったメディナ様は直ぐに顔つきを整えて、俺の目の奥を覗くように真っ直ぐな視線で口を開いた。
「あなた達が覚悟を決めて契約を交わし、一人の妖精剣士となったことはこの瞳を通してしっかりと拝見しました。とても喜ばしく思います」
「ありがとうございます」
「ですが、私が見たいのはその一つ先、あなたが一度発動したとされている根源魔術とやらの有無なのです。もちろん提出されていた報告者は目を通しました。それを踏まえてもう一度試してみてほしいのです」
「……分かりました」
──根源魔術。またここでもその名が俺を追ってくるのか。
妖精の女王がすることだ、きっと意味のあることだろうし、メディナ様に何一つ非が無いのは百も承知だ。承知だが、どうしても根源魔術という言葉を並べられると苛立ちを覚えてしまう自分がいた。
しかし、そんな感情の乱れは魔術を扱うことにおいて百害あって一利なしというものであるため、冷静さを保てるように制御しながら一度心が無になるよう試みる。
心中で騒めいていた感情の波が落ち着き平坦となってきたのを確認すると、ゆっくりシエラとの意識的・感覚的な調和を普段働かせている脳のもっと深い深層の部分で行う。それはまるで、自身のどこに存在するも分からない魂が、何かに引き寄せられて吸い取られていく感覚。
すると、映像に雑音のかかった何かが脳裏に浮かび上がってきて、インヴィアレンという謎の文言だけが残される。全て前回と同様。
「い、インヴィアレン……」
絞り出すようにその文字を言葉にして、ぽつりと吐き出す。
しかし、これも前回と同様この空間には、異能の力はおろか風や日差し、空気の波さへも総じて変化は見られなかった。
「ッ!なんで!?インヴィアレン、インヴィアレン、インヴィアレンッ!!」
「もういいわッ!」
メディナ様の怒声に近い声音に体が怯思わず静止する。
「もう、いいから。ありがとうリオ君」
「も、申し訳ありません……」
「ううん、いいのよ。こちらこそ無理を言ってしまってごめんなさいね。どうしても私自身の目で見たいものがあったから……それを確認できただけでも、とても意味のある遠出だと思う。それに、毎日の執務で疲れていたから、久しぶりに思い切り羽を伸ばしたかったのも事実だしね」
腕を大きく上にあげ、グーっと無邪気に背筋を伸ばして見せるメディナ様。
どうやら女王様の狙いとしていたものは達成したらしく、霞がかかっていない凛々しい笑顔を見せた。結局最期の最後まで何なのか良く分からなかったが、納得して頂けたならそれに越したことはない。
「俺の方こそ、初めてのリ・ウェレンツェでたくさんの楽しい思い出を頂きました。ありがとうございます!」
「うふふ、ずっと畏まってばかりじゃ疲れるでしょうに。シエラも、久しぶりにゆっくりとあなたとの時間が作れて嬉しかったわ、ありがとうね。二人とも、これからも頑張りなさい!」
一国の王たる所以の貫録と威厳を十二分に放った一言で、俺の心臓に躍動を走らせる。
これは……ひとまずはシエラの契約者として戦うことを、メディナ様に許して頂いたという解釈で良いのだろうか。
「一番大事な用事も済んだことだし、私はそろそろ王宮に戻ろうかしら。きっと城内が賑やかなことになっているだろうしね……。あ、でもその前に──」
刹那、何者かによって後ろからの拘束を受けた俺は、擦るように首筋を穿つその場違いな一瞬の力によって、程なくして本日二度目の深い混沌の眠りへと誘われたのであった。