第32話 お母様と会ってほしいの!!
「実は、リオに一つお願いしたいことがあって……」
何かと忙しなくチラチラとこちらを伺ってくる金色の王女。
シエラから頼み事をされるなんて初めての事なため、じゃっかんの動揺からしばしの硬直を要したが、すぐに気を取り直して言葉の内容を聞き返す。
「お願いしたいこと?」
「……えぇ」
「俺に出来ることならもちろん協力するよ」
「ほ、本当!?」
「う、うん……まぁ、あんまり難しいことじゃなければ……」
「難しいことでは無い、と思うわ……」
「……ん?」
何だ、やけに歯切れが悪いな。
晴れた表情から一転、俺の視線から逃れるように目線をサッと下に下げた。
「それで、そのお願いしたい内容って?」
「────ほしいの」
「なんて?」
「明日私のお母様と会ってほしいの!!」
シエラは勢いよく立ち上がり、声を張り上げて言い放つ。
え?今、お母様と会ってほしいって言った?
シエラは妖精の王女様だから、その母親ということはつまり……
「それはもはや、女王への謁見では……?」
「言い方によってはまぁ、そうとも言う……かも?」
「いやいやいや!確かにいつか妖精の国には足を運ばなくちゃいけないなとは思っていたけれど、明日はさすがに急すぎるって!心の準備というものが!!」
「そこをどうかお願いできないかしら……?無理を言ってるのは分かっているのだけれど、お母様一回思い立ったら絶対引いてくれないの……お願いっ!」
上がり続ける語尾の勢いそのまま、一生懸命に頭を下げたシエラ。
「ちょっ、頭を上げてよシエラ!分かった!分かったから!」
妖精の王女ともあろう女性が、ぴっちり直角まで深々と頭を下げているこんな異様な光景を誰かに見られでもしたら、どんな噂を立てられるか分かったもんじゃない!
焦りながら言葉を詰まらせていると、申し訳なさそうに頭を元の位置に戻すシエラ。
その様子を確認してほっと安堵の息をつき、一度咳払いをして話を進める。
「……ようは明日、俺はシエラと一緒にエルフの国の王宮まで行って、女王様と王族の方々に挨拶をすれば大丈夫?」
「いえ、王宮に行く必要はないわ。むしろ、王宮に行ってもお母様には会えない」
「どういうこと?」
「講義が始まる前に言ったじゃない。今お母様は私が暮らしている争戦都市の屋敷に押しかけてきてて、まだ帰ってないもの」
「てことは、シエラの家にいけばいいの?」
「それも違うわ。屋敷には使用人や私の付き人がいるもの。お母様、三人きりで会いたいって言ってて……」
思考が追い付かず、それ以上話が続けられない。
シエラの母、現妖精の女王は明日俺と顔を合わせたいと仰っているが、今いる場所は王宮を勝手に抜け出して上がり込んだシエラの家。だが、会する場所はシエラの屋敷ではないと言う。
しばらく思考を巡らせていると、ある一つの解に辿り着くわけで。
「…………まさか」
「多分、今リオが考えていることで当たっていると思うわ。お母様は、イリグウェナから外に出た内地リ・ウェレンツェで『王族と騎士のお忍びデートだわ!』って……」
いやちょっと待て!王宮から脱走してる女王と王女を連れて、街を散策!?そんなの、何かあれば即斬首、いや、何かなくとも即斬首の大罪だ!
「さすがに荷が重すぎるッ!」
「私もそう進言したわ。リオが背負う責任が大きすぎるって。……でも、お母様は『これくらい完遂できないならあなたの契約者になる資格なんてないわ!』って言われちゃって」
「……ッ!」
「それでムキになって言い返したら、気付いたらこんな風に……」
唇をほんの少し尖らせたシエラは、決まりの悪い表情を見せる。
さすが妖精の女王って言えばいいのか、話術で相手を乗せるのがお上手というか、心象の掌握が完璧というか。
それに、シエラが俺のためにムキになってくれたという事実はやっぱり嬉しい。今シエラがこちらを見ていたら、頬が緩んでしまっている俺のだらしない顔を見られてしまっていただろうから、そっぽを向いてくれていて良かった。
「……よし」
一度心を撫でおろしてスーッと息を吸い、ゆっくり深呼吸をした。
「俺は、妖精の女王様にシエラの契約者として絶対に認めてもらう。だから一緒に乗り切ろうシエラ」
もちろん絶大な重圧や恐怖で、今すぐにでも逃げ出してしまいたい気持ちは少なからずある。だが、遅かれ早かれいつか謁見しなければならなかったのだから、それが早まっただけのこと。この学園に入ってから様々なことがありすぎて、感覚が麻痺したのだろう大分楽観的になってしまった。
むりやり口端を上げたせいで引きつった笑顔を浮かべながら、右手の拳を眼前に掲げた。
シエラは一瞬驚き目を見開いたものの、すぐに屈託のない笑みを浮かべて自身の左手の拳を俺の突き出していた拳にぶつけた。
*
ぼーっと回想を巡らせながら、前を行くメディナ様とシエラの後を付いていく。
いつどんなことが起こるか分からない状況で、別のことに思考を持っていかれているのは芳しくない。心の中で自身に喝を入れて舌を噛む。
「あっ!あったわ!」
仲睦まじげにシエラと談笑をしていたと思ったら、急に止まって他方を指さすメディナ様。その指が示している場所は、こじんまりとした服飾店。
「お母様ここは?」
「視察に来た時からずーっと気になっていたのよね!ここ!」
特別何かありそうにも高級にも見えないお店だが、メディナ様が一番最初に来たかった場所らしく楽しそうにはしゃいでいる。てか、見れば見るほど、姉妹としか思えないな……。
「私とシエラで少し入ってくるから、リオ君はここで待っていてくれるかしら?すぐに戻ってくるわ!」
そう言い、鷹揚にシエラの手を引っ張て行くメディナ様と、不安気に辟易とした表情を浮かべるシエラ。
結局、すぐに帰ってくるといったものの、二人はしばらくお店から出てくることはなく、あぁ……前もこんなことがあったな~と赤い妖精の既視感を感じながら待っていたのだった。




