第31話王女の母つまり女王
「……眠い」
俺の萎んだ眼球を突き刺すように、ギラギラとした陽光が照り返る。
緊張で一睡もできなかった眼を擦って、あくびを一つ自分の両頬をパチパチと叩いた。
そして、眼前に広がる争戦都市とは雰囲気が全く異なるお洒落な通りと、そこを歩いている上品な衣服や飾りつけをした貴婦人や紳士を眺めて、自分の圧倒的場違い感に顔をしかめてしまう。
学園の安息日。普段ならこの日は基本的に自室から出ない俺なのだが、ある人物からの猛烈な頼み込みによって珍しく外出することになった。しかしまさか、イリグウェナからも出ることになろうとは……。
ここは、イリグウェナから離れた戦線とは程遠い内地に構えられた街──リ・ウェレンツェ。ヴィル=マニギア大聖堂やプラノム学院など、有名な建築物かつ歴史的にも深い意味合いのある建物が多く置かれており、文化圏としては最盛を誇っている宗教と政治が中立した美しい街だ。
薄い色素が基調となっている整えられた街並みをぼーっと眺めて、そんなようなことに思考を巡らせていると、視界の端に動く二つの人影が。
「ごめんなさい!……待たせちゃったかしら?」
そこにいたのは、じゃっかん息を切らしながら申し訳なさそうに肩を落とし、ちらりと上目遣いで俺の顔を覗き込むシエラと、その奥にいる大きな丸帽子を深く被っているせいで顔つきが良く伺えない女性の姿だった。
「いや大丈夫。全然待ってないよ」
「そ、そう?それなら良かったけど……」
シエラはそっと安堵の息をつく。
「それより、制服以外の姿見るの初めてだから……何だか新鮮だな」
シエラのいつもと雰囲気の違う、周囲の高貴な人々より一層上品に仕立て上げられている落ち着きながらも華やかさのある私服姿を眺めてぽつりと呟く。
「確かに私服で会うのは初めてだけれど、洋服でそんなに変わるかしら?」
「印象ガラッと変わる!とっても似合ってるよ」
「あ、ありがとう…………その、リオも……似合ってるわ」
俯きがちになり、お互いに頬を赤らめる。
思い切って俺からシエラの衣服を褒めてみたのだが、不意にあの引き込まれそうな碧眼に見つめられながら褒められ返されると何とも気恥ずかしい。
心の中がむず痒さでいっぱいになり、この後なんて言葉を続けたらいいか戸惑っていると、シエラの後ろで立っていた女性が体をくねらせながら近付いてきた。
「もぉーー!甘酸っぱいわね!とっても良いわ!こっちまで恥ずかしくなってきちゃう!!」
帽子を脱ぎ捨て、光悦な表情でシエラに抱き着くその女性──いや、妖精。
「ちょっと!そんなんじゃないからお母様!」
薄々分かってはいたけれど、やっぱりこの方がシエラのお母さん──つまり、現妖精の女王メディナ・アレサンドル・イザベル様。
シエラと同様の流れるような金色の髪を後ろで垂らし、橙色の開かれた瞳は先見を見据えているようなそんな印象を受ける、言葉を失ってしまうほどに美しい妖精であり、その容姿は本当にシエラの母なのかと疑いを持ってしまうほど若々しく、また大人の女性の妖艶さを持ち合わせた魔性の麗しさがそこはあった。
そして、身長もだがその胸の大きさもシエラを凌駕しており、シエラも相当豊かな双丘を実らせているのだが、メディナ様のは動くたびに弾みを見せて否応なく視線が引き付けられてしまう。いや、見ないようにはしてるけどね!?
「あー、今リオ君エッチなこと考えてたでしょ~?」
「い、いや!考えてませんって!」
「ほんとかな~?でも、それはそれで女としての尊厳にヒビが入っちゃうなぁ」
少しニマニマとしながら、からかうような声音で胸を寄せてくるメディナ様。
チラッと一瞬胸に視線を移した時に唐突に言われドキッとしたものの、冷静さを見繕いながら言葉を並べる。
「いえ、そんな……メディナ様は本当にお美しいです」
「もう!水臭いわリオ君!私のことは、メディナとそう呼んでくれて構わないわよ?」
「さ、さすがにそのようにお呼びするわけには……」
「ちょっとお母様!リオ困ってるじゃない!」
ずりずりとにじり寄ってくるメディナ様に万が一にも触れないよう、少しずつ後ずさりしていた俺を見かねたのか、シエラはメディナ様の腰を掴み後方へと引っ張る。
「やーめーてー!私もっとリオ君とお話ししたいわ!!」
「お話って、一方的にリオのこと困惑させてるだけじゃない……。それに、今からいくらでも話す時間なんてあるでしょう?」
「……まぁ、それもそうね!」
シエラから逃げようとジタバタしていたメディナ様だったが、シエラの宥めるような物言いに納得したのか、スッと切り替えて衣服のシワを整えた。
──この人が、本当に妖精の女王……?
いやまぁ、シエラがお母様って呼んでるし間違いないんだろうけど、何だか予想していた雰囲気とは全く違くて気が抜けてしまう。
「それじゃあ今日は、私の久々の王宮執務の開放日ということで、とことん付き合ってもらいますからね!」
「んもう!勝手に王宮から抜け出してきただけでしょう?」
「細かいことは気にしないの!そんな神経質な子に育てた覚えはありません!」
そう言い放つと、意気揚々と歩き始めるメディナ様。
その後ろ姿を見つめながら、シエラは俺に聞こえるくらいの声量で口を開く。
「ごめんなさいねリオ。昨日の今日で急にこんなことになっちゃって……。お母様、一度言い出したら止まらなくって……」
「あはは……ユニークな女王様だね……」
頭を押さえるシエラに俺は苦笑交じりに言った。
「何やってるの?早く行くわよー!!」
「はい!」
何故俺とシエラと、シエラのお母さん──現女王と共にリ・ウェレンツェに出向いているのかというと、その理由は遡ること昨日。合同実習任務の説明があったその後、俺とシエラしか残っていなかった教室にて──