第30話合同実習任務アルフィビガン
「────てことで、つまり、妖精剣士っていうのは生身の状態での修練が必須であり、次回からは体術や剣術の知識的な部分を深く掘っていくからそのつもりで!」
ファルネスさんはそう言いながら、チョークで今日の内容のまとめを黒板に書き残す。そして最後の一文字を書ききったところで、パキンと乾いた軽い破裂音が鳴り、割れたチョークの破片が地面に落ちた。
「……あ」
それに気付いたファルネスさんが破片を拾おうと腰を折り曲げた時丁度、講義の終了を告げる音の低い鐘が鳴り響いた。
「よーし!今日はここまでだなー!それじゃあ今日はもう各自帰っていいぞ……って言いたいところなんだけど、まだ席について少し待ってて。今から人が来るから!」
そう言うと、隅の方へと位置を変えるファルネスさん。
ほんの少し教室内がざわついたが、すぐにそれは静まり皆がピタッと静止してこれから来るであろう人物を待つ。
低い鐘の残響が消え入り、静けさが場を支配して数十秒。
その静寂を破るように、ゆっくりと引き戸が開かれた。
「お疲れ様ですー校長」
ファルネスさんが呑気な声音で出迎えたその人は、長めの白髪と黒い双眸、値段の高そうな丸い眼鏡と整えられた顎鬚を生やした中背の男性──ここフィレニア学園のトップレイジュード校長だ。
俺があの人を見たのはあの事件の後、俺の元へ謝罪しに来た時以来だが、あの時よりも少し顔がやつれたように感じる。
ルノザニの件に関してはレイジュード校長に非があるとも思えないのだが、学園の対応を糾弾している者達も多いらしく連日その対応に追われているらしい。明らかに表情に疲れが出ている。
入ってきたレイジュード校長は、ヘラヘラとしているファルネスさんを一瞥すると、中央の教壇に立ち俺達の方へと顔を向けた。
「こんにちは諸君。私は校長のレイジュード・コルベール。対魔本部が課した、全ての学園が一年次に必ず履修しなければならない大きな行事の一つについて説明しに来た」
レイジュード校長は、教室の生徒の表情を確認するように左から右へと視線を移すと軽く頷いた。
「その行事とは、プロの妖精剣士とそれぞれの学園の生徒四人がランダムで即席チームを組んで任務にあたる『合同実習任務』というものだ」
「……ッ!」
合同実習任務……。俺はその名前を知っている。いや、俺だけじゃない。おそらくここにいる教室の生徒誰もが絶対に知っているであろうその題目。
プロの妖精剣士と組んで、軽度ではるものの実際に魔族と対面することになる、簡易的ではあるが戦闘任務に最も近い実習。
もちろん合同実習任務で得ることのできる経験値や、プロの技の会得は計り知れないのだが、それよりも危惧されることは──
「諸君も分っていると思うが、この合同実習任務は遊びでもなければ、安全を約束された室内講義とも違う。実際に現場に出るということは、自らの命を懸けるということだ。例年ほぼ間違いなく死者が出ているのも事実であり、希望者はこの行事を辞退することも可能だ。その場合、この学園からも去ってもらうことになるがね」
レイジュード校長が言葉を綴っていく度に、室内に尋常じゃない緊張感が漂っていく。
「先に聞くが、この中で辞退するものは?なに、誰も責めたりしないし、恥ずべきことじゃないぞ。誰だって自分の命は惜しいからな」
じっと体を硬直させている生徒たちを焚きつけるように、レイジュード校長は淡々と問う。
だが、もちろんのこと手を上げる生徒など一人としていない。
「なるほど。つまり、諸君らに命の保証はいらないという解釈で良さそうだな。それなら、存分にこの学園の名声をかけて最低限の死者数と最大の戦果を期待しているよ」
……死者が出ない、という可能性は考えないんだな。
無慈悲に突き出される現実に密かに嘆息をついた。
「そうだな、この件について長々と喋ってはジェーラメントのお偉いさんに口うるさく説教されてしまうんでね、あまり長々とは話せないが、これだけは伝えておこう。この実習任務は、死にはしなくとも魔族への恐怖心を植え付けたり、戦闘におけるセンスを見る……つまり、主に契約者側が高い税金から給与を出す程この国に必要な人材かを振るいにかけるためのものだ。だからこそ、生き残りたければ恐怖を断ち切りなさい。妖精剣士は、いつだって孤独なのだから。……それだけだ」
話を終えると、レイジュード校長はすぐに踵を返して教室を後にした。
レイジュード校長が出て行った後の教室は、なおも解けぬ緊張感で満たされている。
「まぁ、魔族に敗けなければ死ぬことはないからね。自分で決めた道なら、やり通すのが筋だ。それに、悪いことばかりじゃない。合同実習任務で十分な成果を上げた場合、報酬も弾むからな。私の同期には、半端じゃない戦果を出してとんでもない額をもらってるやつもいた。理由は様々だろうが、健闘を祈っているよ」
そう言い残し、ファルネスさんも出て行く。
後は、全員が神妙な表情をしたまま各々帰宅していったが、ユメルには先に帰ってもらい俺はしばらくその場を動けなかった。
さっきファルネスさんが言っていた同期の奴というのは……おそらくあの人だろう。
果たして、あの優秀すぎた人類の希望を実質的に失わせた俺は、あの人以上の何かを為すことができるのだろうか。
誰もいなくなった教室で、一人物思いに耽っていると、
「……ねぇ」
「うわっ!!」
自分以外がいないと思っていたのに、俺から一番近い隣の席に一人残っている生徒がいたことに驚き、頓狂な声をあげてしまう。
「い、いたんだシエラ……びっくりした……」
「ずっと怖い顔で何か考えていたから、いつ声をかけようか迷ってて……」
「あぁ、そういうことか。ごめん。……えっと、それでどうかした?」
「講義が終わったら話したいことがあるって言ってたの、忘れちゃった?」
そういえば、確かに始まる前何か言いかけてたな。完全に忘れてた。
「いや!忘れてない忘れてない!」
「ふーん……本当?」
胡乱な視線を送ってくるシエラだが、「まぁいいわ」と言って話を続ける。
「実は、リオに一つお願いしたいことがあって────」