第29話魔術が…………
入学から三か月が経った。
あの凄惨なルノザニ王女襲撃事件の後無事復学を果たした俺は、現在学園で大いに注目を浴びていた。
その理由は、当然王女と契約を交わしたことが学園中に広まったことが原因なのだが、そんな俺に対する評価は派閥単位でかなり割れている。
一つは、王女が契約者として認めた俺に対する、純粋な賞賛と敬意を持った、特に何か言ってくるわけじゃなくただ遠目で羨望の眼差しを送ってくるタイプ。これは、妖精や俺と同じ庶民出の人間の人達が多い。
そしてもう一つは、孤児院出身の庶民である俺が王女と契約を果たしたことをあからさまに嫌悪している、主に人間の貴族家系の人達。
この派閥は大分過激派で、シエラの見えないところで俺を呼び出し「何でお前みたいな薄汚い孤児院出身の庶民が王女の契約者なんかになってんだよ?その契約今すぐ解消しろ!」と、大人数で囲まれたこともある。まぁ、端からそんな連中に聞く耳を持とうなど思っていないため別に構わないのだが、孤児院のことを悪く言われるのだけは自身の感情の制御が難しくなるのでやめてほしい。
「…………はぁ。いつまで続くんだこれ」
講義を受けるためにただ教室で座っている今もなお、所々でこちらを見ながらヒソヒソと囁かれており、気にしすぎなのだろうがどうも居心地が悪い。
「みんなリオが羨ましいんだよ。妬み嫉みの中央にいると、疲れそうだね~」
俺の机に腰を掛けているユメルは、我関せずといった様子で言う。
「……ったく、他人事のように。廊下歩いてるだけでも変に目立つし、すっごい居心地悪いんだけど……」
「僕達の学年だけじゃなくて、上級生とか他の妖精剣士育成校にも話題が広まってるらしいしね。当然っちゃ当然だけど。もういっそのこと、シエラさんのこと我が物顔で肩組みながら歩いちゃえば?」
「バカ。そんなことしたらより一層悪化するわ!あーもう、魔術も使えなくなってるし散々だなほんと……」
「それに関しては、僕もめちゃくちゃ悲しい。リオの魔術発動してるとこすっごい見たかったのに」
記憶上にはない、魔人を一瞬で灰にしたと言われた謎の魔術。
俺だって自分の手で発動しているところをこの目で見てみたいが、どう頑張ってもその魔術をもう一度再現することができなかったのだ。
霊剣抜刀自体は問題なく行えるし、妖精剣士としての人智を超越する身体能力の昇華も確認できた。
だが、魔術だけは駄目だった。
本来、魔術というのは霊剣抜刀時に結合する魔術回路と魔力、人間と妖精の思考と感情の合致によって織りなされる、魔族に対抗しうる神秘の切り札というのが一般的であり、つまりシエラの記憶にその魔術形式が残っているのであれば発動できないなんてことは起こりうるはずがないのだ。
「……感情と思考の共有はできてるのに、どうも魔術の写実的イメージだけは、シエラの記憶に暗幕がかかったように何も見えなく感じなくなるんだよなぁ……」
「不思議なこともあるもんだよね。一度発動した魔術が使えなくなるなんて、リオが初めてなんじゃない?」
「全ッ然嬉しくない!」
「何が全然うれしくないの?」
ユメルの言葉に俺が頭を抱えていると、頭上から突然降ってきた澄んだ声音。
「あ、おはようシエラさん」
「おはようユメル君。それにリオも、おはよう」
「おはようシエラ。今日は珍しくギリギリだね」
教室の隅に掛けられている時計に視線を移して言う。指針は講義の始まる三分前を指していた。
「昨日からお忍びでお母さまが会いに来てて……。全然離してくれなかったの」
「えぇ!?妖精の女王が?それって、大丈夫なの?」
「もちろん大丈夫じゃないわ。きっと今頃、王宮はとっても騒々しくて楽しいことになっているでしょうね。心配しないでって何度も言っているのに……」
シエラは肩を落として溜息をつく。
王女は、王宮を飛び出て王族初の妖精剣士育成校に通うし、女王はお忍びで王宮から姿をくらますしで、妖精の国も何かと苦労が多そうだな……と思ったものの、言ったら怒られそうなので口には出さなかった。
「でも、僕は母親の存在っていうのを知らないから、少し羨ましいけどなぁ……」
「あ……そっか。えと、その……ごめんなさい」
「違う違う!そんなつもりで言ったんじゃないよ!そもそも孤児院で先生達に凄く優しくしてもらったし、むしろこれで良かったなーって思ってるくらいだし!」
少し肩を落とすシエラに、慌ててユメルは言葉を付け足した。
「あーあ。ユメル朝からシエラに変な気を遣わせた~」
「ちょっとリオ!ユメル君は悪くないわ。私が勝手に過剰に考えすぎただけなんだから!」
茶々を入れた俺に、少し頬を膨らませて注意するシエラを見て微笑をもらす。
シエラは「もう」と呟くと、鞄から講義で使用する文献や、内容をまとめている紙束を取り出し、もう少しで開始する授業の準備を進めた。
だが、何かを不意に思い出したようにピタッと鞄を探る動きが止まり、俺の方に顔を向けた。
「あの……そういえば、リオに一つお願い事が────」
「はいっ!本日の授業を始めるぞー!」
シエラが言葉を紡ぎきるのを割り込むように、教室への出入りをする引き戸を勢いよく開いたファルネスさんが、声高らかに入ってきた。
「じゃあ僕は席に戻ろうかな!」
そう言うと、そそくさと自席へと戻っていくユメル。
それを見送りながら、さっきシエラが言おうとしたことを尋ねた。
「……今なんか言おうとしてた?」
「あ、ううん!今じゃなくてもいいの!この講義が終わったら話すわ」