第28話古の神秘、ジルヴァンド
人生を一変させるあの激闘からはや数週間。
次に俺が目覚めたのは学園の医務室だった。
聞くところによると、気絶していた俺をシエラが一人でこの学園まで運んでくれたらしく、情けないことに最初から最後までおんぶに抱っこのようだった。
その後しばらくの間、眠り続けているにも拘らず体力的・生命的困窮が見られないという、まるで造花のような摩訶不思議な昏睡状態に陥っていたようなのだが、自身の感覚としては少し長めの昼寝程度の寝起きだったので、寝ぼけて虚ろ虚ろな状態の時に大泣きしたユメルが「リオォオオ!」と飛びついてきて驚いたのは記憶に新しい。
意識がはっきりしてからは、毎日代わる代わるで様々な人物が俺の寝ているベッドに訪ねてきて、あの人口迷宮で起こった出来事や、王女の契約者となったこと、また、俺の記憶上には存在していないことについて説明されたり意見を求められたりする日々が続いた。
そして、それらの話題を深堀りしていくにつれて、幾つか分かったことがある。
まず何よりも耳を疑った内容が、俺が魔術を発動させ魔人を瞬殺したということ。
確かに魔人との戦闘中、シエラとの意識共鳴の中で魔術を発動しようとはした。そこまではしっかりと記憶に残っている。しかし、そこからの記憶がてんで《《飛んでいる》》のだ。
妖精剣として俺の視覚を介して俺の知らない世界を見ていたシエラの話だと、美しい純白の炎が傷を瞬時に修復し、魔人を一瞬にして灰にしてしまったらしいが、そんな光景記憶の一変にすら存在しないのである。
まぁ、結果的にその知らない魔術で魔人を倒して、俺もシエラも生還することが出来たため今は深くは考えないことにした。どうせ、休養期間が終わって自由に動けるようになったらいくらでも試行する機会はあるだろうし。
そして次に、妖精剣士では無かった俺が何故餓狼種に内蔵ごと抉られた時即死しなかったか。その理由は、驚くべきことにこの学園に来る途中でミラさんから貰ったあの不気味な人形にあったのだ。
実は、ルノザニに向かう直前寮にある自分の部屋に戻った際、机上に飾ってあったあの悍ましい人形を見つけ、気休め程度の気持ちで服の中に忍ばせていたのだが、それが思わぬ形で功を奏すこととなる。
あの人形は、とても貴重な鉱石をどうにかこうにか加工し、そこにもう今では途絶えてしまった古代の技術をどうたらこうたらして、仕上げになんたらとした──とにかく、一級品の凄い代物らしく、この世界にほとんど流通していない古の産物と呼ばれる道具の一種らしい。
そんな希少な道具の効果はもちろん絶大で、持ち主が物理的な大きい衝撃を受けた際、その身体的ダメージを吸収し生命活動を延続させるという、単純だが今の技術では到底説明のつかない神秘的なものである。
しかし、古の産物自体、道具が持ち主を選ぶといわれている特殊な物で、選ばれたものしかその恩恵を得ることができないらしいのだが、あの人形の外見に良い印象を抱いていなかったはずの俺は、どうやら当の古の産物様に気に入られていたらしく、物語の主人公並みのご都合主義的豪運の連続で延命に成功したというわけだ。
何故学生如きが保持していたのかと、古の産物について教えてくれた眼鏡をかけた学者のような男に執念深く聞かれたが、ここで本当のことを言ってしまったらミラさんが大事にしているコレクション達が回収されてしまうのではないかと危惧し、適当に誤魔化した。その時は、いらない気遣いをしたかもしれないと案じたが、この話をミラさんにしたら物凄く感謝されたのでまぁ良かったのだろう。
そして最後が、『根源魔術』という、謎の単語について。
俺自身はおそらく一度も耳にしたことはないが、ぽつりと魔人が呟いていたのをシエラが聞き取っていたらしい。
何度も何度も根源魔術について尋ねてきたため、さすがに気になった俺はそれが何なのかを尋ねてみたが、「いえ、こちらの話です」の一点張りで相手方はそれについて全く答えようとはしなかった。これだけ興味を示してきてのその反応は、絶対何か隠してるだろとは思いつつも、それ以上深堀りしたところで無意味だなと感じためその場では早々に諦め言及せずに話を終わらせた。
ただ、未だにこの話題で唯一引っかかっていることが一つある。それは『根源魔術』という単語事態全く聞いたことが無いのも関わらず、その言葉を聞いた瞬間に異常な焦燥感と寂寥感に包まれたことだ。
遠い昔から募らせていたかのような、そんな旧懐を含む歴史を辿った絶望と悲しみ。
まるで、俺じゃない誰かが、自分の中で生きているかのような──
「リオー!飯の時間だから食堂に行こー!」
ユメルに自室の扉を叩かれ、俺は文章を綴っていた紙を裏返しにした。
「分かった。今行く」
外にいるユメルに聞こえるよう、少し大きめの声で返事する。
ペンをしまい、部屋から出るために椅子から立ち上がりながら少し考えた。
確かに根源魔術が何なのかは分からないし、あの時感じた謎の感情の正体ももちろん分からない。だが、もしかしらた今の俺のとってそんなことはどうだっていいのかもしれない。
今は、王女を妖精剣として携えるに相応しい最強の妖精剣士になるためにひたすら強くなる。それが何よりもの最優先事項。他の何を犠牲にしてでも、魔の闇を斬り払うために。
あの迷宮で眼下に焼き付けた、無残な妖精剣士の死体を思い出し、拳を強く握る。
「リオ~?まだ?」
しびれを切らした様子のユメルから再度呼ばれて、力を込めていた拳をゆっくりと解いた。
「ごめんごめん!」
そう言い、すぐに扉を開けて外に出る。
ムスッとした表情のユメルに「遅い!」と口を尖らせられながら、並んで食堂へと向かった。
この時、歯車が動いたかのような重い金切り音が聞こえたが、多分気のせいだろう。