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第23話 少女。覚悟。

「ねぇ、お話しましょうよ」


 全く警戒する様子を見せず、ただユラユラとわらう。

 突如として現れたそれに対し、気を張り詰め臨戦態勢を取りながら空気をピリつかせる俺とシエラだが、そんなのは意にも介さず同じ調子で立っている魔人。いや、そもそもこんな場所に魔人が現れること自体不可解すぎるのだが。


 無限に湧き出てくる雑多な魔獣と違い、知能をもった希少種であり、魔族を統率したり人間ヒューマン妖精エルフと同じ言語を扱う魔人バケモノ。この異常種を語るにあたっての何よりもの特徴は、その圧倒的な戦闘能力にあるだろう。単体で高火力かつ殺傷能力の高い魔術を扱い、身体能力も人智を超越している。分かりやすく表すのであれば、手練れの妖精剣士シェダハが十人いたとしても敵うかどうかといった正真正銘の凶悪だ。

 そんなバケモノが、地上では何万という人々が生活し、日々往来している大都市イリグウェナの地下に存在していいはずがない。さっきの研究員の死体といい、いったいこの場所で何が起きているのだろうか。


「二人して固まっちゃって……どうしたのかしら。お話してくれないの?……それなら、もう殺しちゃっていいかしら?」


 口角は上げながら、声音だけを凍えるような冷たさにして、殺すかどうかをその対象となる俺とシエラに訊ねてくる。


「……ッ」


 正直、俺とシエラに選択権はない。戦わなければもちろん死ぬし、戦ったところで間違いなくぬ。

 つまり、生存という選択肢は無いに等しい。

 どうにか打開する方法を模索しようとするが、何一つとして見当もつかない。そう、見当もつかないのだが……


—— いや、待てよ。完全に忘れてたけど、この地下迷宮に行くにあたって、妖精剣士シェダハが一人同行してるんだったよな?


 俺はどうなってもいい。だから、せめてシエラだけでも外に脱出する時間が欲しい。妖精剣士シェダハの人には申し訳ないが、ここで共に殿しんがりとなって戦ってもらおう。これだけが、最後の唯一の望みなのだから。


妖精剣士シェダハの人!助けてください!」


 喉を絞り、出しうる最大の声量で叫んだ。

 その若干掠れた声は空洞内に響き渡り、反響の限りを尽くすが何の反応もない。まさか、この声量でも聞こえないほど遠い場所にいるのだろうか。それだと、そもそも同行してきた意味がないと思うのだが……。


「魔人が現れたんです!助けてください!」


 微かな希望を胸に、もう一度声を荒げて叫ぶ。

 だが結果は同じで、先程と同じように空洞内に俺の声が響き渡るだけだった。


「うふふ。さっきから必死に助けを乞うてる人って……もしかして、この人?」


 必死な俺の表情を見て、元々嗤っていた口角をさらに上げ嘲笑の具合を強めた魔人は、親指と中指をこすり合わせパチンと音を鳴らし、心底愉快そうな声音で首を傾けた。


「「な……ッ!?」」


 魔人が指を鳴らした瞬間、その足元に楕円型に塗りつぶされた漆黒の穴隙けつげきが出現し、そこから現れたモノを見た俺とシエラは声を重ねて驚嘆した。


 その理由は、泥沼からヌメりと這い出てくるように出現したそれが、鋭い牙と灰色の毛皮、人型の体躯に二足歩行が特徴的な上位魔獣――餓狼種ラジェアルという、戦場の中でも最前線にしか姿を見せないような超危険種だということもあるが、それよりも、その餓狼種ラジュアルが爪を立て握り潰すように持っている、右手の甲に微かな妖精紋の輝きを見せるその死体に尽きる。

 それは、内臓が剥き出しになるほどに大きく引き裂かれ、首と右腕はプラプラと揺れ今にも身体からだから取れそうになっていた。


「こ、これは……?」

「うふふ。もう気付いてると思うけど、あなた達の後ろをコソコソしていた、遊び道具にすらならなかった劣弱な妖精剣士シェダハよ。もしかして、こんなのが護衛だったの?私の可愛い餓狼種ラジュアルちゃんを見た途端に、すぐ逃げようとした腰抜けが?」


 魔人は目を細め嘲笑の限りで高笑いをし、餓狼種ラジュアルは握っていた妖精剣士シェダハの死体を前方にほおった。


 確かに、餓狼種ラジュアルと魔人を妖精剣士シェダハ一人が相手できる敵ではないのは分かっている。しかし、それでも数々の修羅場を乗り越え、魔族に支配されつつあった世界に希望をもたらす光の一筋だ。

 それが、目の前にたたずんんでいるコイツらからしたら、もてあそびながら簡単に殺すことができ、死んでもなお嘲笑を浴びせるほどに軟弱な虫ケラ以下らしい。

 俺の胸の中には、薄気味悪く口角を上げたまま死体を踏みつける魔人を、ただ眺めることしかできない自らの脆弱さと、人をそこら辺に落ちているゴミ程度にしか考えず死体を弄ぶコイツらに対し沸々と怒りが湧いてくる。


「お前……」 

「あらぁ。もしかして怒っているのかしら?あなた達を捨てて逃げようとしたコレに?人類って本当に哀れね……利用価値のない者に対して、同種だからって理由だけで感情的になるんだもの」

「…………ッ!」 

 

 隣に立っているシエラから、軋むほどに鈍い歯ぎしりが聞こえた。

 心中を見透かしているかのように煽ってくる魔人に俺は、さらに激しい怒りが体の中をうずめくが、一度圧倒的な恐怖に支配されてしまった体はそう簡単にその呪縛から逃れることはできない。

 

しかし、シエラは違った。

 

「守るべき国民が目の前でこんな扱いを受けているのに、黙って見ていては何が王家か」

「……は?」


 魔人は若干訝しげな表情を浮かべ、俺は何故シエラが自ら王家の人間であることを打ち明けたのか分からず、焦って隣を向く。

 しかし、次の刻にその姿はなく、時間としては一秒にも満たないまばたきの間隔に、シエラは握っていた鉄剣をユラユラと嗤っている魔人に対して思いきり振っていた。魔獣を討伐するために共闘していたあの時とは格段に違う──殺意の込め方、踏み込みの速さ、確実に息の根を止めることだけを考えた的確な一撃。

 

 充分人間離れしたその動きに唖然とする俺だが、魔人はなおも表情を崩さず、その鋭い斬撃を軽々と後方へいなし、シエラは勢いのまま地面に転がった。


「あら、そっちの男の人間ヒューマンは恐怖でビクビクしてるのに、妖精エルフのあなたはとっても威勢が良いのね。それに、魔術回路と魔力を合致させていない生身の体でその動き……人間ヒューマンに使われるだけの傀儡くぐつ妖精エルフとは、少し違うのかしら?」

「……あなたに答えることなんてないわ」


 見下ろす魔人を睨みつけながら言い放ち、すぐさま体勢を戻して剣を構え直すシエラ。

 それを見た俺も、感化されたのか意識せずとも動くようになっていた体を強張らせ、持っていた鉄剣を両手で力強く握り直し、息を吐いて構えた。


——動けるようになったのは良いけど、あのバケモノじみたシエラの不意打ちを、あっさりかわした化け物に対して、俺が助太刀したところで足を引っ張ってしまうだけじゃないのか?


 理性と捉えれば良いのか、はたまた動かない理由をつけたいだけなのか。

 邪な考えが頭の中でみるみると膨張し、無理矢理奮い立たせていた体が萎縮して足がすくむ。


「リオ!あなたは逃げなさい!生きて、この状況を外に伝えなさい!」


 庇うように俺の前に移動してきたシエラは、こちらを振り向かないままそう言った。

 俺よりも華奢で体格も小さい、妖精エルフの王女。いや、妖精エルフの少女。

 よく見たら剣先が小刻みに震えている。おそらく自分がここで死ぬことは分かっていて、その覚悟もできているんだろうが、必死に抑えている恐怖が漏れ出しているのだろう。


——何やってんだよ、俺


 シエラを命に代えても逃すとか啖呵切ったくせして、そのシエラに守られてるザマだ。動かない理由を探して、結局怖いだけで。


「……もう、守られるだけなのは、嫌なんだ……」


 あの夜、俺を守って死んだ兄の次は、同じようにシエラを見殺しにするのか?何年経っても同じことを繰り返すのか?


「何を言っているの!そしたら誰がこの惨事を外の人間に報告するのよ!これは命令よ!お願い……お願いだから……」


 震えた声音で泣きそうにぽつりと声を漏らすシエラ。

 

「ごめん」


 シエラにこんな悲しそうな声音をさせて出す言葉がない俺は、一言だけそう言いシエラの横に並んだ。

 自分の身勝手で何千、何万の人の命を危険に晒すことになるのは分かっているが、それでも俺はここから逃げ出すことはできない。あの時、そう決めたから。


「最期が俺で、ごめん」

「もう……バカ……」


 剣先を魔人へ向けた俺とシエラは、敗北——それに伴うという死という結果が分かっていながらも、一切いっさいの迷いを見せずに勢いよく飛び込んでいった。

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