第22話さすがに今の状況と酷似しすぎているんじゃ……
気味の悪い静寂が漂う洞窟に、忙しなく響く二人の足音。
お互いの時折耳に入る荒れた息遣いが、緊迫さと高鳴る鼓動に拍車をかける。
「あれ……出口に繋がる階段じゃない?」
前方に視線を向けたシエラは足を止める。それに釣られ、前へと進もうとする急いた両足を止め、俺もその場で停止した。
「……そう、見えるね」
距離としてはまだ少しある傾斜の激しい階段を見つめ、ふーっと一息。
「それにしても、不気味なくらいに道中で魔獣と遭遇しなかったわね……」
顔にかかった髪を耳の後ろに掛けたシエラは、少し表情を歪めて言う。
「……確かに」
全然意識してなかったから気付かなかったけど、言われてみれば一度も見てないな。
「気配すらも感じないわね。まるで、私達以外の何者かに狩られきったみたいに……」
前に進んで行くたびに湧いていた有象無象——耳障りな呻き声をあげ、行く手を阻んできた小型の魔獣は、その騒然さが嘘のようにめっきり姿を現さなくなっていた。
ちょうど俺とシエラが、あの研究員の無惨な死体を見てからであり、間違いなく状況的な繋がりがあるだろう。
「まぁでも、魔獣に足止めされないのは逆に好都合なんじゃ……?」
「それは勿論そうなんだけど……うーん。なんだか、この状況に既視感が……」
「…………うん?」
再び走り始めた俺とシエラだが、その表情は何かを懸念したまま崩れない。
「……うーん。何だっけ?小さい頃、似た何かを見たような気が……?」
「似てるって、今の状況に!?エルフの王女は、幼少期から冒険家気質なの?」
「まさか。私が実際に経験したってわけじゃなくて、こう……想像的な?皆まで言わずとも分かるでしょう?」
「うん。皆まで言われたとしても、分からない自信しかない!」
「言葉で伝わらないって、難しいわね……」
シエラは小さく溜息をつく。
これは、俺が悪いのか!?と少々疑問に感じるところはあるものの、さっきよりも真剣にその既視感の正体について考えている為、わざわざ口を出そうとは思えない。
それよりも、右手を顎に付け、必死に「うーん、うーん」と悩んでいるシエラの姿が抜群に可愛すぎて、最初こそ横目で見ていたものの、段々と首がその方向に持っていかれてしまうので、言うことを聞かない俺の首を制御するのに忙しい。この美麗さと秀麗さは、もはや魔王なんて簡単に殺れるだろ……。いや、男か女か、そもそも性別があるのかも分からんが。
高貴で品格があるのに、可愛らしさと愛嬌をその身に掛け持たせているその容姿と仕草は、ずっと眺めていても飽きないくらいに美しい。だが、まじまじと見つめているのを悟られて不審感を抱かれるのは嫌なので、パッと視線を逸らすものの、またすぐ見るを繰り返しているので、おそらく普通に眺めているよりも変態チックとなっているだろう。
一人は唸り声をあげながら考え込み、もう一人はその様子をチラチラと覗くように見て、度々顔を綻ばせているという異様な光景を映しながらも、出口繋がっているだろう階段へと距離を縮めていく。
「あ!思い出した!!」
突如として声量を大きくしたシエラは、ぱぁと明るい表情を浮かべながら顔を上げた。
それに伴い、シエラを見ていた俺は、唐突に顔を上げたことに慌てて勢いよく首を背けた為、ゴキという鈍い音と共に反抗的な首に痛みが走る。
「痛って!」
「大丈夫?どうかした?」
「大丈夫……バチが当たっただけだと思うから……」
「……?」
シエラは、きょとんと小首を傾げた。
こんな状況なのに、腑抜けて邪なことをしていた罰なんです……お願いだから、本気で首の容態を案じてくれてる、心配気な視線を俺に向けないで!心が痛くなる!
真っ直ぐに向けられる視線から目を外し、小さな罪悪感から脱するべくコホンと一度咳払いをして話を変える。
「えっと……さっき言ってた既視感の正体、思い出せたんだ?」
「えぇ!幼少期に、王宮にあった書物の中で特に好きでたくさん読んでいた英雄譚の内容と、今の状況が凄く似ているの!」
目を輝かせながら、前のめりに言うシエラ。
「そうなんだ!ちなみに、どんな内容だったの?」
「まだとても弱かった頃の勇者様のお話で、どこにでもいる冒険者だった頃に、修行の為そこまで危険がないって言われていた洞窟に行って魔物を倒していたの。でも、その途中に、知り合いの冒険者の死体を見つけちゃって……」
「ほうほう」
話を聞きながら、この状況で昔読んだ英雄譚の話というのは、何とも気が抜けるなぁと少し感じたが、まぁシエラが楽しそうに話しているので万事良し。
「それを見て、身の危険を感じた勇者様は、来た道をすぐに引き返したわ。でも、その道中は不気味なまでに魔物が現れなかったの。おかしいなとは思いつつも、気にしないように意識してその洞窟から出るために勇者様は走ったわ……」
「……う、うん」
聞いているうちに、胸の内が騒めきだす。その騒めきは、大きさを増す一方であり——何故だろう……この話、止めた方がいい気が。まぁ、まさか現実で起こるわけがないのは分かっているけども。
いや、うん。でも……
「さすがに今の状況と酷似しすぎているんじゃ?」
ボソッと呟くが、そんな俺には目もくれず、シエラは無邪気な子供のように幼い笑顔で口を開く。
「それでね、出口が見えてやっと出れる!って時に、事件は起きたの。伝承でしか聞いたことがないような魔物が、どこからともなく現れて襲ってきたの!そこで戦闘が始まるんだけど、えっと……確か、結局勇者様は…………」
「うふふ。それ、『ダイット英雄譚』の序章のお話でしょう……?私も混ぜてくれないかしら?」
話を遮るように聞こえてきた、唐突な声。
俺とシエラの後ろから話しかけてきたその声は、鼓膜と脳に不快さを植え付けてくる女の声であり、身の毛がよだつ体は、まるで生命存続における警戒信号を発しているかのようだ。
俺とシエラが、微塵も気配を感じ取れなかった相手。つまり、陽気にエイユウタンの話をしている内に仕掛けられていたら、間違いなく死んでいた。生命的な危機を覚えるのは当然だろう。
「誰だ」
人は、死に直結する出来事に遭遇した時、咄嗟に動けず妙に冷静になるらしい。
硬直した体では振り返ることはできないが、それとは裏腹に落ち着いた声音で何者かを尋ねる。
「……坊や、私が怖いの?必死に隠しているようだけど、見え見えでとっても可愛い。そうね、食べちゃいたいくらい」
「……ッ」
心中を完全に悟られ俺の頭に血が昇り、そのおかげかやっと自らの意識と体が繋がる。
恐怖に支配される中、素早く身を翻した。
「お、お前は」
そこに立っていたのは、不気味な笑みを浮かべながら立っている女の姿。
全身の肌が青ざめ、髪の毛は乱れた白髪。見るからに人間でも妖精でもない、異形のバケモノ。
六年前の記憶が蘇る。
「魔人……ッ」