第20話女性として
「これでッ!終わりッ!」
軽やかな身のこなしで、魔獣の突進を空中へと回避したシエラは、鉄剣の柄を両手で握り、剣先を真下へ向けると、そのまま勢いよく魔獣めがけて突き刺す。
奇怪な断末魔をあげた魔獣からは、黒い血液のような液体が噴き出て、程なく息絶えた。
「ちょっと数が多いわね……」
「丁度、こっちも終わったよ!この一帯は、倒しきったっぽいけど」
「えぇ、そうみたい。これで先に進めそう」
生ぬるい空気が、べったりと肌にへばりつく。
洞窟のような景観のその場所は、広さはあるが道なりになった基本一本道の為、特に迷うことなく進むことができた。
しかし、その行く手を阻むように出現する魔獣。小型で野生の獣のような見た目だが、動きは俊敏で、尚且つ凶暴性も高い。
この世界に、災厄の魔王が誕生した際に残した副産物——つまり、人類にとっての害敵であり、妖精剣士に成り立ての新人が、最も相対し命を落としている魔族だ。
だが、校長室でレイジュード校長が言っていた通り、生徒を立ち入らせる人工迷宮なだけあって、そこまで獰猛で凶悪な魔獣は出現していない。していないのだが……。
——なんか、変な違和感を感じるな。
✳︎
現在、俺とシエラが学園側からの意向によって来ているのは、様々な人々が日々往来し、喧騒賑わう大都市イリグウェナの地下。
地上で生活や営みをしてる者達には知る由もない、悠々と聳え立つオブファウス城の圧巻さに隠された人工施設であり、軍や対魔本部、学園の関係者しか知らされていない隠匿された空間——地下迷宮ルノザニだ。
レイジュード校長から渡された紙に書かれていた文面から理解するに、この施設は魔獣や魔人を生捕にし、研究や実験を行う施設らしく、学園からもある程度の支出がなされている為、時々このように使わしてもらうらしい。
この場所に着いた時、細身の肌白い研究員に案内された俺とシエラは、薄暗い洞窟道へと通され、
『ここから真っ直ぐに進み、所々で出現する低レベルの魔獣を協力して撃退しながら、出口を目指してください!』
と言われ、今に至るのだが。
「あのさ……さっきまで感じてた、後ろから付いてきてた妖精剣士の人の気配、急に消えたよね?」
「そういえば、そうね。元々、万が一の事態があった場合の念の為っていう話だったし、意識されたくなくて気配を消したんじゃないかしら?」
「……今更消すかな?それに、さっきから出てくる魔獣の様子が、どことなくおかしい気がするんだけど……」
俺は、ここまでの道中ずっと感じていた違和感を、今初めて口にする。
それを聞いたシエラは、俺の方へ振り返り微笑を浮かべた。
「それは杞憂じゃないかしら?どれも簡単に片付く弱いのしかいないし、様子のおかしさも特に私は感じなかったわ」
「うーん……心配のしすぎかなぁ……」
自身が抱えている違和感を言葉にするのは想像以上に難しく、シエラには全く伝わらない。
確かに、ここまでで俺とシエラが苦戦したのも、手こずったのもいなかった。シエラが俺の違和感を杞憂に過ぎないと軽く流す気持ちも分からなくはない。
だが、それは恐らく俺とシエラだからなのだ。
レイジュード校長は学園で教わった程度の体術や剣術で対処できると言っていたが、授業風景を見た限りの一般の生徒がここに来た場合まず無理だろう。俺は元々、兄さんから教わっていたこともあり、ある程度は剣術の腕を自負している部分もあるし、シエラも我流の別から指南されたであろう剣術だ。作法は違えど、戦いにおける一連の流れが叩き込まれているお互いだからこそ、難なく魔獣を撃退できているものの、学園から教わっている技術だけで対応できないのは火を見るより明らか。
——それに、何よりも漂っている空気が、凄く嫌な感じなんだよな……
まぁこれこそ、シエラに対して何一つ説明の手段を持たないんだけども。
気のせいなのか、はたまたそうではないのか。
中々言葉として表せない違和感に対し、溜息を吐きながら一人物思いに耽っていると、隣を歩いているシエラは、俺とはまた別の部分を危惧しているらしく、こちらも嘆息を漏らす。
「……それよりも、私としては、ここに来て魔獣を倒しながら出口を目指すっていうこの行為が、どう妖精剣士を作るという学園の救済処置と結びつくのかが甚だ疑問なのだけれど……」
ぽつりと、唇を尖らせて不満を漏らすシエラ。
「共闘している内に、絆とか目に見えない繋がりとかを感じて、それがきっかけで契約っていうのが狙いだとは思うけど」
「だったら、もっとこう……血で血を洗う?目には目を?みたいな、ギリギリの戦いじゃないとダメだと思うわ!」
「うん、言いたいことはわかるけど、意味合いと使い方全然違うからね?それじゃあ、シエラがどっかの誰かに復讐したくて仕方ない人になっちゃってるから!」
「あら、そうなの?」
シエラはきょとんとした表情で小首を傾げる。
表現の仕方はアレだとしても、シエラの言っていることには同感する。この人口迷宮とやらも、もう感覚的には作業のようになってきているし。
「まぁでも、結局この時期まで契約になれてない私が悪いから、何にも言えないんだけどね」
そう言い、自嘲気味に苦笑するシエラ。
「俺からしたら、なんで皆んながあんなにスラスラと契約になれるのか、不思議でならないんだけども……。妖精紋の反応って言われても、それが全く分からないし……かといって、命を預け合う契約を簡単に妖精に頼むってこともできないし……」
「その気持ちすっごい分かる!妖精紋なんたらって言われても、それがどういう感覚なのか教えてほしいし、命を預けるいわばパートナーをそう簡単には決められないわよね!?周りの子達全然気にしていなさそうだったから、私がおかしいだけかと思ってた……」
俺は、自分の抱えていた気持ちを言葉として言ってしまった時、なんとも弱々しいなと心が苦くなったが、思いの外シエラの反応が良く少し驚いた。
「生まれてからこの学園に来るまで、一度も妖精と話さなかった俺が、急に妖精と契約になるっていうのは、ハードルが高すぎるよ……本当に……」
「あなた、一度も話したことなかったの!?それなのに妖精剣士って、凄い決断力と行動力ね……」
「あはは……入って早々もう頓挫しそうだけどね」
他愛もない雑談の中、シエラと話していると、どうにも心内を話してしまうなと微かに思う。前の温泉の時もそうだが、状況がそうさせているのか。それとも、シエラが特別なのか。どちらにせよ悪い気はしない。
「でも、学園に来てからはたくさんの妖精とお話ししたんでしょう?」
「いや、学園に来てからも、ミラさんとシエラとしか話してないよ」
まぁ、厳密に言えば、出来ないだけなんだけどね。
「そうなの?てっきり色んな子から声かけられてて、断ってるものと思ってた」
「まさか。そんな感じじゃなくて、本当にただただ妖精と話せないだけだよ」
「……私が言うのも変だけど、妖精の王女と話せるなら、他の妖精と話せないなんてことないと思うんだけど?」
「纏ってる空気感が違うんだよね。でも、何故かシエラだけは凄く話しやすいというか……話してて和む」
「そ、そうなんだ……」
シエラは、顔を真っ赤に赤面させ背け、俺から数歩距離をとった。
何か気に触ることを言ってしまったのだろうか?
「話してて、和むんだ……」
もしかして、他の妖精よりも威厳がないという意味で捉えられてしまったのだろうか。
それは不味いと、早急に誤解を解くべく、離れられた分距離を詰め、
「シエラに威厳がないとか、そういうことを言ってるんじゃないからね?、王女なのにその地位をひけらかさずに、分け隔てなく優しいし、喋ってる時の表情が豊かで可愛らしいから、話してて楽しいって意味だからね?」
焦って自分でも何を言っているのかよく分からないが、恐らく間違ったことは言っていないはずだ。
しかし、シエラの様子は依然変わらず、むしろ、耳まで更に真っ赤に赤面させ、しゃがみ込んでワナワナと震えていているという悪化の傾向にあった。
「か、かわいい……」
ぶつぶつと何か言っているが、全く聞こえない。
「ご、ごめん。気に障ったなら謝るから……」
俺は、シエラの顔色を伺うように覗き込む。
至近距離で、しっかりと目が合った。
「ひゃうっ!」
シエラの美しい青の大きな瞳が、見開かれた。
「……ッ!」
するりと、華麗に俺の体を避けて立ち上がったシエラは、そのまま声にならない悲鳴と共に、迷宮の奥へと走り去ってしまった。