第18話 波乱万丈!?
「リオー……そういえば僕、報告があるんだよね」
退学までの期限である月末まで、残り一週間を切ったある日。
授業が始まる前の、比較的自由な時間帯に、突然話を切り出してきたユメル。
「……今日の朝掃除に寝坊して、俺に行かせた件のこと?」
「それはさっきも言ったけど、本っ当にごめん!」
「うん、謝罪は今初めて聞いたけどな」
ユメルは、何か伝えたいことがあるらしく、朝の掃除をサボった件を華麗に流しながら、まじまじと俺の顔を凝視してくる。
「……え、そんなに深刻な話なの?朝からは、ちょっと嫌なんだけど……」
曇り気のあるユメルの表情を見た俺は、厄介な話になる気がした為、その話題を避けようと首を違う方向に向けたが、ガシっと掴まれ、強制的に元の位置に戻されてしまう。
「ユメル……離して?痛いんだけど?」
「リオが、反抗して首を動かさなければ、痛い思いをせずに済むと思うんだけど?」
「……だって、朝から憂鬱な気分になりたくないし……」
俺は、あからさまにばつの悪い表情をしたが、ユメルは全く気にする様子なく、相変わらず首を掴み続けて、
「まぁ、ある意味憂鬱にはなるかもしれないけど、深刻ではないよ。なんなら、良い報告と言っても過言じゃない!」
「憂鬱になるのに、良い報告……?それって、凄い矛盾してる気が……」
そう言い終わろうかとした瞬間に、俺はハッと気付いてしまった。
最近を思い返してみれば確かに、こいつ、どこで何してるのか分かんない時間増えてたけど……。まさかね。
頭に嫌な予感が過ぎる。いや、嫌な予感でいっぱいになる。
「な、なぁ……それってさ、もしかして、『俺にとって』憂鬱で、『お前にとって』良い話だったりする……?」
冷や汗が滴り、ツーっと背筋をなぞる。
実際に聞いたわけではないが、ユメル曰く、この教室の生徒達も、着々と契約ができているらしく、平静を装ってはいるものの、内心とんでもなく焦ってはいたのだ。
そんな中でも、ユメルが未だに妖精と話している姿すら見ていなかった為、まだ大丈夫と言い聞かせて、なんとか耐えられていたものを……。うん、まぁ、まだ俺が考えていることで決定したわけじゃないしな。そうそう、焦るにはまだ早い。
浅い思考に耽っていると、ユメルは申し訳なさそうに口を開く。
「多分さ、リオが今頭で考えてること……合ってると思うよ……」
「……嘘、だろ」
何故か考えていることが見透かされたが、今はユメルが発した事実が衝撃的すぎて、そんな場合じゃない。
放心している俺を見ながら、ユメルは、今一番聞きたくない内容を無慈悲に告げた。
「妖精と……契約……なれちゃった……」
ユメルは、若干申し訳なさそうに、だがそれ以上に、嬉しそうな照れ笑いを浮かべた。
「……ッ!う、裏切り者……」
心の奥底から出る、渾身の一言。
それを聞いたユメルは、更ににんまりとして、
「いやぁ〜、言おう言おうとは思ってたんだけど、中々タイミングがなくてね」
「い、いつから……」
「初めて会ったのは、初日。契約になったのは、先週!」」
目尻に涙を浮かべながら、歯を食いしばる俺。
そんな俺を横目に、勝ち誇った顔で言葉を並べるユメル。
「お前……俺が、紋章の反応すら分からないって嘆いてた時、ひっそりと逢引きしてたのか……ッ!」
「逢引きって……。言い方はともかく、しっかりと妖精を見つけられたのは事実だねー。まぁ、心配すんなって!この後はしっかりと、リオが見つけられるように手伝うからさ!」
いけすかない笑みを浮かべながら、拳を握り親指を立ててくる。この場所が教室じゃなかったら、間違いなく殴りかかっている。
「別に手伝わなくていい!俺だって、一人で見つけられるし……」
「意地張るなって〜。安心してよ!最悪退学になっても、僕達ずっと友達だから!リオの屍を超えて、僕が最強の妖精剣士になる!」
「はぁ?意地張ってないし、退学にもならないから!それと、勝手に俺を殺すな!」
早朝から、あーだこーだの押し問答で、騒がしく言い合う俺とユメル。
ムキになりながら、ユメルへ言葉を言い放っていると、フワッとした匂いが、ふいに鼻腔をくすぐった。
そして、頭よりも先に体が反応し、宥めるふりをしながら自慢をしてくるユメルを他所に、匂いの方へと体を翻し、視線がその王女と合う。
「……おはよう」
柔らかい声音で、とても澄んだ響きの挨拶をしてくれたのは、この学園に来てから唯一話した妖精の生徒、シエラ・ラニアードだった。
隣の席だからといって、これといった親交があるわけではないが、お互い挨拶を交わすくらいには良好な関係と言える。
「お、おはよう」
相変わらずの美しさにドギマギするものの、悟られぬよう胸を押さえ、平然とした声音で挨拶を返し、それを聞いたシエラは、ニコッと微笑しながら席につく。
俺は、そっと体の向きを、シエラと反対の方——つまり、ユメルがいる方向へと動かす。
……可愛すぎて、見惚れるとこだった。毎度の事だが、本当に慣れない。
天使のような笑顔にあてられ、胸を落ち着かせようと撫で下ろしていると、ユメルがニヤニヤとしながら肩を組んできた。
「なぁリオ〜。いっそ、シエラさんに頼んでみれば?」
「ちょ、離れろって!頼まないし……!それに、聞こえたらどうすんだよ!」
ユメルの頬を手の平で押し、距離を遠ざける。
いくら小声で耳打ちとは言え、シエラは隣にいるのだ。もし、聞かれて、うんざりされたら普通に嫌だし、本当に黙ってほしい。
しかし、ユメルは俺の手の圧力に反発しながら、無理やり話を続ける。
「試しに言ってみなって!何、恥ずかしいの?それなら僕が代わりに……」
「余計なお世話だから!」
真剣な顔でそう訴える俺を見て、観念したのかユメルは顔を一度離す。
しかし、その表情は何かを懸念しているのか、不安気だ。
「いや、真面目な話さ、お前が唯一話してるのって、シエラさんだけじゃん。好感度みたいなのを気にしてるのかもしれないけど、色んな人から声かけられまくってるし、多分もう慣れっ子だと思うよ?」
「そんなに、色んな人から声かけられてるのか……」
「そりゃあ、もう……。王女ってのもあるだろけど、この美しさだからね」
「まぁ、確かに……」
一見とっつきにくそうだが、その実人当たりがとても良く、分け隔てなく優しい為、シエラが沢山声をかけられるのは納得できる。ベンチで寝ていた俺を起こしてくれた時に、シエラが声をかけられていたのも、恐らく契約についての話だったのだろう。
「ダメ元で挑戦してみろって!早くしないと、本当に他の人に先越されちゃうよ?」
「そ、それは……」
一瞬口籠ってしまう。だが、すぐに首を横に振り、
「俺なんかが、シエラに契約を頼むなんて、烏滸がましいというか……。とにかく、頼まなくて良いから!」
「リオどうけ、シエラさんじゃなくても、俺なんかが妖精に頼むの烏滸がましいって言うじゃん……このままじゃ、本当に退学になっちゃうよ?」
反発はしているものの、ユメルの言っていることは、ぐうの音も出ない程に正論なので黙り込むしかない。
多分、ユメルは本気で心配しているのだろうが、妖精紋も全く反応を見せないし、シエラ以外の妖精の生徒とは、誰一人として会話をしていない俺に言われても、正直困ってしまうのが本音だ。
「ぐぬぬ……」
俺が黙り込み、一人で呻いている間に、どうやらファルネスさんが教室に入ってきたらしく、ユメルは席に戻っていた。
皆が起立を始め、その挙動で俺はファルネスさんが来たことに気付き、遅れて立ち上がる。
「おはようー。皆んな、座っていいぞー」
欠伸をしながら、ゆっくりと教壇へと向かうファルネスさん。
「早速授業を始める……の前に、校長から呼び出せって言われた生徒がいるんだけど……」
そう言いながら、手に持っていた紙を広げて、にやっと笑う。
あの反応を見るに、ファルネスさんも今知ったというような感じだ。
校長室と聞くと、少しドキッとしてしまうが、指摘される可能性があることなど、仕組まれて女湯に入ったくらいなもんで、全く心当たりなどない。絶対に俺じゃないと思うが、うん。まぁ、大体こういう時って……ね?
「ふむふむ、二名書いてあるな……一人目は、リオ・ラミリア君だそうだ」
「……はぁ」
自分の記憶の中には呼び出される原因など全くないが、また何かしてしまったらしい。この学園に来てから、俺は何かとトラブルに突っ込んでないと気が済まないのだろうか。
「随分飲み込みが良いな……何か、自覚があるのかい?」
「いえ、何一つないですけど……何となく、俺の気がしてました……」
苦笑を浮かべながらそう答える。
二名って言ってたし、どうせ、もう一人はユメル……
「もう一人は、シエラ・ルニアードさんだ」
ほら、やっぱりね…………ん?
「わ、私ですか?」
「あぁ、君の名前が記載されている」
突如、自分の名前が呼ばれたことに驚愕し、頓狂な声を上げたシエラ。
「……身に覚え、ないのですが……?」
「それに関しては、校長に言ってくれ。私は呼び出せと言われただけで、内容は全く知らないからね」
「分りました……」
俺とシエラが共に呼び出される内容など、それこそ全くもって心当たりが……え、本当に温泉のことがバレたの?
ただ、シエラのこの反応を見る感じでは、シエラは何も言ってないのだろう。もしかして、実は付き人の二人に見られてたとか……?
俺は、動揺も相まって、あれやこれやと思考を繰り返す。
「まぁ、校長室に向かえば分かると思うし、今から行ってきな」
そう諭され、考えていても仕方がないので、重い腰を上げた。
横を見ると、シエラは既に階段を下っていた。
シエラの後を続いて階段を降り、ファルネスさんとすれ違った時、ヒソっと何かを言われたような気がしたが、声が小さすぎた為聞き取れず、聞き返すのも億劫だったのでそのまま通り過ぎ、二度目の校長室へと歩みを進めた。