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第16話 霊剣抜刀。安寧と復讐の力

 雲一つない快晴で、小鳥達のさえずりが上空を奏でるすぐ下には、何時なんどきも休みなく水を吹き上げ続ける噴水が目印の、俺とユメルが毎日交互に掃除をしている広場がある。そして、そこに並び立つ、ファルネスさんとミラさん、その二人を少し離れた所から見ている生徒達。


「よーし、皆んな集まったなー」


 散り散りに固まる生徒達を眺め、小刻みに頷くファルネスさん。


「今から見せるのは、普通の人間ヒューマン妖精エルフが、妖精剣士シェダハとして魔術体系の融合を果たす——つまり、霊剣抜刀エティソールするやり方と、その能力の一端だ」


 話しながら、ファルネスさんが握っている、どこから持ってきたのか定かではない鉄製の剣を鞘から抜く。


「これは、ごくごく一般的な金属の剣。今からこれで、あの太い木に全力で斬りかかる。その後、霊剣抜刀エティソールした状態で木には触れずに一振りする。君達には、その比較を見てもらう」


 剣先で指した先には、幹が太く背丈も高い立派と賞賛に値する、植えられた一本の木が生えている。どうやら、ファルネスさんはあの木に向けて剣を振るらしい。


 俺は、現代最強と謳われるファルネスさんの剣捌きと踏み込みを、死んでも見逃すまいと目を見開くが、当のファルネスさんは斬りかかる構えのまま一向に動かない。

 それでも尚、目を見開いたままにしているが、次第に眼球が乾いてくるわけで。開かれたままの眼球を、無情な空気は何の罪悪感もなくさすってくる。つまり、普通に痛い。


 俺はこのままだと、静止したファルネスさんを眺めながら急に涙を流し始める変な奴、の烙印を押されかねないので、本当に一瞬——時間にしたら、一秒にも満たないまばたきをした。


 しかし、この一瞬が命取り。

 俺の視界が暗転しもう一度明かりを認識した時には、ファルネスさんが踏み込んだ地は削れ、木の幹が浅く抉り取られていた。

 砕けた鉄剣を握ったファルネスさんは、「あ、壊しちゃった……どうしよ」とぼやいているが、この人が踏み込んだ際に生じた風によって前髪が崩れた生徒達は、そんなことには全く関心を示さず、ただただ呆然としている。


「あ、あの……先生は、今どこかのタイミングで妖精剣士シェダハの力を使いました……?」


 ぽかんと口を開けたユメルは、目の前で起こった現象に唖然としながらも、ファルネスさんに対し質問を投げかける。

 そんな誰もが思っているだろう質問に対し、笑いながら、まるでユメルがおかしなことを言っているかのようにファルネスさんは答える。


「もちろん、霊剣抜刀エティソールはしていないよ。ほら、証拠にミラはそこにいるだろう?」


 指さした先には、平然といつも通りの凛とした表情で立っているミラさんがいる。


「これは、私の純粋な身体能力によるものだし、皆んなもその内この位には動けるようになるぞー。次に見せるのが、妖精剣士シェダハとしての能力だ」


 そう言うと、元々立っていたミラさんの横に戻りながら、砕けた鉄剣の持ち手を投げ捨てる。


「ミラ、いける?」

「……えぇ、待ちくたびれました。それと、剣壊したのと木に対して斬りかかったの、アタシ絶対に一緒に謝りに行きませんからね?」

「えー……そんな冷たいこと言うなって!」

「当たり前でしょう!資料を作成していたアタシを、急に掴んで外に連れてきたと思ったらこれですよ?あなたのせいで減給されたくありません!」


 ふんっと首を捻り、そっぽを向くミラさんを宥めようとするファルネスさん。

 この学園に来てから堅苦しい二人しか見ていなかった為、仲睦まじい二人の様子を見ていると心が温かくなる。


「まぁ、その面倒くさそうな事は置いといて、待ちに待ったであろう霊剣抜刀エティソールの、その瞬間を見せるぞ。しっかりと脳裏に張り付けるように!」


 言い終わったと同時に、腕を肩の高さに上げ、手の平を目一杯に開くファルネスさん。そして、


霊剣抜刀エティソール……」


 ファルネスさんが、詠唱のような文言を唱えたその直後、ミラさんの体が白い発光を帯びだし、光の粉々となって空気中へと飛散する。


「神剣……ミラファルア」


 ぽつんとそう言った瞬間、ファルネスさんの周囲に、近寄る者を全て焼き払うかの如く灼熱の業火が渦を巻き、徐々に収縮していく業火の中立っている妖精剣士シェダハの手には、美しい一本のつるぎが収まっていた。

 その剣には見たことのない紋様が刻まれており、紅く染まったその刀身は、先程現界した灼熱を脳裏に浮かび上がらせるのには充分すぎる紅い煌めきを放っている。


「はい、これが霊剣抜刀エティソールね。さっきまで、そこで喋ってたミラがこの剣に変わって、俺は今、妖精剣士シェダハ。それっ」


 ファルネスさんは、腑抜けた声を出しながら、持っている紅い剣をその場で軽く振ってみせた。


 刹那、轟音が鳴り響く。最初は誰もが、どこが音の振動の発信地なのか理解できていなかった。

 立ち尽くしていると、男女どちらの声なのか、悲鳴にも似た「え……ッ!?」という言葉を、さっきほんの少し抉られた太い木に向けた者がいた。

 そしてそこには、綺麗に一閃され地面へと切り倒された無惨な木材の姿を確認でき、切り口には確かに鋭利な刃物の後が残されていた。


「こんな感じで、並の人間には出来ない芸当が可能になる。ちなみに、こんなのは序の序の技で、剣から魔力の斬撃を放っただけ。皆んなも分かったと思うけど、はっきり言って威力も殺傷能力も比べ物にならない」


 生徒達は唖然とするだけで、誰も言葉を発さない。まぁ、それもそうだろうなと俺は一人で納得する。これは、もはや驚きや畏怖の段階を通り過ぎているのだ。


「私が持てる全てを、この一年君達に教えよう。この学園に来る者は、妖精紋に選ばれたのはもちろん、魔族によって家族や大切な人を殺されたり、帰る場所を壊された者が大半だ。今見た通り、この力は魔族と対等以上に渡り合うすべを与えてくれる唯一無二の神秘」


 ほんの少し扇状的な表情をしたファルネスさんは、この場にいる全ての生徒と目を合わせていくように、それぞれの顔を、表情を、憎悪を眺めていく。


「この力と、現最強と謳われる妖精剣士シェダハによる直々の指導を受けたかったら死ぬ気で契約ペアを交わせ。それが君達の、最初の復讐となるのだから」


 俺は話を聞きながら、口の中で血液特有の鉄の味を感じた。どうやら、知らずの内に奥歯を強く噛み締めていたらしい。


 もう二度と、大切な人が目の前で死んでいくのは見たくない。

 もう二度と、自分の無力さに後悔をしたくない。


 皆の重い意識を遮るかのように、授業の終わりを告げる低い鐘の音が鳴る。


「午前の授業はここまで。午後は、基礎体力を上げる結構キツいメニューがあるから、昼食はしっかりと摂るように!後、タイミング的に今だと思うから伝えておくけど……」


 心なしか俺の方に視線を向けたファルネスさんは、淡々と続ける。


「フィルニア学園を含む、全五校にそれぞれ入学した一年の中から五人、今年対魔本部ジェーラメントが総力を挙げて行う、『ローネア奪還戦争』に参加する権利が与えられるから、そのつもりで。まぁ、ここで戦果を出せば、卒業後すぐに、私や他の有名な妖精剣士シェダハと肩を並べて、第一線に駆り出されるだろうな。その選抜、半年後に実施するって話が出てるから、興味がある人は目指してみてもいいかもな」


 それだけ言い終わると、踵を返し足早に校舎へと去っていくファルネスさん。


 他の生徒達も、最初こそ立ち止まって何かを考えてはいたが、すぐに散り散りとなる。

 そんな中、俺だけはその場を動くことはできなかった。


 さっきのファルネスさんの話、別に有名な妖精剣士シェダハと肩を並べるとか、戦果を出すとかそこら辺は、はっきり言ってどうでも良かった。

 ただ、何故どうして、あの街の名前が。俺の故郷の名前が出てくるのだろうか。


 ……奪還。

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