第85話 魔術師の工房(弟子の奥の手は大抵あの子)。
此処で一度視点と場所が大きく変わり、塔の外、ダンジョンの外、さらに学園の外まで出る。
「……」
魔術師のシュウが拠点としている建物。一室にてヴィットの拘束に使用した鎖を円に魔術陣が描かれて、その中心で座るように浮いている。眠るように瞳を閉じて。……下にはブヨブヨと銀色の液体あり。
「……」
静かに瞑想するシュウを護衛剣士であるクレハがジッと見守る。当然周囲にも気を配っていつでもガード出来るようにしているが……。
「焦るなクレハ。もう少しで安全なゲートを繋げれる」
「ごめん、焦ったいと思って。あのスライムが入れてるんだし大丈夫じゃないの?」
変態のヴィットが龍崎に頼まれて渡して来た銀色の物体。
初めは何だこれはとシュウもクレハも目を向けたが、すぐに物体がブヨブヨと動き出して物体と龍崎を疑った。
メタル君と呼ぶメタルスライム。
そしてそれを使った龍崎刃の無茶苦茶な作戦に。
「私の転移魔術を利用して出現した塔の内部にスライムを転移させる。結界を張っていたのと彼らの位置から算出して転移し易い座標を導き出したが……なかなか面白い事を考える」
「対象物がスライムだから出来る芸当ね。人はもちろんだけど大抵の生物なら命の保証は全く出来ないわ」
作戦内容は至ってシンプルなものだった。
まずシュウが張っている結界に探知、もしくは内部に隠れていた塔を探す。想定外な事も多かったが、無事に発見する事が出来た。
次にシュウが扱っている転移の魔術。張っている結界や刃達の位置を魔力で読み取りながら塔も正確な位置を割り出す。殆ど探知結界任せであったが、巨大物体だったお陰でアバウトでも上手く行ける状況だった。
最後に受け取っていたメタルスライムのメタル君の出番だ。
座標を割り出したシュウの転移魔術を使って離れている塔の内部までスライムを転移させた。リスクは当然ありかなり運任せな転移な為に物体の内部へ転移の危険があったが、分裂能力もあるメタル君。いつの間にか身に付けていたスキル『溶解』もあって無事に内部で生存。外にいる分裂体を通して主人である刃と分裂体を持つシュウヘ伝えていた。
そして刃達が学園のダンジョン内に隠れていた塔の内部へ侵入している最中。
同じくシュウたちもスライムの位置を利用した転移で内部へ侵入していた。もちろん刃たちとは別ルートを選んでおり、案内してくれているメタル君に従い隠されていた部屋へ辿り着いていた。
「此処が核の部屋か」
「凄い魔力が集まってるわね……! 部屋に入るまで分からなかった」
「見た目は普通だが、無数にある扉はカモフラージュ。私たちのような勘の鋭い者が探しに来ても、魔力が完全遮断されたこの空間に辿り着けなくさせるのが目的だろう」
よく考えられている。通路にトラップを敢えて用意しなかったのも何もないと誤認させるのが狙いか。
シュウは設計者であろう魔神に感心するが、同時に裏道を見つけていた刃の悪知恵が上回った現実にやや苦笑気味な表情を浮かべた。
「ッ……シュウ!」
「アレだな」
巨大な魔力の核が置かれている場所の側。
闇の祭壇にしか見えないソレと置かれている赤い棺。情報通りならあの中に……。
「取り出そう。厄介な儀式が始まる前に」
「へぇぇぇぇ、それも知ってるだぁ? だったら生かしておけないなぁ〜?」
声がした。部屋に静かに響いた影響か位置が咄嗟に特定出来なかった。
「シュウ!」
しかし、それは頼りになる剣士の出番でもあった。
引き抜かれた光輝く剣を振って、シュウの首を狙っていた魔神の手刀を弾いた。……密かに彼の鎖も動いていたが。
さらに反転した勢いを利用し追撃。斬りかかるが、魔神の放つ暗黒の障壁が邪魔してくる。突っ込もうしたが、雷に変化し始めたのを見てやむなく後退した。
「念を入れていたのか? それともこちらの動きを読まれてたのか?」
「後者だよ。そのスライムは見落としてたけど狙ってくる可能性は考えていたさ」
仮面と白いドレスのような格好の女性。魔神は白い髪を揺らして優雅に暗黒の魔力を帯びている指先を向ける。
「君のような人間もいるんだ。警戒して当然だろ?」
「なるほど、確かに警戒して当然か」
もし他人の立場であったら自分もそうしただろうとシュウは苦笑いしながら頷いた。
置かれている棺をそっと目を向けた。
「世界を超えた死者の蘇生か……世界のバランスを崩す気か?」
「元々偽りのバランスだよ? ボクたちはただあるべき形に……戻したいだけさぁー!」
容赦なく飛び掛かって来る。この場所を見られた以上シュウを生かしておくメリットは魔神にはなかったからだ。ただし……
「させると思う!?」
「出来ないと思うかなぁ!?」
立ち塞がる障害もまたデメリットな程厄介であるが。
シュウに向かって襲って来る魔神をクレハは光の斬撃で追い払うが、魔神は手刀や蹴りで斬撃を簡単に弾く。
「邪・魔・だ・よ!」
そこから指先を向けて魔法を放つ。
暗黒の暴風がクレハと背後のシュウを飲み込もうとするが。
「クレハ!」
「──っ!」
鋭いシュウの呼び掛けに咄嗟に伏せるクレハ。
その背後でシュウが黒いマントを翼ように両手で掴んで揺らしている。するとマントから魔術陣のような魔術の文字が浮かび上がる。盾にするようにシュウはクレハごとマントで自身を覆った。
そして暴風は彼らを飲み込んだが、過ぎ去った場所でジッとしていた彼らに一切の傷はなかった。
「障壁の魔術か。噂には聞いてたけど……」
暴風を流された魔神。続けて暗黒の炎を生み出して放つが、今度はクレハの光の剣撃で両断される。よく見ると光で見え難いが、光の刃にも魔術の文字が刻まれていた。
「魔道具作りがお得意なようだねぇ。流石『鍛治の神』に仕えてるだけある」
「争いも嫌いな神さまだ。私も賛同しているからこうして使命を果たしているんだ」
神々の戦争を起こさない為に。だが、それももう難しくなってきた。
「止まらないのか? このまま突き進めば暴走するだけだぞ」
「もうボクの一存程度じゃ遅れる事もないなぁー。君らだって分かってるだろ?」
両手に暗黒の刃を生み出して問い返す。シュウは鎖を出してクレハは剣を突き付け流ように構えた。
「そうだ! 止まる訳がないッ!! 君らが滅ぼすまでボクらの憎しみは消えたりしないッ!!」
「全ての世界を巻き込んでもかッ!? それが元神としての答えなのかッ!?」
「迫害したのは君の背後にいる奴らだッ! おい、聞こえているだろ『宝具神』! 中立派と言いながら貴様も世界を滅ぼす程の破壊兵器を何度も生み出して来ただろう! 何が平和主義者だ。偽善者め!」
やはり……話し合いは無理なのか。仮面越しでも分かるほど憤怒の魔神を見て、シュウは静かに首を横に振って切り替える。
「これ以上の対話は不要のようね」
「仕方ない。戦うのは嫌だが、やられる訳にもいかない」
マントの中を探ると白いキューブのような物を取り出す。
また新たな魔道具かと、警戒する魔神に向かってシュウは平然とキューブを放り投げた。
「ッ!」
条件反射。そう言っても良いレベルの素早い魔神の攻撃。片手の刃を投げて飛ばされたキューブを撃ち落としてキューブもバラバラに砕け散った……かに見えた。
「攻撃、すると思った」
「!?」
刹那、世界が白く染まった。
核と棺が置かれていた筈の部屋が物も何もない真っ白な空間へ切り替わった。
「この空間は……」
「ようこそ、我が工房へ」
困惑する彼女を他所に彼は優雅に両手を広げて歓迎する。
魔術師の工房は彼の武器庫である。何もない空間と思われるそこへ招き入れた時点で──
「調理の時間だ。我が魔術の真髄を見せよう」
彼女は袋のネズミであった。
キリが良かったのでここまでにしました。
今回は舞台裏の話。裏側を警戒していた魔神と接触。何だかんだ戦いに参戦してしまうシュウさんでした。
ここでちょっと計画中の短編のお話。
以前別物語で少し公開しました『妖精天使と召喚師(これも仮ですが、前に書いたタイトルが無駄に長いので省きます)』。知らん方が多いと思いますが、『元勇者と可愛くない後輩』でヒロインぽい子、『オリマス』の方で予告編を少しだけ公開してそれっきりでしたが、最近になってある程度設定がまとまってきたので、こちらの作品で短編版をちょっと公開してみる事にしました!
大まかな設定は後日またこちらでお知らせしますが……もう召喚師の扱いも崩壊してる感です。色々と変えちゃってるので、ご了承ください。