第83話 過去の敵と彼が愛した精霊(弟子は彼らを信じる事にした)。
「先に行ってくれ。此処はオレがやる」
「私たち、だよ。君だけを残すわけにはいかない」
零さんは言うといつの間にか黒い槍が握られていた。既に戦闘態勢に入っている様子で隣で九条さんもお札のような物を何枚か取り出していた。アレも異能の一種なのか?
「おい凪」
「一人でなんでもやろうとしている内は半人前。──何て龍崎君に説教していたのは君でしょう?」
「……」
不敵に笑う九条さん。それを見て早々に説得は無理だと零さんは息を吐く。それはそうと付き合ってないのかな?
「ハァ、というわけだ。悪いが、お前たちは先に行ってくれ。奴はこっちで引き付ける」
「全員で掛かるという選択もあるぞ?」
「多分ですがジークさん。奴はただの時間稼ぎの足止め。相当魔物を喰ってるから簡単に倒れないと思います。残るなら魔獣と戦いなれているオレたちが適役です」
確かに異質な気配でエネルギーの総量までは俺でも読めない。師匠なら読めるかもしれないが、零さんの言葉を聞いて否定しないところを見るとあのローブの王様は相当手強いようだ。心配な部分はあるが、此処は専門家でもある零さんたちを残すべきか。
「行きましょう師匠」
「ジン」
「師匠の魔力だって分身だから制限があるでしょ? あっちには魔神もいる。その前にこっちが消耗し切ってたら勝ち目はありません」
そうだ。今回のダンジョン戦で重要なのは、分身体である師匠の力をどこまで温存できるかだ。
俺だってやれる限り全力を尽くすが、既に反動がデカい『奥の手』を使った後だ。最低限の休息は取ったが、万全の状態とはとても言い難い。
「この世界にいる魔神は強敵です。正直俺でも勝てる自信はありません」
多分、どこかで倒れると思う。勘だけど。
もしそうなったら……もうアレしかなくなって、魔王戦か魔神戦のどっちかしか選べれなくなる。師匠には片方を頼まないといけない。
「零さんの世界にいた魔獣が出ている。何か行われているのは明らかである以上は急がないと」
「分かった。レイ、ナギ、悪いが先に行くぞ」
申し訳なさそうに師匠が告げる。本当は残りたいが、消耗戦を避けたい師匠も同じだった。
「行ってください」
「零の面倒は慣れてるんで」
「オレは子供か?」
二人のそんな軽口を背にして俺たちは塔を目指す。不思議な事にローブの怪物はこちらを見向きもしせずスルーした(目どころか顔も分からんけど)。
【……】
こちらに対する警戒は一切なくジッと零さんの方へ意識を向けているようだった。
「で、お前は──」
【ォオォオ】
彼らを見送ったところで零がローブの魔獣に問おうとした。
直後、洞窟内で稲妻が落ちる。魔獣が発生させて零の頭上から稲妻を落として来たが……。
「零!」
「問題ない」
まるで未来でも視えていたかのような回避動作。落雷が落ちて来る前に既に動いて魔獣との距離を詰めていた。
「……!」
【ォ、ォォ……】
黒色を纏った拳がローブにめり込む。苦しげな呻き声が漏らす魔獣の顔。フードで見えないだけか、顔を寄せた零が告げる。
「従わせる立場だった貴様が従わせる立場とは滑稽だな」
【ォオォオォォォォ!】
ローブが唸り上げると突風が吹き荒れてローブが飛び立つ。同時に地面から無数の岩石が飛び出す。零を押し潰そうと大量の質量が降り掛かって来るが、零は難なくとそれらを躱して生成した弓と矢を持つ。着地と同時に上空へ逃れようとする魔獣に向かって──
撃つ。
瞬間、撃った矢が分裂してローブの中心ではなく能力で発生させている風を捉えていた。直撃して黒色に染まり風の力が失われると自然落下を起こしてローブはあっという間に地上へ落下した。
【ォォオォオオオオ!】
しかし、ローブの魔獣も負けじを巨大な火炎玉を生成させる。
火山弾のように岩と混ぜ合わせて零に向かって飛ばして来る。
「『氷魔ノ護符』」
そこへ護りの札を持っていた凪が札を飛ばして援護。零の壁のように札から氷の障壁が展開されて、火山弾から彼を守った。
「ナイスフォローだ」
「あんな危ないヤツ一人で戦わせない。今度は私も付き合うよ」
異能【陰陽】。それよって生み出された式神の犬神、鴉魔、鎧武者が並んでいた。
「また置いて行ったら承知しないから」
「足手纏いになるなよ?」
【ォォォオオオオオォオオオ!】
鋭い目付きの凪に対して黒色の槍を肩に乗せて苦笑いの零。
苛立った様子の魔獣がローブを唸らせながら再び雷や炎を生み出していた。
予想はしていたが、入り口に入った途端ソイツが姿を現した。
中は洋風なダンス会場なステージである。奥に階段があるのでアレで上がれば上に行けると思うが。
「そう簡単にはいかなそうだ」
【ァアァアァァアァァ】
俯いた様子の真っ黒な肌の女。髪は真っ白で一瞬魔神の女かと思ったが、よく見ると全然違う。
ボロボロの布切れを羽織っているだけ。長い髪で顔はよく見えないが、ボロボロの布の隙間から見えるデカ過ぎる胸部は魔神のそれとは全然違った。いや、凝視はしてないぞ? 単純に目に入っただけで。
「この魔力の感じから精霊のような気もするが……」
「分かりません。私もこのタイプの精霊を見るのは初めてです。何なんでしょうか……明らかに普通の精霊の魔力とは違います」
「サクッと斬ればいいか?」
「「トオル(脳筋)は黙れ(ってください)」」
「酷い!」
師匠たち三人は平常運転。俺も二人に賛成だ。下手に攻撃すると何かヤバい気がする。……何というか有毒な何かの塊のような触るだけでもアウトな気がする。
流石に得体の知れない危険な気配を感じたか、トオルさんも次第に険しい表情になる。師匠たちもどうするか考えているが、精霊部門のマドカがお手上げの状態だとこちらとしても出せる手が限られている訳で……
「やれやれ……まさか彼女のご登場とはね」
と、それまで黙っていたヴィットが嘆くように呟いた。表情も何処か哀しげで俺たちの前に出ると振り返って告げた。
「彼女はオレのお相手だ。悪いけどみんなとは此処でお別れだ」
「良いのか? お前も奪われた何かを取り戻しに来たんだろ?」
「最終的に回収出来ればそれでいいんだ。君らが裏切らなければ……だけど?」
こちらを試すような視線。俺たちが答えるよりも前に顔を戻した。
「行ってくれ。彼女の危険度はよく知ってる。戦い始まったらこの階層の何処に居ても命の保証は出来ない」
「だが、それだとお前も危ないじゃ」
「ハハ、心配ない。だってオレには──」
言い切る前に光が二つ。赤と水色の光が彼の両端で発生する。
「頼りになる彼女たちがいるから」
収まると彼の両隣に赤色がイメージの女性と水色がイメージの女性が現れる。動き易い感じの着物姿をしてそれぞれが紅剣と青い薙刀を所持していた。……間違いなく精霊だ。しかも相当高位な分類の。
「──っっっ!?!?!?」
いや、それすら生ぬるいのか。珍しく呆けていたマドカが次の瞬間には誰でも分かるくらい狼狽している。この中で唯一精霊に詳しい彼女だからこそ分かる彼女らの危険度。師匠たちも警戒したが、ヴィットが大丈夫だと手を振った。
「彼女らが……四神の?」
「ああ、だから大丈夫だ。いいから行ってくれ」
親指を立てて笑顔で告げるが、本当に大丈夫か? けど余裕がないし、ヤバい敵だと知っていながら引き受けると言ったヴィットの対応を無下にも出来ない。
「頼むぞヴィット。盗まれた物は必ず取り返す」
「任されたからそっちも頼むぜ?」
分かっている。俺は頷くと先頭に立って先に階層を向かった。心配そうだったが、師匠たちも一緒に来てくれた。
「『死の女神』アリア。君まで復活してたのか」
【アァァアアァ】
悲痛な顔でアリアと呼ばれる白髪の精霊を見つめるヴィット。
並んでいる二人の精霊も辛そうに噛み締めている。悔しげに見えるのはかつての同志だからだろう。
【ヴィット】
【ヴィットさん】
「ああ、分かってる。また解放しないとな」
腰に付けていた鎖が反応する。細い剣になったそれを彼は握り締めてアリアに向かって構えた。
「オレのすべての想いを込める。アリア、君を救おう」
【アァァアアアアアアア!】
その言葉が引き金となったか。アリアの周囲から毒々しいオーラが吹き荒れる。不吉が込められた『負の呪い』だ。巨大な煙となってヴィットたちに迫って来るが。
「容赦ないな。けど……!」
構えていた剣に気の一種である『煌気』を集中させる。発光して刃が大きくなったように見える。
「対策くらい考えてるさ!」
大剣となったそれを振り下ろす。煌気が解放されて毒々しい煙を追い払う。衝撃波となってアリアをも吹き飛ばすが。
【アァアアア!】
【っ、アリア!】
衝撃波に押されそうになるもアリアは身体をくねらせて、衝撃波の隙間を縫うようにヴィットへ接近。それに反応して『朱雀の女神』コロが紅剣を迎え撃つが、アリアも毒々しい『負の鎌』を作り出してコロに襲い掛かる。
【アリアさん!】
『青龍の女神』ルナも薙刀を振るい加勢する。姉妹の動きは見事にマッチしており、僅かなアイコンタクトだけで獣ようなアリアの鎌攻撃を弾き飛ばした。
「煌気閃剣術──『空呀閃』!」
貫通系の剣術。煌気が込められた鋭い突きが穿つようにアリアの胸元を貫いた。
……ように見えた。
【……ァ、ァァァアアアアアア!】
「──!? ギリギリ躱したか!」
本来精霊に確かな実体は存在しない。
だが、高位の精霊たちは力を十分に発揮するために敢えて実体化している者が多い。ルナやコロもそうだが、アリアもさっきまでは確かに実体化して肉体も固定されていた。……だが
【アァアァアァアァ!】
ヴィットの攻撃が届く前にアリアは一時的に貫かれる部分だけ実体化を解いていた。
「戦いの記憶はそのまま残っている?」
唖然としているヴィットを他所にアリアは接近して来た彼を覆うように『負の呪い』の棘を何本を配置させる。包囲して一気に彼を仕留めようとした。




