第76話 異世界の来訪者たち 圧倒編(裏の異変を弟子は知らない)。
刃の妹、神崎緋奈は混乱している。
神童と呼ばれて神崎家の次期後継者。父が隊長を務める警務部隊にも所属して、中学生で足りない経験も少なからず積んで来た。
まだまだ甘い部分はあるが、【魔法剣士】の階級に相応しい技量と魔法を所持していた。
「何、あれ……」
見失った兄を追って派生魔法も使ってどうにか辿り着いた。
場所は近くの公園付きの広場。隣街に住んでいる彼女が利用した事はなかったが、広がる光景に言葉を失っている。
広場に入るまでは見えなかった空に浮かぶ巨大な塔。兄や博物館で目撃した男性、あと炎を操る赤い人が戦っているのは見た事ない巨大な怪物と人型の人外。他にも二名ほど兄側の後方で控えているが、何故か戦闘には参加していない。
ただ、退がっている内の一人は緋奈も見覚えがあった。
「マドカ・イグス……確か兄さんが通ってる学園の新人魔法教師」
兄がいる学園の情報は可能な限り集めている。マドカの事も先ほど桜香が口にした事もあってすぐ思い出せたが……。
「……気になる」
そう、疑問に思ったのはこの場にいる事だけではない。
学園に関する記憶を呼び起こしていくと、つい最近の屈辱的な記憶まで起き上がってくる。
「……っ」
兄を退学させようとして失敗した一件。ただ失敗しただけなら彼女もそこまで気にする事はなかったが、失敗した代償として彼女は警告と一緒にとんでもない写真が送られた。
「あの脚……似ている気が」
愛しい兄を膝枕する女の写真。
太ももしか写ってなかったが、同性ならアレだけでも女性だと分かる。
兄の寝顔を奪ったドロボー猫。自身をメイドと名乗っているが、その正体は未だに不明。
「同じくらい小さかった気がするけど……もっと情報があれば」
神崎家の力を使って兄の身辺調査は何度も行っているが、その殆どは学園に関する事が多い。実際神崎家の目となる関係者は何人か紛れ込んでいるが……。
「家の方はお祖父様やお父様の所為で干渉が出来ませんからね」
龍崎家の周辺となると極めて難しくなる。
本邸である寺は基本開放されているが、神崎家に関してのみ周辺の出入りすら厳しくほぼ情報が取れていない。偶に女性の報告もあるが、子供だったり年配の女性、臨時の使用人などで正確性に欠けていた。
「……可能性は高いけどこの状況、どうすれば……」
言いたくはないが、どう見てもレベルが違い過ぎる。
希少な魔法を使い家の剣術も覚えている彼女であっても、地響きや爆炎で荒れているこんな戦場では介入しても何が出来る気がしない。
下手をすれば兄を混乱させて足を引っ張る未来しか見えない。
「……退くべきですね。不本意ですが、とりあえずお父様に連絡して周辺の避難を──「その前にボクに付き合ってよ。妹ちゃん」」
スマホを取り出した手が背後から伸びてきた白い手によって阻まれる。
反射的に振り返るが、また白い手が彼女の顔を覆う。刹那の思考すら許されず触れると同時に彼女の意識は闇に堕ちた。
「──?」
「どうしたマドカ」
「いえ……何か感じた気がしたんですが……」
魔法に集中していたマドカが突然視線を巡らせる。……微かに感じた違和感に目を細める。
隣で首を傾げてトオルが尋ねると何か考える仕草をするが、特別周囲に何かを感じる事はなかった。
「多分勘違いですね。すみません作業に戻ります」
「ん、そうか」
結局気のせいだと頭に僅かに浮かんだ違和感を隅に捨てた。
ヴィットが放った太陽の一撃。
倒す事は出来なかったが、巨大な煙が晴れると外装がボロボロのスモアが姿を現した。
血も流しておりエラと呼ばれるダークエルフが精霊魔法で癒そうとしていたが。
「【邪魔をするな!】」
ヴィットの一喝。言霊のようにスモアを癒そうとしたエラの精霊を硬直させた。
『っ──四神使い!』
「オレのいる前で精霊を使役するリスクを忘れたか? 半端な中級以下の精霊じゃ【心王の絆】は防げないぞ?」
『腹立たしい! 純血どころか混血ですらない人間が!』
激情に駆られたエラの背後に大きな紫色の薔薇が召喚される。──精霊召喚。
『スモアは回復を優先してください! 貴方の回復が間に合えば……!』
「畳み掛けるなら今か」
『ッ……死神っ!』
ボロボロのスモアに指示を送っていたツファームに零さんが仕掛ける。
黒雷を纏った移動で一気にツファームの懐へ入り込む。ツファームは咄嗟に空間の障壁を出したが、魔力にも有効な零さんの槍を抑え切れず、貫通した一槍がツファームの脇腹を貫いた。
『ゴバァ!?』
「お前は自分の心配をした方がいい。今度こそ決めさせてもらう」
俺は俺で役割を果たす事にする。
右腕に『煉天』の魔力を集中させた。
「『煉溶岩の拳槌』!」
煉天の茶色と赤色の籠手が生み出される。
各赤い部分から蒸気と一緒に火が噴き出す。
「『煉天』解放!『鬼殺し』!」
凝縮された一撃、魔物殺しのスキルも加えた拳がスモアの胸元へ打ち込まれる。
一気に体内まで『鬼殺し』の魔力が流れ込んでスモアの魔力と混ざり合う。次第に体内の魔力が膨張して彼の制御から外れていく。
「一体撃破」
『ゴ、ゴバァ……!? ゴバァアアアアアアアアーー!?』
実際に体は膨らんでいないのに腹を押さえる。
だが、制御を失った魔力は爆発物へと変化。膨張が臨界点を越えるとスモアの強靭で巨大な肉体を内部から爆破させた。
『う、嘘でしょスモアっ!』
「美少女を傷付けるオレの美学に反するが……悪く思うなよ」
『──ッ、四神ッ』
手元に呼び出した紅蓮の剣。片手で構えたヴィットが日輪の流星となってエラへ迫る。
不意を突いた奇襲であるが、エラが呼び出した薔薇の精霊が立ち塞がる。花弁から花粉のような毒霧と紫色の魔力球を撃ってくるが……。
「──『朱雀翼炎』」
構えた紅蓮の剣で大きく横薙ぎ。赤き斬撃が翼のように迫ってくる毒霧と魔力球を横に両断して消し飛ばす。
巨大な薔薇が彼を取り囲もうとするが、炎翼に燃え斬れて灰になってしまった。
『そ、そんn──』
「二体撃破」
赤き翼の斬撃はエラも飲み込んで勢いよく火を吹いた。
燃えていく彼女に背を向けてヴィットは悲しそうな顔で静かに黙祷した。
「残るは貴様だけだ。ペテン師」
『……我々の負けか』
抵抗にと大量の空間の渦を展開するツファームだが、僅かな間にギリギリだった状況は絶望的なものへと変わっている。
決して通すものかという気持ちに変わりはないが、相手が悪過ぎる。しかも、同胞たちがやられて残っているのは自分のみ。力量差や相性が計算出来ないほど愚かではなかった。
『だが、主人の敗北はあり得ません。それに此処で我々を倒してもまた──』
「三体撃破……」
言い終える前に黒き雷の槍がツファームの心臓を貫いた。
本来外傷は与えない零の異能であるが、零が殺意を込めた時だけ肉体にも影響を与える。
「アウトだって言った筈だ」
【ー始雷ー黒鳴】
そして本来能力である『魂狩り』の効果が発動する。
ツファームの魂を黒き槍に込められた雷鳴が狩り取った。
「まずは第一の壁突破だな」
かなり苦労したが、増援もあって余力を多めに残して突破出来た。
だが、まだ油断ならない。ダークエルフはともかく他の二人は確かに一度倒している。それなのに強化された上で戻って来た。
これはあくまで推測の域であり得ない事だが、奴らは何度でも蘇る。浮かんでいる塔を──。
「まだ終わってないぞジン!」
「分かってる! 塔を破壊しないと終わらないだろ!」
戦いが終わった直後、マドカの護衛をしていたトオルさんが叫ぶ。
言われなくなって実際に経験した以上、こっちだって気付いている。
「ヴィット、零さん! 塔を破壊します。力を貸してください!」
「いいけど、なんでオレの方は呼び捨てなの?」
「敬意を払っているかどうかの違いだが? 文句あるか?」
「全くありません」
何てふざけつつもヴィットも手に炎を込めていた。
俺も銃を用意しつつ念の為に確認を取る。
「間に合ってくれて助かったが、アレはちゃんと届けたよな?」
「あれか? ああ、言われた通り渡しておいたが、あれが意味あるのか?」
「いざという時の保険だ。使わずに済むならそれでいいが」
こうして簡単に砦が落ちてくれるならな。不要になっただけで済む。
しかしこれまでの経験が言っている。こういう時は必ずよくない展開になると。
「オレから行く。皆続け」
黙ったままの雷の槍を構えた零さんが言う。
振り上げて上空の塔へ雷の槍を飛ばしたが……。
「そうはさせないよ」
「──ッ!」
雷の槍は黒い雷を迸らせて一直線に伸びて行ったが、届く手前で突如出現した者の蹴りによって弾かれてしまう。
よく覚えのある仮面と白い格好のドレス姿。長い白い髪を揺らしてそいつは俺たちを見下ろすように現れた。
「やっぱり生きていたのか魔神!」
「また会えたね。龍崎刃くん」
仮面の奥で瞳が憎たらしく笑っていた。俺の殺気なんて気にした風もない。
記憶が殆どなく倒したかどうか不明だった魔神。そいつが再び俺たちの前に立ち塞がって来た。
本当はもう少し進めたかったのですが、間に色々と詰め込んだので一旦切り上げました。
次回はいよいよ魔神も参戦する逆襲編。
章で言うと前編がそろそろ終わって後編へと移ります。




