第73話 死神は短気でシスコン中毒者(弟子はただ世界を守りたい)。
黒髪の青年、泉零。シャツの私服姿で年齢は分からないが、多分歳近いと思う。
事実だとすれば師匠も敵に回すと厄介な最凶の異能使いじゃないか。
「貴方が死神……」
「一応人間なんだけな。何故かそう呼ばれてる」
師匠が言っていた冷徹かつ容赦ない異能使い。この人がそうだとしたら結構ヤバくないか?
「ど、どうしてこんなところに?」
「連中に異世界移動に巻き込まれてな。連れもこの世界にいる筈なんだが、現在逸れてる」
また魔王や魔神の所為か。本当にいい加減にしろよ。
「おっと、話は後だ。どうやらまだ終わってないようだ」
泉さんは言うとまた倒壊した建物からアンデットが湧き出て来る。相変わらず種類はバラバラであるが、せっかく押さえたのにこれではまたパニックになって……。
「出よ【黒夜】」
湧き出るアンデットたちを冷たい眼差しで捉えて手を上げた泉さん。
するとまた真っ黒なオーラが出て来て形を成す。先ほどよりも矢のように尖った長い槍が出現して彼の手に収まると……。
「射殺せよ」
重さを感じさせない綺麗なフォームからの槍投げ。まだ隊員たちが残っていたが、泉さんは構う事なく軽々と槍を投げた。
ー始槍ー黑槍波動
そして建物の真ん中、真下に打ち込まれた槍から真っ黒なオーラが解放される。
生まれようとした魔物を含めた徘徊し始めた魔物全てがオーラを浴びると煙のように消滅した。
「ふっ!」
だが泉さんは止まらない。高々とその場で翔び立つ。
握り締めた拳に漆黒のオーラを纏う。落下した勢いと共に槍が打ち込まれた地点へ漆黒の拳を叩き込んだ。
「アウトだ」
『───』
バキバキと何かが砕け散ったような音がした。
次の瞬間、俺が倒した魔王の手下が消えたように暗黒の煙が建物全体から発生。
収まると泉さんはこちらに振り返る。さっきまでの冷たい目や無表情ではなく微かに笑みを浮かべた顔に戻っていた。
ところでいつの間にか親父が側まで戻って来ていた。
「これはどういう事だ刃? 彼は何だ? 知り合いなのか?」
当然であるが、この場には親父が率いる警務部隊の面々が揃っている。
桜香や緋奈を含めて何人も唖然とした様子で泉さんを見ていた。親父も多少は動揺しているが、いち早く復帰したようで厳しい顔付きの親父の問い掛けに対し、俺自身も困惑が勝っている訳で……
「え、えと……嘘なく言うけど、マジで分かんない」
「……」
厳しい顔付きが余計に険しくなった。ですよねー。でもこう答える他ないよ。俺だって全然知らない側の人間だし。
「刃」
なんて俺が結構マジで困っていると困らせている本人が戻って来た。遠慮はないのか周囲の複雑な視線なんて気にせず俺の方に話しかけて来たが……いきなり名前呼びですか?
「移動しよう。此処にはもう要はない。君のお友達と合流しよう」
「悪いが、待ってもらおうか」
泉さんは既に事態を把握しているのか移動しようと促すが、親父が割って入って来る。……けど泉さんは親父の方を見ない。なんか目が冷めた感じになったような……。
「何か知っているようだが、我々にも分かるように説明してくれないか?」
「……」
「黙秘するなら……拘束させてもらうぞ?」
何処か遠目で黙っている泉さんに対して親父は強気だ。
その間に何人かの隊員が俺と泉さんを周りを包囲している。桜香や緋奈も戸惑いつつも泉さんを睨んでおり、状況はかなり厄介な方向へ進んでいるようだが……。
「……」
泉さんはまだ遠目をしている。視点が合ってないようにも見えるが、それが親父の問い掛けを無視する為ではなく、現在起きている事態の先を視る為なのだと、次の瞬間には理解させられた。
「──見つけた。行くぞ」
「拘束すると言ったぞ」
彼の呟きに話し合いは無理だと察した親父が隊員たちに目で拘束を指示したが、彼らが俺や泉さんに触れる事はなかった。
「邪魔だ」
再び表情が無へと変わった途端、強烈な威圧感が拘束の為に近付いた隊員たちの意識を狩り取る。事切れたように崩れて倒れ込んだ。
「むっ!? 貴様ッ!」
近付いた数名が一斉に倒れて泉さんの危険度を察した親父が剣を抜こうとする。だが、抜こうとする寸前で向けられた泉さんの冷たい眼差し。圧倒的な絶対零度な瞳に見つめられて親父の動きが凍り付いたように固まった。
「──ッ、何故!? 何故動かない!?」
「……多少は圧力に耐性があるようだが、心のレベルはまだ足りないな」
そうして他の面々が警戒する中、包囲を無視するように高いジャンプで飛び越えた。
「急ぐぞ。付いて来い刃」
「はぁ、分かりましたよ」
親父や桜香たちに申し訳ないが、まともに説明出来るわけないので同じように飛び越えて包囲を抜ける。
「少しは説明が欲しいんですが」
「走りながら話そう。君の友達もそっちに行ってる筈だ」
そう言って泉さんが先へ走り出す。魔力による強化なしで車並みの速さだ。
「流石に俺は強化するけど」
基本的な肉体レベルで追い付くのは大変なので魔力で脚力を強化。見失わない速度で泉さんの後を追った。
『死神まで来ていたか。まさかあの悪霊の呪いを丸ごと破壊するとは……』
『もう時間がありません主人よ! すぐにでも儀式を!』
外からは姿を消している空を飛ぶ塔の内部でのやり取り。
装飾された巨大な椅子に座っている黄金の魔王ファフニール。その前で跪く赤い老人魔法使いツファームは強く進言する。時間稼ぎのアンデットも使えない以上は重要な儀式を急ぐ必要があると主張したが……。
『勿論そのつもりだが、肝心の魔力が全く溜まり切っていない。チャージを始めれば奴らもこの場所を見つけ出す』
『この命に賭けても必ずや死守します!』
此処までついて来たツファームの覚悟はとうに決まっていた。
たとえ魔王に堕ちても主人は主人なのだ。この身が滅び去るまで主人の為に尽くすと、主人が魔王になる前から既に決めていた。
「なんならボクも手を貸そうか?」
とそこへまたあの声が届いてくる。
主人を惑わした魔神の女の声。声のする方へ主人もツファームも視線を向けた先の影が人の形になって……笑った。
『盗み聞きか……本当に腹の立つ女だ』
「大変そうだからね。一応上司でもあるボクも少々サポートしてあげようかなぁって」
『……』
ニヤリと影の口元が笑った。
その提案に主人は数秒ほど黙ると、予想外な事態の急変もあり渋々といった様子ではあるが、魔神の提案に承諾の意思を示した。
「刃! 無事でしたか!」
「よぉジン! 久しぶりだな!」
しばらく走っているとそこは通っている学園の近くの広場。遊具は少ないが、普段は子供やトレーニングに来る人が沢山いるが、どうやら何かして全員遠ざけたようだ。
「まさかトオルさんまで来てるなんて……師匠は俺が嫌いなのか」
「なんて悲しげな顔なんだ!? ジークと同じ疫病神扱いかオレは!」
逸れたマドカや呼んでもないトオルさん(*扱い酷いのは日々の行い)と合流する。こっちはこっちで色々とトラブルを起こしたみたいだが、どうやら無事であった。と安堵していたが。
「……オレの連れは何処だ?」
「っ」
感情が戻った表情の泉さんがマドカに問い掛ける。ただそれだけなのに視線を向けられた途端、マドカの表情に恐怖が宿った。普段は表情がロクに変化しない。戦闘中の無な泉さんとは違うが、そんな彼女が付き合いの長い俺でなくても分かるくらい怯えている。何故?
「刃……ヘルプです」
しまいには俺の後ろに隠れちゃったよ。どういう事だ?
悪魔と対面しているかのような怯え具合。師匠も警戒していると言っていたが、マドカも知っていたのか?
「……オレが何かしt──いや、お前が何か言ったな侍。初対面でこの対応はどういう事だ?」
「待て待て待て! 誤解だって!」
マドカの方は分からないが、どうやらトオルさんは知り合いらしい。なんか凄いビビってるが、何かしたのだろうか?
「……まぁいい。その話はまた今度だ。これ以上はオレも長いしたくない」
そして諦めたか(全然諦めてないが)切り替えた泉さんが何もない筈の広場の真上を睨み付けた。……まさか。
「奴らが害悪なら此処で叩く。終わったらジークさんに元の世界まで帰してもらうからな」
「ま、待ってくれレイ。気持ちは分かるが、今回は生捕りがメインなんだ。やり過ぎるのは……」
「──断る。今のオレは気が短いんだ。よく分かっている筈だろミヤモト?」
鋭い目付きがトオルさんを捉える。大柄な体格で怖い形相なトオルさんでもビクリと震えるほど。……マジで何があった。
「……この世界に来てもう三時間以上が経過した。元の世界では一時間……オレは」
苛立ちが高まっているのかギリギリと歯切りをしている。気のせいか全身からあの黒いオーラが漏れている気がする。
何がそんなに彼を苛立たせているというのか、マドカはただただ怯えているが、知り合いらしいトオルさんは何か察しているようでゴクリと喉を鳴らして顔を青ざめていた。
「合わせて四時間近く……オレは彼女に会ってない!」
「──え、彼女?」
目に光が消えた。黒い瞳が闇が宿った気がした。
困惑する俺を他所に泉さんは拳を握り締めて訴える。
「──もう四時間も愛する妹と会ってないんだよクソ野郎がァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「…………(思考停止)」
怖いレベルで無感情な表情を見せていた人がこれでもかって言うくらい怒りの雄叫びを上げました。
「かつてオレはジークの指示で彼の世界に調査に窺った事があった」
「いきなり何説明入ってんですか?」
「そして調査の中でジークが目を付けていた彼の周りも調べていたが……」
「あの説明要らないんでさっさと終わらせません?」
俺も初対面だけど理解したわ。この人をこれ以上この世界に残ってしたら世界が滅びるわ。
何処かのベー◯ー卿みたいな暗黒オーラを漏らして息を吐く。……なんか息も黒くなってない?
「敵は殲滅一択だ。盗まれたっていうお宝は見つかったらついでに取り返す」
「後でシュウさんとヴィットに謝った方がいいかなぁー」
盗まれた品々が何か。俺は全く知らないけどわざわざ世界を越えて来たくらいだ。戻らなかったら騒ぐだろうなぁー。
「まぁこの世界の俺にはどうでもいいけど」
結局優先すべきは敵の排除だ。そこは泉さんと同じ意見である。
ジークさんの指示でやって来たトオルさんにも何か事情があるかもしれないが、俺は──。
「俺はこの世界を守れればそれでいい」
「そうか……お前もか」
そんな俺の言葉を聞いていつの間にか落ち着いた様子の泉さんが小さく答えた。
その表情は何処か悲しそうで辛そうで、寂しそうな、複雑な表情という言葉が近いが、何か自分自身を見つめているような……本当に複雑過ぎる気持ちが混じった表情をしていた。