第52話 六日目の夜は爆食いから始まり……(弟子はカミングアウトを……)。
「ほら“凍れ”」
『ブウゥゥゥゥゥゥゥゥ!?』
凍り付いたのは真っ赤な魚の姿した魔物──レッド・フィッシュ。
門の前にある赤い沼に潜んでいたイルカや巨大サメくらいの大きさの第四層の門番だ。
二メートルはあるデカさと巨大木のような太さの魚だが……俺はまだサナさんの力をお借りしている状態だ。
「決めろミコ!」
「オーケー! ウォォォォォ!」
完全に凍り付いたソイツに向かって、金色の炎翼を生やしたミコの蹴りが叩き込まれる。
バキバキと砕け散る巨大魚。危うくミコが血の池地獄に落ちそうになるが、その時には池の色は真っ白な氷色。ちゃんと氷漬けにしておいた。
「ふぅ……」
「大丈夫か?」
「ああ、もう解除する」
自然と息が漏れてミコから心配され、問題ないと首を振るが、既にヤバいラインに入っている事に変わりない。門番も倒したので『擬似・究極原初魔法』を解除した。
途端、身体中の血が無くなった気がした。
魔力が感じられなくなり、すぐさま気で補おうとするが……追いつかない。
「──ッ、あれ?」
「ッ!? ジン!」
倒れそうになったが、ミコが抱えてくれた。ナイスだミコ。
「どうした顔色が最悪だぞ!? あの変な格好が原因か!?」
「あー……そういえば気の魔力補充。もう結構やってたわ」
気は体力に繋がっている。連戦続きで三回以上やってるし、融合スキルの『魔力・融合化』、第二権能の『一体化』と『属性融合』も連続で使用している。その度に消耗した魔力を気で補充していた。……つまり
「完全にガス欠だな」
「冷静な分析だが、もうちょっと考えて行動してくれませんか!? 此処最下層だぞ!」
追手が来ると面倒だから下の階を目指す事にしたが、確かに限界ギリギリなのは計算に入れてなかった。やれやれ、俺としたことが……
「えへへへへ、ぼくうっかり」
「ハハハハハハハ! 放り捨ててぇー」
そんな訳でまずは休憩場に向かう事にした。幸いな事に近くにあるらしい。
入り口の側に置いてあったタブレット端末にバッジを同期させると、簡単な最下層の地図が読み込まれた。
「よし、行けミコ!」
「よし、捨てるか!」
ミコに肩を支えられる形となって遅くなったが、とくに尾けられてる様子はなく、無事に宿らしく小さな建物に入れた。……何度かミコが本気で振り落とそうとしたが、その度に首をしがみ付くフリして締め上げたら、諦めて運んでくれた。バンザーイ。
「テメェ……絶対にロクな死に方しねぇぞ」
「ふん、そんな事──」
お前に言われなくてもとっくに分かっていたよ。
助っ人であるミコの分は俺が支払う事になったが、膨大なポイントを所持する俺にとって小銭を投入したぐらいの出費だ。
まったく痛くも痒くもないので、ついでに消耗した道具なども補充出来ないか、隣にある補給エリアの方も覗いてみる事にした。
当然というべきか誰も先客がおらず、教員も代わりにタブレットが置かれているだけで済まされていた。
──第四層の乱戦終了後だ。
ついでに用事を済ませた俺は炎で傷を治したミコと合流。
アレでも実はまだ動けそうだったヤバい双子は置いといて、西蓮寺を含めた三年や二年が戦闘不能になったと魔力と気配で判断。さっさと下の階を目指す為に門の方へ急いだ。
門番の方も無事に突破して誰もいない第五層の最下層に到着したが、いくら何でも連戦による消耗が大き過ぎた。
「で、その大量のカップラーメンと肉の山は?」
「もぐもぐ……手っ取り早く体力を回復するには、食事が一番なんだよ」
小さなテーブルでは収まり切れない量のカップ麺や魔物の焼いた肉。串焼きや唐揚げ、鍋にしたのも置いてある。保存用の野菜もあるが、カロリー高い方が回復に適してる。
「お前って……そんな爆食いキャラだったっけ?」
「もがもが……色々あってな。爆食いキャラに転職しました」
主に腹の中にいるヤツの所為だけど。
「つまりその手首の時計? が特殊な魔道具って事か? あの鎧の姿とか凄い氷魔法とか」
「ずるずる……見てたのか? 時計を使ってるの」
使ったのはミコが倒れた後だったが。
「ん? ああ、チラッと見えた。それに先服装や髪が戻った時も粒子の光が手首の時計じゃなくて腕輪みたいなのに集まってるのも見えたぞ?」
「なるほど」
よくよく考えたら俺のミスが大きいな。
説明が面倒で隠すつもりだったが、見られていたのなら最低限の説明はしないと……不味いか。
「聞きたいか? これの事」
「他も含めていい加減教えて欲しい。どうしてそんなに強くなったのか、何の目的でこの学園に入ったのか、あのスライムの事とか、なんで鬼苑や戦術クラスの双子に狙われていたとか……」
そこで一旦口を閉じる。さらに踏み込むべきか悩んでいる様子だ。
だが、関わってしまった以上は絶対知りたいと思ったか。俺に嫌がれる事を承知の上でミコは……
「ブレイドって……一体何の話だ?」
一番気になっているであろうワードを遂に口にしてきた。
「それともオレには……どうしても話せない事か?」
何故か虐めている気がした。遠ざけている罪悪感だ。
ミコは俺にとって大事な数少ない友人だ。それに変わりはない。
友人だからこそ俺はこれまで学園で何があっても、ミコを巻き込もうとは絶対しなかった。
こいつはいずれ世界の猛者たちと競う四条家の当主どころか、やがては日本のトップに立つかもしれない。
そんな男に個人的な後ろめたい事を押し付けたくなかった。
友人だからこそ、家の為に努めたいというこいつの願いだけは守ってやりたい。……だけど。
「ブレイドか……確かに教えるならそこからになるよな」
「っジン!」
だけど今、俺は自分に言い聞かせていた禁を破ろうとしている。
巻き込みたくないという気持ちは今でも変わってない。可能なら嫌われても遠ざけたい。
けど、それは……。
「師匠がやってしまった、たった一つの大失敗を。まさか弟子である俺がやってしまう訳には……いかないよな」
仲間を信じれ切れず、あの人は大事な人を失ったと言った。
誰にも頼ろうとしなかった所為で、危うく世界を壊しかけたと言った。
『だからお前にはオレと同じ失敗をしないで欲しいんだ。一人では抱え込まず、本当に信頼出来る仲間を───』
「無理だと思ってたが、一人くらいは候補はいたわ」
この世界じゃマドカやジィちゃんを除けば、誰も真の意味では信じ切れないと思っていた。
妹の緋奈や幼馴染の桜香だって一度は俺を裏切っている。理由は何であれ、あの時の俺は裏切られた気持ちでいっぱいいっぱいだった。
「利用するならともかく、抱え込もうなんて少しも考えてなかった」
「ジン……」
もしこれが失敗に繋がっても後悔しない。多分だけどな。
「あまりにも突拍子もない話で俺の頭がイカれてるとしか思えない話になるが……それでも聞きたいか?」
「ああ、だけどイカれてるっていうのは絶対思わねぇ。お前は確かに強くなったけど、中身の方はオレの知ってる根暗なジンと何も変わっちゃいねぇからな!」
「それは……褒めてるつもりか?」
貶しているとしか思えない発言だが、考えてみると反論の余地がないので次の言葉が思い浮かばなかった。
「じゃあ、食事が済んだら話してくれや。飲み物もあるし、久しぶりに夜明かししようぜ?」
「言っておくが必要な睡眠もちゃんと取るからな? 明日は最終日なんだ。いつでも話せる俺の過去話やネタバラシで寝不足になってたまるか」
あっさり決まってなんか頭痛がしてきた。
意外と軽い反応のミコに対して、俺はこのあと話すであろう歪んだファンタジーストーリーやチートなアイテムについて……ちゃんと順序よくかつオブラートに話せれるのかと、実は頭も疲れている自分自身にしばし自問自答するのであった。
「はぁ、もしこれが失敗に繋がったら……俺はどうなるのかねー?」
ただ……もし選べれるなら、その失敗は俺の命だけで済んでほしい。
悲痛な思いで話したあの人はどうにか乗り切ったらしいが、俺はあの人ほど自分を御し切れる自信なんて欠片もない。
どうなってしまうか想像できない訳じゃないが、いつも思い浮かぶ光景は人々の血で塗られている滅んでしまった街の姿であった。
というわけで最初のネタバラシの相手は友人のミコくんになりましたー!
果たしてそれが今後のどう影響していくのか……作者もあんまり考えてなかったり(汗)。




