第36話 彼が目立つのは非常識で、狩りに遠慮はなかった(弟子は獲物と食材を欲した)。
基本ダンジョンの外と内は電波が遮断されている。専用の魔道具があれば別だが、階層と階層の間も同じだ。
しかし、ダンジョン内でも同じ階層なら電波は通じる場合もある。セキリュウの第一層は桁外れに広さがあるが、無線機でも何とか通じた。通じたんだが……。
「は? なんて言った?」
『で、ですから普通科の龍崎が突然手足から火を出して飛んで行って!』
「落ち着け、まず最初から説明しろ」
南ゲートから入っている鬼苑が別チームの配下の連絡に眉間にシワを作る。恐怖でいよいよボケたかと。
「そうか、ああ、監視はもういい。とりあえず失格ならんようにしろ」
「例の彼、監視に気づいて逃げたんですか?」
「どうだろうな。監視役の話じゃ入り口に入った途端、先まで飛んで行ったらしい」
「まぁー」
「そ、それはスゴイですなー」
イヤホン越しで聞いていたので、何も聞こえなかった同じチームの女子にそう答える。
少しだけ驚いた顔をする女子と聞いていた大柄の男子。二人とも鬼苑の側近のような立場で、いない金剛の穴埋めでこちらのチームに移っていた。
「お前らは知ってたのか?」
「「……ん? 何?」」
そして残りの二人、双子の外国人に尋ねる鬼苑。
二人は対して興味がなかったか、ダンジョンの景色を眺めており、鬼苑の問いかけでやっと振り返った。
完全に無視されていたが、鬼苑は全然気にした風はなくもう一度双子へ尋ねた。
「飛べるのか? 龍崎は」
「「飛べるよ?」」
今度は答えたが、即決。何を言っているのみたいな顔で鬼苑を見ていた。
「原理とか説明出来るのか?」
「「……」」
今度は答えない。いや、答えれないと言うべきか。
知っていても知ってなくても、この双子は一定以上の龍崎に関する情報を公開しようとしない。
なので鬼苑も気にしないが、代わりに質問を変える。
「そうか……それを知っても奴には勝てるのか?」
「「勝つ。絶対に」」
今度は即答。しかも、強い意志をこもった瞳で、鬼苑を見つめる。
彼女らの意志に共鳴して、体内の魔力が溢れ出てる。より強い闘気となって近くにいた魔物だけでなく、鬼苑を恐れて距離を取っていた生徒たちも萎縮させた。
「ククククッ、そうか」
そんな様子を面白そうに彼は眺める。彼もまた間近で闘気を受ける一人であるが、これも気にしておらず、他の二人が慄いている中でも、先の楽しみに笑みを浮かべていた。
「そうですか……分かりました。はぁ……やはり面白い人ですねぇ」
「いや、そうじゃないでしょう!」
同じく無線機を持っていた藤原も東にいるクラスメイトから龍崎の情報を共有していた。
飛んで行くとは随分と大胆だと内心驚くよりも関心の方が強く、一緒に聞いていたチームメイトが呆れた顔で彼女を見ていた。
「飛んでるのよ? 飛・ん・で・る・の!」
「非常識と思わんのか? 藤原」
「思いませんよ。素晴らしいじゃありませんか?」
真面目な男女がそう言うが、藤原は両手を広げて楽しげに告げる。
「ただの天才よりも鬼才。普通よりも異常。優等生よりも問題児。興味が出るのは後者とは思いません?」
「それはきっとアンタみたいな変わり者だけよ」
笑顔で言うが女子は引き攣った顔で疲れたようにため息を吐く。
同じクラスになって数ヶ月、彼女の心境は既に諦めの境地に達している。
「だが、お前の気持ちでチームどころかクラスの命運まで左右されては困る。この試験にはそれだけの意味がある事をまさか忘れてはいまいな?」
しかし、頑固な男子はしっかり注意する。言うことを聞くような女子ではないが、言わないと何処までフリーダムなので止めなくてはならない。
「分かってますよ。計画には一ミリも支障はありませんから」
「どうだろうな? お前の独断で鬼苑の戦力を取れなくなったんだぞ。こちらは少しでも人員を確保したいと言うのに」
「ふふふっ、鬼苑君がそんなに怖いんですか? いえ、この場合、四条君の方でしょうか?」
「……」
総合クラスの四条尊。藤原とは対局に位置する。
やや人見知りな性格を除けば総合能力に問題は一切なく、戦闘センスは鬼苑や白坂も上回ると噂されているほど。
人の弱みを突いて人を操る藤原のやり方を嫌っており、戦術クラスの鬼苑と白坂のようにこの試験を巨大な分岐点と考えている。
「……お前は四条を甘く見ている。普段の奴は確かにヘタレだが!」
「ヘタレと言ってるアンタも大概よ?」
「いいから聞け! 奴と同じ中学だったオレだから知っているんだ!」
呆れる女子の声は届いていない。丁寧に四条の武勇伝を説明してくる。……もう何度目だろうか。
「ふふふっ、何度聞いても面白いですね」
「もう耳にタコよ……」
楽しげに聞いている藤原と違い、女子の方はぐったりしている。これなら魔物の群れに一人で飛び込んだ方がマシである。改めてこのチームに入ったことを後悔するが、彼女に選択肢など初めからなかった。
「退屈はしませんが、ではどうでしょう? 拠点を見つける前にこの辺りで」
花火でも上げませんか? 微笑で言うと彼女の足元に巨大な魔法陣が出現する。
「絶対やめて。いきなり環境破壊とか眩暈しかしないから」
「ここはダンジョンですよ?」
「それでもよ! 人も混じってるんだから少しは自重して!」
見たくない。絶対に見たくないといった強い眼力で藤原の肩をガシッと掴む。
「まるでフリのように聞こえてくるのですが」
「フリじゃないから!」
「藤原、ここは戦闘エリアではない。万が一他の生徒を巻き込んで怪我でもさせたらペナルティーだぞ。お前の魔法は強力だが、予定通り他のチームとの拠点確保を優先すべきじゃないか?」
「ふふふっそうでしたね。すみません、ちょっとからかい過ぎました」
「ふ・じ・わ・らぁー!」
そしてギャーギャーと愉快なチームメイトを眺める藤原であった。
幸先不安だと男子の方は深いため息を溢さずにはいられなかった。
そして白坂チームはというと……。
「はっ! なにか今、刃の奴がとんでもない事している気が!」
「桜香ちゃーん? 戦闘中だから集中しようねぇ?」
第六感を働かせたが、ちょうどバトル中でチームメイトから注意をくらう。
「白坂がいっぺんでも大丈夫って言ったんだから頼むぜ?」
「す、すまん」
ガクリと肩を落とす。残念ながら異変を察知しても彼女に出来ることは何もなかった。
というわけで俺のフリータイムは誰にも止められないぜ。
「獲物、獲物!」
『ガルルルルッ!』
狼の群を前に身体強化の“仙沈”から“風魔”になる。銃をしまって土魔法の『土石壁』と土石加工のスキルで両手に西洋風の剣を構えた。
『ガルルルルッ』
「ミヤモト流……二刀」
瞬間、魔法で風を纏う。
警戒している狼に向かって、俺は風になった。
三式・改───『断斬・颶風ノ鎌鼬』
竜巻となった両断の斬撃が狼どもをバラバラにする。逃げようとした奴らも逃さない。風の走法で回り込んで両断の斬撃を竜巻にして浴びせ尽くした。
さらにスピードも上げて離れた場所にいた牛の群れにも突撃する。竜巻の風を纏ったまま、キョトンとしていた牛どもへ問答無用でぶつかった。
『ブ、ブモモモモモモ!』
「肉が騒ぐな!」
本日のディナーにしてやる! 焼肉パーティーじゃ! ……寂しい一人ものだけど!
みないな感じで牛も一掃し尽くそうとしていたところで、何か条件でも満たしたか、夜の影から二足歩行の巨大な牛が一頭出て来る。巨大な斧を背負って……。
「ビック・バイソンか。狩りすぎて出て来たか」
『ブルモモモモモモッ!』
同胞を皆殺しにされた牛の怒りの振り下ろし。
読んでいたので避けるのは難しくなかったが、衝撃は大きく斧が地面を打つと一定範囲で地響きが起こる。地面も大きく穿って衝撃波が俺の体を打つ。
「ッ……」
俺は二本の剣をクロスして盾にする。衝撃を受け流すが、ミヤモト流の剣技を連発した所為で耐久値が限界に近かったか、砕け散った柄だけの剣を捨てる。
「Bランクくらいか……面白い」
パンと両手を叩くと『火炎弾』の火のロープを生み出す。
先を輪っかにして首元を狙うが、牛の奴は斧をロープを弾く。
『ブルモモモモモモモモモモモッッーーー!!』
続けて雄叫びと共に雷の咆哮を放つ。
「『微風刃』! 風陣の渦!」
『風力操作』のスキルで風魔法を操作。風の回転シールドを壁のように展開させて、降り掛かる雷の咆哮を弾いた。
『ブルっ!?』
弾かれたことで僅かに牛が動揺する。その隙を突いて“風魔”の脚力を活かして至近距離まで一瞬で接近。自分の拳をそっと奴の腹へ添えた。
「内部から破壊してやる」
魔物専用のスキルを使用した。
伝説の魔物にも通じたスキルは、拳を通して魔力なって相手の体内へ流れる。
『ブッ……!?』
すぐに抵抗しようとしたが、流れてくる魔力の影響か身動きが取れなくなる。ブルブルと震わせて次第に何かが腹の部分で膨張して……。
「“鬼殺し”」
添えていた拳で腹を穿つ。
すると膨張していた自分の魔力が暴走を起こす。
タイミングを見計らって後退すると、牛は腹に集まった魔力に苦しむ。少しずつ光り出していって……。
『──ッ!』
巨大な爆発を起こして消滅した。
無双というほど多くなくてすみません。周囲の話も必要だと思って追加しました。
新作も計画中です。同時に苦労人(黒き死神編)では別作品に繋がるのを出してみました。短いですが、よかったらどうぞ。
今度は居候人の方でも出す予定です。予定していた第3章は難しそうで完結扱いになりますが、そちらもよかったらどうぞ。