第31話 ヒロイン?は大体主人公を想う(弟子は師匠の姿に現実逃避)。
新章突入じゃー!
【白坂桜香side】
「……さいあく」
嫌な夢を見た気がする。
朝から鬱の気味で彼女は目を覚ます。
「はぁ……」
生真面目な彼女は休日だろうと二度寝したりしない。
動き易い格好に着替えると、朝食前の汗を流そうと家と繋がっているジムへ向かった。
「おはよう。桜香」
「隆二兄さん、おはよう。1人?」
ジム内に入ると兄が一人、トレーニング機具を利用している。
肩から腕の部分が剥き出しのシャツから、ムキムキの無駄に分厚い筋肉が出ている。
朝から嫌なもんを見てしまったと、桜香は心の中で呻いた。
「ああ、父さんは朝早くから急な仕事だそうだ。まだジム自体も開いてないから、会員の人達も来てない」
「もっと本格的にやったら人も集まると思うけど」
ジムと言っても殆どこの兄と父の趣味なので、大手のスポーツジムには負けている。
だからガチ勢が少なく、兄たちのように偶に軽く運動したい人が多いから、なかなか来ない人もいる。
「良いんだ。人数は関係ない。オレが使えればそれで良し」
「トレーニングオタク」
ただ小さめではあるが、設備はそこそこ良い。
利用している彼女も人のこと言えないが、肉体改造に趣味な残念な兄を見ていると……。
「他の兄二人もだけど、兄って変人が多くない?」
「ふ、褒め言葉として受け取っておこう」
全然褒めてないが、一々言ってもしょうがないと長い付き合いから学習している。
兄と同じように機具や道具を利用しながら汗を流した。
そうして三十分ほどやって落ち着いてきたところで、ふと兄から声がかかる。
その手には竹刀が握られていた。
「軽く打ち合うか?」
「是非」
魔力による強化はなしの一本勝負。
バシバシッと鋭く早技で打ち合う二人。
「っ!」
次第に押されていくのは桜香の方だ。
お互い相手の剣捌きを知っているが、魔法抜きなら基礎的な力量と経験値が勝敗となる。
「フン!」
彼女の動きが一テンポが遅れる。
硬直なって生まれた隙を隆二は竹刀で叩き込んだ。
「うっ」
「また上達したが、まだまだだな」
打たれた脇腹を押さえて膝をつく妹に、ニヤニヤして隆二は構えを解いた。
「く、兄さんに訊きたいんだけど……刃は」
「その話はやめようぜ」
途端、笑みが消えて背を向ける。
「神崎流と私たちの白流は元々一つって父から聞いた。私が白流を覚えて緋奈が神崎流。分かれたのは単なる時代の流れみたいだけど」
再び素振りを始めるが、桜香は構わず話を続けた。
「刃は何を覚えたの?」
「知らん」
少しだけ苛立った様子で素振りを続ける。
「正月の一件、私たちは刃に助けられた」
「お前たちがそう思ってるだけだ」
「信じられない? どうして?」
素振りが止まる。
「アイツは欠陥品だ。男同士の約束すら果たせれなかった負け犬だ」
だから隆二は絶対に信じない。
新年の挨拶で起きた魔物襲来の真相を。
「全然答えになってない。アイツが知らない剣技を使って、伝説級の魔物を両断したから訊いただけ」
「と、とにかく信じん!」
「ああ……ただの意地か」
妙なところで頑固な兄だと思い出す。
良い汗もかいたので、アホらしい兄など無視してジムを後にした。
【神崎緋奈side】
道場内で満ちた……殺気が止んだ。
「休め」
「っ……」 そこで緋奈の集中状態が解除される。
膝に両手を付き激しく息を吐いて、全身から汗が吹き出していた。
「うむ、この辺りにしよう」
「ハァハァ……ありがとう、ございます」
祖父の神崎源十郎に息を切らしながら挨拶する。
「珍しく、随分と熱を入れている。何かあったのか?」
「い、いいえ……」
珍しい。確かにそうかもしれない。
いつも冷めているつもりはないが、祖父に言われて彼女はつい思い返す。
『いつまでも過去にこだわる奴らに用はない』
「っ……失礼します」
「うむ」
しかし、祖父に兄を話そうと思わない。
道場を後にすると設置してあるシャワー室へ。
疲れているのか道着を雑に脱ぎ捨て、被るようにシャワーを浴びた。
「……」
無表情で彼女は冷水を浴びる。
ボーとして、何も考えてないようにも見えるが……。
『もう俺が進む道はお前たちとは違う』
『また邪魔するなら今度こそ容赦はしない』
しかし、脳裏には激情させる彼の声が聞こえる。
「良いですよー兄さん。今度は妹が相手しますから」
ここ数年、眠っているようだった彼女の脳細胞が加熱する。
つい鍛錬にも力が入ってしまうくらい。
「いけませんね。隠してるつもりなのに、ついつい暑くなっちゃいました」
彼女もまだ子供だったということか。
次第に笑いがこみ上げてきて、髪の手入れも忘れて腹を抱えていた。
『で、よろしいですよね? 源老師』
「……」
緋奈が去った後、電話で祖父は隆二と会話する。
家は違うが、彼も神崎家の道場で剣術を習った一人。
「ふぅ……私はもう少し成り行きを見守りたいんだが……」
『そうこうしていると桜香が危ないんですっ! 急に受験先を変えた時点で止めるべきでした……! 妹は……まだあの欠陥品に目を奪われてるっ! 一刻の早く、排除しなくてはなりませんっ!』
「……」
欠陥品か……。
なんとも言えない顔で源十郎は心の中で呟いた。
「……私は何もしない。その方針に変更ない」
返事はないが、電話の向こうで歯切りする音がした。
「だが、お前のやる事を止める気もない」
『っ……! で、では!』
期待のこもった声が返ってくる。
「好きにしなさい。ただ、直接行動すればあの家の禿げダヌキが絶対に気付く。あのダヌキは陰険で鬱陶しいぞ? その辺りの対策はあるのか?」
心なしか禿げやダヌキの部分に、怨念や憎しみ紛いなのが含まれている気がしたが……。
「え、ええ……桜香の前から排除するにしても、学園内では龍崎家に筒抜けなのは承知の上です。なので……」
【マドカ・イグスside】
───土御門を動かそうかと。
そう告げる男の声に彼女はため息を溢す。
「本当に彼には敵が多い」
彼の身を案じて関係者の調査、それに帰省の際に仕掛けて置いた盗聴用の精霊魔法がまさかこんな形で役立つとは……。
これならわざわざ異世界から帰る必要なんてなかった気がする。
「いっそ全て排除して……」
妨害となる障害を全て蹴散らしてしまうかと思ったが……。
いや、それでは折角の敵が消えてしまう。
「試練のつもりで妹さんを見逃しましたが……」
封印まみれの彼をいち早く成長させる、切っ掛けを全て失うのはやはり惜しい。
耳に付けていたイヤホンを外す。
「仕方ありません。学園のダンジョンも気になりますし、ここはもう少し様子を見て……」
「傍観的な対応はあのクソジジィを思い出すから推奨せん」
とリビングでお茶を飲んでいた家主の龍崎鉄が述べる。
精霊魔法を利用した盗聴及び情報取集であるが、彼女は隠す気が一切なく、掃除や家事の合間でも堂々とグレーな作業を行っている。
「やり過ぎれば大きな痛手に繋がる。戦略的な……」
「あの男の娘ならもっと大体にしたらどうじゃ?」
「(…………ぶち)」
何気ない鉄の疑問であったが、一瞬で和室のリビングが『死の闇』に染まった。
「待て待て落ち着かんか」
だが鉄は一切取り乱さず、手を振って落ち着くよう促す。
飲んでいる茶には波紋もなく、恐怖心は欠けらも見られない。
「あの男と……一緒にするな」
「分かったから落ち着け。ワシが悪かった」
悪気が全然ない声音で謝る。
大変不満だらけであるが、マドカは死の闇を解く。
「次言ったら今度は転生も出来ないくらい魂を殺します」
「別に望んで転生したわけじゃないがのぉ……」
父親と比較してはいかんかったと反省する。
(確かにアレはロクでもない人間で、しかも魔王だったからな)
自分も人の事を言えないが、アレの娘なら絶対ロクな人生を送っていない筈。
全部自分に返ってくるので、絶対に質問したりしないが。
「本当に前任者には困ったものです。裁いたのならちゃんと魂まで消滅してもらわないと」
「言うのぉ。それだと刃とも出逢えん事になるが、お主は構わんのか?」
「そもそも出逢う筈がなかったんです。あなたが……あんなモノを生み出していなければ……」
あんなモノ───それが何を示すか、問うのは愚かな行為だ。
だが、マドカの言う通りアレの存在さえなければ、刃が異世界に転移する事はなかった。
二人の師匠にもマドカにも出逢う事はなかった。必要がなかった。
「ところで刃はまだ寝ているのかのぉ? いくら休日でも遅くないか?」
「ええ、そう思って先程起こそうかとしたんですが……」
話が変わって一旦怒りも収まる。
思い出して、何故かマドカは苦笑いをした。
「向こう側から交信を受けてるみたいです。大方、例の件で魔導神が問い詰められて、やっと白状したんだと思います」
「……アレでも一応元教え子なんじゃがなぁー」
天然なのか、どうしても毎回やらかす。致命的にやらかしてしまう。
そんな万能なのか、ただの阿保なのか分からない教え子の顔を思い出す鉄であった。
【龍崎刃side】
……なんだろう。
なんか……一番最後にされた気がする。
一番重要だと思うよ? だから無視は良くないよな?
「帰りたいです」
「そう言わないでくれ……」
切実な声で言わないでほしい。帰りづらくなる。
正確には夢から覚めるだが、目の前の惨状からどうしても逃げたくなるんだ
「下手人ですか?」
「確かに下手打ったが、ここまでされる程と思うか?」
「……」
「おい、無言とはどっちの意味でだ? 肯定か否定か?」
答えているようなものだと思うが……。
縛られている師匠ジーク・スカルス。分厚い鎖で無理やり正座させられている。
考えたくないが、この状況から読み取れる情報はほぼ一つ。
「やっぱり師匠が原因でしたか」
「あれ? なんかあった?」
「あのゴーレムを見てまさかと思いましたが」
つまりやらかしたのだ。この男は。
「で、あなたまでいるって事が何よりの証拠じゃないですか?」
「久しぶりね。ジン」
「お久しぶりです。サナさん」
青と白の騎士姿をした金髪の女性。
師匠を縛っている鎖の握って、彼を逃さないよう拘束している。
「───これより裁判を始めるわ。被告人のジークは前へ」
サナ・ルールブ。
師匠の仲間で同時に守護者の一人だ。
「あ、あの……動けないんだけど……」
「ならもう斬首する? ジンの前で懺悔したら私が斬ってあげる」
「え、首をか!?」
ジャキンッと刃が付いている槍を見せる。
夢の世界だし大丈夫だと思うが、やっぱり怖いよね。
「さぁ、彼にも話しなさいジーク。盗まれた原初魔法……『原初の記録』の事を」
そしてこのカミングアウトこそが、後に起きてしまう大騒動───大戦争へと繋がる。
「え……?」
当然何も知らない俺の頭の中は疑問符だらけで、サナさんが切り出した言葉の重要度を理解するまで、やや時間を要した。