第30話 終わっても暗雲は消えない(魔神の気配を弟子は感じた)。
「そうですか、失敗しましたか」
あの学園の者からその報告を耳にしたのは、その日の夜であった。
期待とはしていたのとは、随分と異なる残念な結果。
だが、返答する緋奈の声音に不満や失望は一切なく、報告者に礼を告げて電話を切った。
「予想とは違う結果ですね。聞い見る限り、兄さんが何かしたのは間違いなさそうですが……」
いずれにしても彼女らが期待に応えてくれなかった事に変わりはない。
そもそも彼女らは一度自分に背いている。譲歩も一度が限度だ。
「では約束通り魔眼の件とあの件を公表しますか。アイドルチームがどう動くか知りませんが、全てを晒された彼女が果たして残り続けれるかどうか」
微笑を浮かべながら彼女はスマホから情報をネットに流す準備に入った───その直後。
「? ……誰でしょうか?」
触れていたスマホが振動する。
知らないアドレスからメールが届いた。
「添付メール? いったい誰が───っ!?!?」
何故か自動で添付ファイルが開いた。
それだけでも驚く事だが、問題はその中身だ。
「こ、ここ、こここここここここここっこここここここここここここっ……!!」
ニワトリか? 非常に珍しく狼狽した顔で、顔面が次第に蒼白になる。
口が「ここここここっ」と固まってしまい、視線が動かせない。開かれた画面を凝視してしまっている。
そして、入っていたのは一枚の写真だ。
彼の兄、龍崎刃の寝顔のドアップ。
誰か女性の膝の上で気持ち良さそうに眠っていた。
「ここ、こここここっここここっこここ、ここここここここ、こここ……こ、これはッッ!!!!」
彼女がこれほどまで動揺している理由だ。
発狂したように片手で髪を掻き乱す。激しく動揺する彼女の魔力に呼応して、届いていない部分の髪も乱れている。
スマホを握る手がプルプル震える。剣を扱える鍛えた握力で、今にも砕け散りそうだ。
「だ、だれだ……だれだッ!?」
次第に動揺以上に怒りが込み上げる。
愛しい兄の寝姿を盗み見て、膝まくらをしている女は?
「だれだだれだ誰々誰々だれだれだだれだ誰々誰誰だれだだれだ誰々誰々誰誰だれだだれだ誰々誰々誰ダレダダレダ誰誰々誰々誰ダレダダレダ誰ダレダダレダ誰々誰々誰誰だれだだれだ誰々誰々ダレダダレダ誰誰だれだだれだ誰々誰々誰誰ダレダダレダ誰々誰々誰だれだだれだ誰誰々ダレダダレダ誰々だれだだれだ誰誰ダレダダレダ誰々誰々誰誰ダレダダレダ誰々誰々誰ダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダ……」
先程までの報復も忘れて、精神まで狂うような怒りと憎しみ。
そして桁外れな嫉妬が今にも爆発しそうになって……。
【見てくれましたか? 神崎家のお姫様】
「…………いったいどちら様でしょうか? 貴方様は?」
逆に氷河の如く冷え切って、短いその一文を読んで、即・害悪と認定した。
続けてこう記されていた。
【今回の件にあなたが関わっている事を彼は知りません。そういう風に隠蔽しました】
【春野綾はあなたの事を言いません。いえ、言えません。これ以上、肉親の不幸を彼女は喜びません。それが生き別れた腹違いの妹でも同じ事です】
【つまり春野綾によって、あなたの存在が露見する可能性はほぼゼロとなります。それはつまりあなたがこれからも兄の龍崎刃に近寄れるチャンスが残っているという事です】
【消したくないですよね? また失いたくないですよね? そのチャンスを 分かっていますよ。あなたの気持ちは】
【……こちらの要件はただ一つ】
【彼女たちから───手を引きなさない】
【───彼だけの、ただ一人のメイドより】
「……」
まず兄にメイドがいたのかと、記憶を探ってみる。
今の龍崎家に臨時以外の使用人はいなかったが……。
「文面からして彼女らの関係者でしょうか? この件を知ってる人間はかなり限られてますが……」
寧ろ関係者ならなんとか二人を助けている筈。
やはり該当する人物が思い浮かばず、緋奈は文章を読み直して気になるワードを絞り込んだ。
「兄さんだけのメイド……」
一番気になるのはこの文。
以前理由を付けてお邪魔した際、そのような人物は見当たらなかった。
疑われないように案内された客間と着替えに使った部屋、道場以外には入ろうとしなかったが……。
「そういえば、何か女性の匂いがしたような……」
それこそ家事関係の仕事の女性かと勝手に認識していたが、もしあの匂いが兄のメイドのものだとしたら……。
「野放しには出来ませんね。こんな写真を送ってくる以上は……!」
不本意であるが、今回は相手の言う通りにするしか選択の余地はなかった。
元々捨て駒なのでこちらへのダメージはほぼ無しだが、メールの文と写真の件が大きい。
兄に正体を知られるよりも、下手に刺激してまたとんでもない写真を送られる方が恐ろしい。
万が一兄の貞操が奪われた写真でも送られて来たら……。
「自分が何をするか分からない……!」
全ての理性が吹っ飛んでしまうのは確実だろう。
その結果、神崎家の未来が滅びてもおかしくない。
彼女自身が闇堕ちして、全てを破壊し尽くす者になっても、……不思議ではなかった。
「こんなところですかね。送信」
「……一つ聞きたいが、なぜ俺が知らない風な嘘を? 現にこうしてお前から聞いてるんだけど」
「少し探ってみましたが、どうも彼女は私に似てるところがあるみたいです。今の段階で彼女を爆発させるのは勿体ない。そして、そのトリガーは兄である貴方」
俄かに信じられない話だが、マドカが言うなら本当なのだろう。
「にしてもビックリだ。好かれてないと思っていたが、まさか退学に追いやりたいくらい嫌われてるとは……」
「…………ん?」
「ていうことは、あの涙も演劇ってことか……。はぁ、桜香の方もよく分からないし、女ってホント何をしたいのか……」
「……刃」
信じ難い事実に少なからず落ち込んでいる。
すると何故かマドカが残念なモノを見るような、蔑んだ(ジト目)でこちらを見る。え、何故? なんか変なこと言ったか?
「以前、鈍くなっていると冗談で混じりで言いましたが……」
小さな手で俺の頭をなでなで。
可哀想なものを見るような目に変わって……。
「重症です。病院行きましょう」
「それこそ冗談でしょう!?」
「本気です」
「マジで!?」
慰められて、すっごい心配された。
よく分からないけど、慰められてるのに何故かすっごい傷ついた。
それじゃあ、後日談だ。……え、いきなりなんでって? 殆ど学校側とマドカがやっちゃったから語る事がない。
あの後、俺自身がした事なんて捕まらないように学校の外に出て、外で待機しているマドカと合流。普通に帰っただけだ。
ああ、春野たちには会っていない。会う必要はないと判断した。
未だに信じられないが、黒幕である緋奈もマドカが封じたようだ。具体的な内容は何故か教えてくれなかったが、とりあえず被害は広がる気配はなかった。
──そして二週間が経過した。
「じゃあ、オレは行く。分かってると思うが、裏切ったら……」
「ああ、重々承知だ。その件には手を出さないから安心しろ」
授業も終わった放課後。
使われてない教室で、俺は鬼苑と顔を合わせる。
最終的に鬼苑の報復行為を邪魔した形となったが、鬼苑は特に何も言わない。
「ふ、手伝う気はないんだな」
「悪いが先約があるんだ。今期の試験には手伝えない」
「それだけで敵として認識出来るが、まぁいい。お前が桜香側に付いても、邪魔さえしなければ協定違反にはならない」
「そういうことだ。極力邪魔は控える」
桜香には悪いが、これも試練だと受け入れてもらおう。
そもそもこの件はアイツの問題。フェアが許されてる限りは、アンフェアな俺が介入するのは控えるべきなのだ。
「ただし、お前が協定を破らないの事が前提の話だ。一騎打ちなら絶対に割り込まないが、もし藤原や第三のグループまで引き込んで来るなら、傍観者な俺でも容赦はしない。春野たちのように、お前にも表舞台から退場してもらう」
「クククッ、じゃあな」
警告はしたが、鬼苑は微かに笑うだけでその場から立ち去った。
やはり用心しないといけない。奴にとって桜香が一番の標的ではないとしても、奴を無視するのはあまりにも危険だと、今回の件でよく理解できた。
「なんだ、来てたのか。暇なのか?」
「っ……嫌味? 呼んだのはアンタでしょう」
「停学明けだからな。クラス替えもあって、疲れてるから来ないと思ったよ」
「出来ればそうしたかったわよ。貴方が相手じゃなかったら」
鬼苑と分かれた後、俺はまた別室で待ち合わせしていた春野が先に待っていた。
「なんで隣に座るの?」
「……? 特に理由はないが?」
「だったらもう少し離れて。もし見られて噂が酷くなったら面倒なのよ」
「……そうだな」
嫌そうにしているのは、俺だからってだけじゃないらしい。
二週間の停学処分と噂に対しての質問攻めによほど堪えたようだ。
「でも良かったじゃないか。魔眼の件は学校側が隠匿を決めてくれたんだ。じゃなきゃ、停学処分だけで済むわけがない」
「隠匿って言わないで」
嫌そうな目の色が増した。
教員であるマドカを通して聞いたが、担任と学年主任、あと呼び出した学園長からもネチネチ言われたそうだ。
「でも、礼だけは言っておく。元学園長の龍崎老師に口添えしてくれたの」
「君がちゃんと用意してくれたお陰だ。今回の件は微妙なラインだったからな。俺だけじゃジィちゃんは動かない可能性があった」
「私たちを鬼苑に売った癖にって、逆恨みでも連絡が来た時は本気で殺したくなった」
「電話越しで良かった。次に暴れたらもう庇うのは無理だからな。二人とも」
「っ……分かってるわよ!」
取り引きが台無しになって、鬼苑にお仕置きを受けていた春野たち。
俺の意図を察してか、デジカメが吹っ飛んだのを見て、鬼苑はあっさり引き退ってくれたが、教員たちはそうはいかない。
学園にいると知って、探し回っていた教員たちに捕まった春野は、そのまま指導室へ連行された。
「カエデちゃんの件も隠してくれてありがとう。あの子まで捕まってたら、退学になってもきっと暴れてたと思うから。……鬼苑くんのところに戻されちゃったのは不満だけど」
「鬼苑の仲間、そうしないとあの怪我と一件を誤魔化すのは厳しい。鬼苑の報復ではなく、お前にやられたとしないとアイツも処分をくらう」
「それは絶対嫌だから私もこれ以上は言わない」
被害者だと思われて、霧島は連行されず保健室へ連れてかれた。
初めは抵抗したが、残っていた鬼苑に何か言われると、渋々といった様子で大人しくついて行った。
ちなみに藤原たちはその時点で既に姿を消していた。鬼苑ならともかく自分たちがいたら共犯だと疑われかねないからだ。
「藤原の方の口止めは済んでるのか?」
「取り引きを持ち掛けた際の動画。コピーも含めた完全な削除でカエデちゃんの事を内緒にしてくれたわ。これで藤原さんとの繋がりも完全に途絶えたけど」
担任の責めるような説明から、魔眼の件とダンジョンの事がバレていると悟って、春野は全てを認めたそうだ。
マドカから聞いたが、ダンジョンの隠しエリアに残されていた鬼苑の手下たちは、全員無事に保護された。
「て言っても鬼苑くんがボコボコしたらしいけどね」
「禁忌の魔眼でもあっさり操られていたのは気に入らんって言ってたな」
「しばらく検査もあって、もうすぐある特別試験にも出れなくなったから。鬼苑くんにしたら使えない駒だけじゃなくて、迷惑な駒なんだよ」
「そんな駒にしたのはお前だけどな」
そして後日、学園長室に呼び出された彼女は、そこで改めて騒ぎの主犯であると認めたことで処分が決定したが、退学ではなく停学だったのは、確かにジィちゃんの存在が影響したのかもしれない。春野に連絡した後に、一応言ってはみたが……。
「大量のチームの写真集や個人の写真集、コンサートや水着コスプレのDVD、それにサイン色紙(名前入り)……ファンだって聞いたことがあるけど」
「賄賂が役に立ったな」
「賄賂って言わないで」
ダメ元だったが、渡して見たらメチャクチャ喜ばれた。軽く発狂するくらいで。金はあるから全部持ってると思ったが……。
『何を言う! 本人たちから貰えるからこそ価値があるんじゃ! しかもサインは【テツちゃん】ってワシようだし!』
「……よく分からんが、あるだけ用意した価値はあったようだぞ?」
「殆ど在庫処分みたいな物なんだけどねぇ……。サインの方は頼んだら、みんなすぐ書いてくれたし」
「仲良しなんだな。急な頼みなのに」
「自分でも思うわ。足引っ張るメンバーなんて切り捨てればいいのに」
しかし、春野のチーム──『星々の使い魔』は彼女を見捨てなかった。
恐らく会社の方は反対したかもしれないのに、彼女らは春野を庇い続けたそうだ。
「リーダーからのお説教は怖かったけどねぇ……」
「話したのか?」
「隠したくなかった。チームのみんなには、もう」
結局のところ彼女は主犯として重い処分を受けた。
退学ことなかったが、二週間の停学処分、魔法科から普通科へのクラス替え、ランクの強制ダウン。
表向きには、クラスメイトを喧嘩で大怪我させた事になってる。
相手は当然鬼苑のグループメンバー、あと霧島という事になっており、後日ボロボロな姿の彼らを見て、半信半疑だった大半の生徒が事実だったのかと心底驚いていた。
だが、相手が鬼苑のグループな為、嵌められたのではないかと異議を申し立てる生徒も少なからずいて、停学中の彼女に連絡を取ったり、イジメなどを心配の声も上がっている。
二週間経ってだいぶ落ち着いてきたが、停学が明けた本人が来たことで、また再燃焼し始めてる気がした。
「まぁ、落ち着くまで時間はかかると思うが、一応同じクラスと同じランクだ。今度は仲良くしないか?」
「死んでも嫌。逆恨みでもアンタは嫌い。魔眼が封じられてなかったら、快楽漬けにして昇天させてやるのに」
「快楽ならリアルがいいな」
メガネを弄りながら不満そうに言う。封印と防犯を兼ねたメガネの魔道具だ。
次に魔眼の使用が確認されたら、その時点でアウト。今度こそ言い訳は通じず追い出されるだろう。
……折角手に入れたカードだ。
どうせなら有効利用したい。
「そういえば、あの宝箱って本当に空だったの? 私たちが到着する前に、貴方が何かしたのかと思ったけど……」
「流石に勘繰り過ぎだ。確かに事前に調べる為に潜ったが、肝心の中身は空だったよ。考えられるとしたら、ずっと前に誰かが回収したか、そもそも中身が空だったかのどっちかだな」
なんて際どい会話があったが、無事に春野の方も片がついた。
あの隠しエリアの話は鬼苑もしてきたが、中身は空だったと説明した。信じたかどうかは不明だが、特に探って来なかった。
そう、あの隠し部屋の壁を破って、中にいたボスの魔物と手下数体を倒した後。
確認の為に宝箱を開けた俺は、そいつと対峙する事になった。
『グゥゥゥゥゥー』
「っ……自動型の魔道人形か!」
そいつは三メートルはある巨体。
箱を考えるとサイズが違い過ぎるが、宝箱自体が魔道具のような物。空間サイズは調整出来る。
全身が溶岩のような黒と赤い血管が張り巡らせている。
出て来た瞬間から蒸気を出して、熱気がフロアを満たしてあっという間にサウナ室にしている。
「いや、暑いわ! ───『融合』!」
撤回、サウナよりもヤバい。
身体強化でカバーしてなかったら、一瞬で全身の水分が飛んで干からびる。
「『魔力・融合化』、『身体強化』」
───“水月”発動。
───『純水成』
専用のスタイルを選択して、俺は初級魔法の水魔法を発動。
ただ水を生成させる魔法(飲み水可)だが、手のひらから出して水を派生属性で操作。
“水月”のスタイルは水関係に強く、海でも戦えれるが、今回必要なのは水流操作だ。
「『霧雲の雨」
『グゥゥゥゥゥー』
奴の頭上に霧雲を呼び込んで雨を降らす。
足りなさそうなので、ちょっと出力調整も加える。
「『豪雨』!」
そして全身の蒸気もさらに増しているが、全身を雨に打たれたそいつの周囲に水が満たしているのを確認して……。
「『属性優劣』」
派生属性の魔法を発動。
対象である雨の水が一瞬にして氷結する。
ゴーレムが発している蒸気にも反応して、次第に全身を氷が浸透していく。
『グゥゥゥゥゥー』
逃れようと手を伸ばしているが、俺は氷水を操作して絡めて拘束。
手動して素早く動かして、ゴーレムの巨体を氷漬けにした。
……ように見えたが。
──バリンッ!
『グゥゥゥー』
「っ──コイツ……!」
氷結が浸透し切なかったか。
全身の氷結が砕けて、灼熱のゴーレムの手を伸びてくるが……。
「『擬似・究極原初魔法』──発動!」
身に付けている銀時計が変化。
銀と黒が混ざった真珠が入った白銀のブレスレットになる。
俺の魔力によって発動させると、師匠から受け取った力の一つを……。
「“受け継ぐは氷河の世界”───【氷結地獄】っ!」
異世界の師匠の仲間。
氷結魔女のチカラを解き放った。
さっきまでとは世界すら違う。今度こそ芯の奥まで凍り付いたゴーレムは、俺が軽く攻撃すると脆く粉々になって砕け散った。
アレは間違いなく魔神の仕業だ。
恐らく宝箱の中にあったゴーレムの魔道具を『邪悪化』にして置いたのだろう。……だとしたら、その場所を示す地図は俺を誘き寄せる為の罠だった?
「いくらしたか知らないが、とんだ買い物だったな? 例の地図は」
「ん、んー……あの地図なんだけど、何でか入手経路をよく覚えてないんだよねぇ……。知ってる裏マーケットだったかな? 気付いたらあって、計画に加えたんだけど」
知っていればと思ったが、やはりそこまで都合良くないか。
本当に覚えがないのか、歯切れが悪く本人もモヤモヤとした様子で頭部を触っている。
地図の件は学校側も調べるそうだが、裏マーケットだとすると痕跡は見つけるのは困難だろう。
「多分それが契約だったんだろう。金をあんまり持ってないのなら、どっかの家に頼ったのかもな」
「何処かの家……ねぇ?」
思い当たる節は二人とも同じだろう。
緋奈が裏で動いてたなら、神崎家ならそれくらい容易い。……だが。
「まぁ、憶測でいくら言っても答えの保証はないがな」
あの神崎家が──緋奈がそんな危ない橋を渡るか?
仮に露見したら言い訳なんて絶対に出来ない。いくら親父でも黙っているとは思えない。
奇妙な違和感を覚えるが、これはマドカも分からない件。
地図と魔神が関係しているのは間違いなので、結局それを踏まえた上で今後も警戒するしか対策は思い付かなかった。
「それで成果はどうだった?」
「満足いく結果とは言い難いですが、主人のおっしゃる者達にも動きはありました」
魔神の彼女は使者である彼に尋ねる。
使者の彼は潜入用のスーツ姿で跪いていた。
「あのゴーレムは大半されちゃったかー。いやー、こちらの世界に合わせて強くしたから、手こずるかなって思ったけど、結構やるね」
「お戯れを……アレは所詮この世界の玩具です。崇高な貴方様のチカラに耐え切れず、脆く自壊してしまっただけでしょう」
倒されたのは龍崎が強かった訳じゃない。
そう否定するような使者の発言だが、引っかかる言い方に魔神がジロと睨む。
「それは、まるでボクの所為みたいに聞こえるな?」
「大変失礼しました。死んでお詫びします」
「しなくていいよ。まだ役立って欲しいし」
「御意に」
何処までも正直な使者である。
だからこそ信用しているが、冗談も通じない彼に彼女はつまらなそうにため息を吐いた。
「操っていた娘の記憶はちゃんと弄ったんだよね?」
「はい、私を操っていた……と思い込んで、そして地図の手に入れた方法も、宝箱が開いた時点で消えるように細工済みです。万が一痕跡が見つかったとしても、魔眼の影響だと勘違いするでしょう」
得意そうな笑みを浮かべて彼は口にする。
仮に手掛かりがあったとしても、僅かな可能性もねじ伏せるだけ。
言わなくても顔がそう語っていた。
「よろしい。じゃあ、次の準備も整えて置いてね?」
「……迷宮ダンジョンですね」
得意気な笑みが引っ込んで使者が尋ねると、魔神の彼女は笑顔で頷く。
「実験のしがいあるよ。それに気になる彼も動くみたいだし」
「……」
そこだけは使者は不満だった。
何故? あのような欠陥魔法使いが彼女に気に入られる?
元々この世界の住人である彼からしたら、理解出来ず受け入れ難い事実だった。
「そろそろボクも動くよ。会場のセッティングは任せるから、必ず彼を連れて来てね?」
「……御意」
命じられれば彼は従う。
だが実験も兼ねているなら、それで不要な存在だと証明すればいい。
(必ず消してやるぞ。龍崎刃!)
魔神の使者である桜香のクラス担任の長谷川は心の中で誓う。 主人の目を覚まさせる為に、あの欠陥品を絶対に始末すると……。
長くなってすみません。
普通なら2話くらいに分けますが、一気に出してみました。
遂に騒動がおさまったけど、今度は魔神の気配が見えましたね。
次の章でいよいよ激突する……予定です。
何だか頭使った章でした。次回はもっとバトル要素が多いといいです。