第26話 真に欺いた者とは 転落編(弟子はまだまだ登場しない)。
色々と遅れて放置してました。スミマセン
学園長に呼ばれた時点で、彼女は色々と覚悟していた。
「高等部の進学は取り消し……」
「はい、理由は言わなくても分かりますよね?」
「魔眼を、隠してたからですか……?」
とうとうバレてしまった。呪いのように母から受け継がれた瞳を。
事務所の方でもバレたから学園にも報告されると思っていたが、タイミングが最悪過ぎる。よりにもよって進学のタイミングだとは。
「それもありますが、そちらは幸いなことに一部の者しか知っていません。チームの方々は貴方を受け入れたようですし」
そうだ。彼女の仲間たちは怒ったりしなかった。すべてを話すと涙を流して抱きしめてくれた。
普段は厳しいリーダーも一緒になって、プロデューサーや社長に頭を下げてくれた。嬉しくて涙が止まらなかった。
「向こうの社長にも言われました。寛大な処置をと。他の生徒たちにも頼まれましたし、その件の処分だけは考えていいでしょう」
その件だけは……つまりそれ以外が原因だとすれば。
「最後の確認ですが、例の子との関係は事実ですか?」
「……はい」
否定は出来ない。嘘だとバレた時点で本当に終わる。
事前に調べているのだから、確認なんてする必要がない。これは揺さぶりだ。
「その子のことも調べてあります。随分と危ない男性と連んでるみたいですね」
「複雑な事情がありまして……」
「縁を切れないと?」
頷くだけで精一杯であった。
脅しのネタは向こうが握ってる。そう簡単に彼女を解放するとは思えなかった。
「では、貴方の方から……」
「それだけは絶対嫌です!」
それは言わないで欲しい。今までお世話になってきた学園長まで、何も知らない理不尽な大人たちと同じ言葉なんて聞きたくなかった。
「……すみません。少々言葉が過ぎました」
「いえ、こっちも怒鳴って申し訳ありません。けど、彼女は本当に大事な───なんです。見捨てるような真似は絶対に出来ません」
それだけは絶対に譲れない。
その強い気持ちを伝えると学園長は深く考える仕草をして、静かに彼女を見つめた。
「でしたら、こちらの処分は取り消せません。非常に残念ですが、」
「その情報源、もしかして神崎さんですか?」
「……その質問に答えることは出来ません」
この学園の真の支配者。
初等部、中等部、高等部、その上の大学生であっても彼女には逆らない。
いや、逆らってはならない。それが暗黙の了解であったのに、彼女は逆らってしまった。
「やっぱり悪魔ですねぇ。あの子」
その代償がこれだ。容赦なく刃向かった相手を地の底へ叩き落とす。
情報が最低限の人のみに留まっているのも、彼女がそうしたからに違いない。
「特殊な事例なので進学先はこちらの指定した高校になります。仕事の方が向こう側から問題なしと返答を受けたので、続けても問題はありませんが、今後何かしらトラブルが発生しても、本校は一切関与しないのでそのつもりで……」
そして一方的に彼女は『第三龍門学園』へ追い出された。仲間たちは何度も学園側に直訴したが、学園側の処分が覆ることはなかった。
「アヤ? アヤなの!?」
「か、カエデちゃん!? どうしてこの高校に!?」
「それはこっちのセリフ! 連絡が付かないと思ったら……!」
ただ、幸運なこともあった。心配だった大事な彼女と一緒の高校。一緒のクラスになれたのだ。心の底から驚いてしまった。
学園側が何かしたか、それとも偶然かは知らないが、彼女と一緒になれて本当に嬉しかった。不安なことも沢山あるが、彼女が一緒なら怖くないと、その時は本気で思っていた。
「お前が言う通りにすれば、楓の安全は保証してやるよ」
名前の通り鬼畜なアイツが同じ学園で、しかも同じクラスメイトだった。
それだけでも気分は最悪なのに。
「お久しぶりですね、春野さん。私のことは覚えていますか?」
───神崎緋奈。
自分たちの人生を滅茶苦茶にしかけた張本人が、彼女の前にやって来た。
彼女の悪夢はまだ終わっていなかったが、同時にチャンスも訪れた。
自分だけではない。大事な彼女も救える。最後の機会を。
例えそれで誰が犠牲になったとしても、彼女たちは諦めたりしない。
そう思っていた。
「な、なんで空……」
事態が飲み込めず、春野は作り笑顔すら忘れて狼狽する。
計画に問題はなかった筈だ。龍崎の実力も予想以上であったが、想定していた展開の一つであった。念を入れて操っているメンツを用意したので、足止めも上手くいった。なのに……。
「何処から見ても空箱ですね。春野さん、弁解があるならそろそろ仰って頂きたいんですが」
「ま、待って! ち、違うの藤原さん!」
「ええ、待ってますよ? ですので、取り引きはどうしましょうか?」
表情こそ怒ってないが、内面はサッパリ分からない。
それが逆に恐ろしく見える。アイドル活動を通して人の表情の奥が見える機会が増えたが、この娘にはそれが一切見える気配すらない。
何もかも見透かしたようなその瞳は、神崎緋奈にも似ている。
下手なことを言ったらそれですべてが終わる。そんな気がしてならない。
「本当にこっちにも分からないの! 宝箱は確かに地図に書いてあった部屋にあって、私たちはそこから取って来ただけなの!」
「地図は本物だったと。肝心の中身は確認しなかったのですか?」
「っ……不用意に開けると何が起こるか分からないから。入り口を潜る抜けるの支障があったら困るし、中身まで確認してなくて……」
懸命に自分の言葉を主張するが、藤原の当たり前のような質問に、次第に声音が弱くなる。
そして恐れていた展開が……。
「肝心の魔道具がないのなら、この取り引きは中止ですか」
それは一番避けないといけない展開だが、春野たちに止める手立てがない。
「最悪それでも構いませんが、そうなると鬼苑君を裏切ったあなた方は無事では済みません。確実に報復されるでしょう」
そう、それだ。
それがまず第一に恐れていることだ。
失敗による神崎緋奈からの報復よりも、現実的な危機。
あの男がダンジョンの件を知って、主犯が自分たちだと気づいたら絶対に許さない。
そもそも奴の敵意は白坂か、最悪目の前の藤原になすり付ける予定だったが、それをするには龍崎が鬼苑のグループにボコボコにされた動画か、藤原に渡す筈だった魔道具のどちらか必須だった。
しかし現状、そのどちらもがない状況にある。
ここで藤原に手を退かれたら、もう彼女たちの後ろ盾は一切無くなる。約束した際の動画はあるが、あれは取り引きの成立が前提のもので、この状況では効果は完全にゼロだ。
このままでは鬼苑の報復から逃れることが出来ない。
「お願いだから待って藤原さんっ、魔道具のことはなんとかするから!」
「ですが、箱にもそもそも無かったのでしょう?」
「何かの間違いだったのかもしれない! もしかしたら、まだあの部屋の何処かに隠されて……!」
必死に藤原を交渉の席に残そうとする春野。
時間や状況を考えても難しい限りだが、彼女はまだ諦めていない。
本当にリスク覚悟でダンジョンに戻ろうか、今にも駆け出そうとしていると。
「待ってアヤ。ねぇ藤原、アンタが条件に出したのは、魔道具以外にも白坂の退学も含まれてたよね?」
「ええ、そうです」
それを隣で見ていた霧島が止めて会話に入る。
このままではマズイと、一旦魔道具の件を隅に置くことにして、もう一つの条件であった白坂の件を持ち出す。用意していたデジカメを彼女に見せた。
「このカメラには龍崎の暴行映像が撮れてる。上手く加工すればアイツが一方的に暴力を奮った証拠に出来る」
「なるほど、それを餌にすれば白坂さんを退学に追い込めるかもしれませんね」
「魔道具の件は後でどうにかする。確約は難しいかもだけど、なんとか今はそれで……」
言い掛けて一旦口が止まる。
チラッと春野の方を見て、何を思ったか苦渋の顔で藤原に頼み込む。
「もし魔道具が見つからなかったら、アタシを好きに使っていい。それで春野だけでもいいから姫門学園に戻して」
「な、何言ってるのカエデちゃん!? それじゃカエデちゃんが……!」
そんなのあり得ない。
そう声が上げて大切な彼女に詰めようとした───次の瞬間。
「っ──!?」
ガシッと首を後ろから掴まれた。感触は手袋。
後ろ首からなので呼吸の心配はないが、異様に熱を発して首を離さない手袋の手に、彼女は……彼女たちは覚えがあった。
「何の真似だ?」
冷たい声音。
聞いただけで全身の細胞が悲鳴を上げる。
彼女たちにはそれだけの恐怖がこもった一声だった。
「き、鬼苑くん……」
「鬼苑っ……!」
左右の手で彼女たちの首を後ろから掴んでいる男。
灰色の少し長めの髪をした長身の男子。名は鬼苑亜久津。
まだ話し合いで、この場にいない筈の男がどうして此処に? 魔道具の件で二人の頭がおかしくなったかと思われたが。
「聞こえなかったか? これは何の真似だと訊いたんだ」
この男は現実に此処に立っていた。
*作者コメント*
また長くなりそうだったので、また分けました。主人公まだ出ません。
大体三千から四千文字にしたいんですが、キリのいいところって意外と難しいですよね。
前半の回想が長過ぎました。反省です。
前々から名が上がってた男の登場で終わっちゃいました(苦笑)。
さて、名前に恥じない鬼らしさがアピール出来るか。……まぁ、そうなるんですけど。