第17話 動き始める戦術クラス(弟子はポンコツな幼馴染に悲しくなった)。
異変にはすぐ気が付いた。
「おはよう。なんかあったのか?」
「あ、ああ……なんか登校中に魔法科の奴らに絡まれたグループが居てよ」
普段とは違う何処か騒がしい朝。
いつものように席に付くと、対して会話はしないが、何か知ってそうな後ろの席の男子に話を聞いてみる。吉田だったか、田中だったか忘れたが。
「まさか堂々と絡んで来たのか?」
「いや、駅の方だ。オレも利用するから嫌だなぁって思ってたけど、どうもオレが見たのだけじゃないらしい」
そう言って、クラスの内の二〜三の集まってるグループへ視線を向ける。
少し離れているが会話を盗み聞いてみると、どうやら他の通学路の駅やバス、それに通り道でも何やら因縁を付けられる被害があったようだ。
「暴力沙汰にはなってないんだよな?」
「なってたら最悪警察沙汰だ。ていうか絶対に学校側が黙ってない」
そう、だから相手はギリギリのラインをキープして揉め事を続けている。
普通ならそれだけで学校側が注意してもおかしくないが、この学校は生徒同士の抗争に極力介入しようとはしない。
実際に大きな怪我や警察問題に発展しない限り、介入して来ることはまずない。
「試験のランキング戦が近いからか、なんか苛立っている感じがするぜ」
「かもな。けど普通科の俺たちには関係ないんだから、無視してほしいところだ」
「だよな」
なんて話をしていると先生が入って、いつも通りの授業が始まる。
特に魔法科に関する話はなかったが、クラスの空気はいつもより重いのを感じながら、昼休みに緋奈から聞いていた彼女のアドレスへメールを送った。
「っ!」
あんまりひと気の少ない屋上スペース。
先に待って数分、マドカお手製の弁当を味わっていると、屋上のドアが勢いよく開いた。
急なメールに慌てて駆けつけたようで、明るい茶髪が乱れた状態の桜香が焦った顔で周囲を見渡して……。
「刃……」
「よ、来たか桜香」
手元には弁当の袋がある。急いで来たが、ちゃんと持って来たか。
「まずは座れよ。昼の時間は限られてる」
「……」
焦りの顔が次第に収まるが、代わりにムスっとした不機嫌そうな表情になった。
無言のまま隣の席にドンと座り込んだ。
「……」
チラリと俺の弁当を見つめる。
すべてマドカの手作りで、冷凍食品は一つもない。
俺の体作りにも気を遣った彼女らしい出来だが。
「誰が作った。お前じゃないだろう」
ちょっと迂闊だった。手作りって分かるのか。
あんまり気にされると思わなかったから、普通に食していた。……なんて答えよう。
「え、えーと俺だけど?」
「あり得ない。もっとマシな嘘を付け」
「ジィちゃん?」
「あの人ならこんな量じゃないだろう」
そうだな。絶対にタワーみたいな弁当箱で用意して来そう。
「……はぁ、ジィちゃんが専属の料理人に弁当を用意させてる。一応いいって断ったけど、食生活に関わるって押し付けられた」
前半は似たような話、後半のマドカとのやり取りを混ぜたものだ。
当初はいいって断ったんだが、あのメイド……妙なところで心の火が付くタイプだ。
「あり得そうな話だけど、なんか今作った感が否めない」
「ご馳走さま」
さっさと蓋をして片付けた。
呼び出したのは弁当の尋問の為じゃない。
「噂は前から聞いていたが、実は相当困っているらしいな? クラス内で」
「……っ、なんのこと?」
まだ桜香の食事は終わってないが、話に入ることにした。
予想通り微かな動揺だけですぐ惚けたが、そんな前振りは望んでいない。
「緋奈からも聞いた。ていうか頼み込まれた。──桜香姉さんを助けてくれって」
「──っ! 本当なのか?」
「嘘でもいいぞ。話を持ち掛けるのは、これで本当に最後にする」
最後という言葉に桜香は大きく目を見張る。
クラスのことで相当困っているのは、緋奈の話からも分かる。少しくらい優した方がいいのかもしれない。いや、多分正しいと思う。
「前言ったことは取り消すつもりはない。俺のことはさっさと忘れるべきだ」
思い出したか、次第に青ざめていく。あれだけ俺に言われたのが初めてだから、トラウマにでもなったか。
決別した筈が、またこうして話をしている。内心自分の甘さに辟易するが、妹からの頼みだ。
「アイツが泣きながら、頼み込んで来なかったら絶対に動かなかった」
「泣いて……」
「今さら、過去の件を謝られても困るだけだ」
「っ……!?」
俺の言葉に今度は狼狽の色が濃くなる。まるで知っている筈がないといった顔だ。それだけで緋奈の話が本当だったのだと、長い沈黙を破った彼女の覚悟を改めて感じ取る。
「だけど俺を助ける為にお前らが必死だったのは、今なら分かる気がする」
そう、これは緋奈の懇願だけが理由じゃない。
裏切られたと自暴自棄になって、彼女達の気持ちを何も考えようとしなかった。あの頃の自分への清算。
「もう一度だけ尋ねる。桜香、本当に……俺の手は不要か?」
言いながら彼女の目をジッと見つめる。戸惑うばかりのその瞳を。
『……』
同じように屋上で食事をしていた生徒たちや桜香の後に入って来た生徒らに、聞かれているのを感じ取りながら。
しかし、話を聞いていくうちに外野の気配なんて忘れてしまった。
なんとなく事情は察した通りだったが、現在の状況は想像よりもやや阿呆な展開へ移行していた。主に桜香の所為で。
傍若無人な鬼苑とそのグループと揉めに揉めた末、次の魔法試験の結果で決めることになったらしいが……。
「次の試験内容は確か学校のじゃなくて、政府が管理する『四大迷宮ダンジョン』のどれかを使ったランキング戦だよな?」
「あ、ああ」
「参加者は普通科と魔法科の希望者のみ。チーム人数は一人から最大五人まで、別クラスの混合チームも可能」
「そうだ……」
「具体的な内容はまだ明かされてないが、リタイアしない限り一週間はダンジョンの内で生活する」
「なかなか大変な試験になりそうだな」
「そうだな。そんな試験で順位が上だった方の方針に従うか…………お前アホだろう桜香」
「ぐぅ! は、ハッキリ言うか?」
言うよ? だって本当にアホだと思ってるもん。
「バトルキャラで挑発に弱くてすぐ攻戦的になる。弱点が全く克服されてないのは、前会った際に薄々察していたが、試験内容も考えずにその勝負をするとは…………」
「そこまで言ってなんで黙り込むんだ!」
悲しいから。幼馴染の病気が全く完治してなくて、いよいよ白坂家の未来が危うく感じてきた。多分兄の方がどうにかすると思うが。
「どうしてだろう。なんか涙が出そう」
「憐れむな! 余計に傷つくから!」
頼まれたけど、既に嫌になっていた。
なんで無関係な俺がここまでしないといけないんだと、引き受けたくせに思わずにはいられなかった。
「白坂が普通科の奴とだと?」
「ええ、なんか知り合いっぽい。見ててすっごい絵面だったわ。恋人にも見えたわ」
「「恋人!?」」
「マジかよ……」
放課後、人気のない廊下で数人の男女が集まっていた。
桜香を尾行していた女子が報告するのは、鬼苑の側近のような大男。
ただし、側近と言っても面倒な役割を鬼苑に押し付けられているだけ、実力だけはクラスでも上な下僕。
「じゃあ、報告したから」
女もまた側近の一人でもあるが、こちらは面倒くさがり屋な部分が多い。
一応鬼苑に従ってはいるが、忠誠心は欠片もない。振り返りもせず、さっさと帰る。
その様子を見ていた男子の一人が大男へ不安そうに訊く。
「いいのかよ? アイツ放置して」
「最低限の義務を守れば鬼苑さんも許す。それよりも白坂の陣営の方はどうすっかだ」
彼女が素直に従う気はないのは、短い付き合いの大男でもよく知っている。
無駄なことを考えず、次に移すことにする。
「その生徒を嵌めたら、白坂にさらにプレッシャーを与えれそうだ」
「他の奴らみたいに決闘に持ち込むのか? 普通科だぞ? いつもみたいに脅しても、さすがに教員が止めるんじゃねぇ?」
「問題ねぇよ。そいつの意思で同意させれば、教員共も警告までしか出来ねぇ」
大男はそう言って拳を鳴らす。本人の意思で同意とは口にしたが、それが強制的なものであるのは他の男子たちもよく知っている。
「早速明日の放課後に仕掛ける。いつもみたいな囮はいらねぇだろう。人の見えねぇ場所で軽くシメれば折れる。写真も撮って拒否させなきゃいいしな」
「囮なしって、鬼苑さんには言わないのか? いつもの囮役の女子って、あの人の協力者なんだろう?」
「一応知らせるが、報告は後にする。ちょうど藤原との取り引きとダンジョン攻略で忙しいからな。終わってからでも問題ない」
「ま、相手も普通科の欠陥品。どうとでも出来るか」
「そういうことだ」
そう言って男たちは早速行動を開始する。
普通科の生徒なら人数も少ないので、調べるのにそう時間は掛からなかった。
普段なら決闘の場に誘い込む為に、鬼苑しか知らない女子が協力してくれて、脅迫材料を用意してくれる手筈。
しかも、脅された相手は無抵抗にやられるしかない。その所為で誰も真実を語れず、泣く泣く鬼苑たちの身勝手な暴力を受けるしかなかった。
しかし、今回の相手は魔法使いとして欠陥な普通科の生徒である。
その場にいる面々に、大男の作戦に対する異論の声は一切なかった。
それが自分たちの首を絞める。───切っ掛けになるとも知らずに。
「……帰るか」
連絡が届いたスマホを確認した俺は、いつも通り席を立つ。
桜香の相談を受けた次の日のまた放課後。授業の話が皆無だが、別にいいよね?
いつものように教室を出て、部活にも入ってないので玄関まで一直線へ移動していたが……。
「オイ、おまえ──」
「……(スー)」
「ちょっ……!?」
なんか絡まれそうになったので、スルーして外に出る。
相手は三人のヤンキーみたいな野郎共。見るからに関わってはいけない人種だ。
人を見かけで判断してはならないと言うが、この男たちに限っては見た目で判断しても位いいと思う。
考えるまでもなく、無視の一択だったが。
──ドンっ
「待てって言ってんだ」
中でも図体が一番デカいゴリラ男が割り込んで来た。
顔もゴリラっぽい珍獣フェイス。ギロンと睨み付ける。あ、眉毛濃いわ。
「なんかようか? 帰りたいんだけど」
「ちょっとツラを貸せ」
「貸せるわけないだろう。顔の皮でも剥ぐつもりか?」
「ちょっとオレ達に付き合えって言ってんだよ」
あれ、ボケだけどお気に召さなかったらしい。
イラついて額の血管が浮き出している。破裂したらどうしよう。
「ナンパするならイケイケ女子にしろよ。男は絶対にないって」
「こっちだってお断りだわ。ていうかイケイケ女子ってなんだ?」
「え、色んなプレイ全然オッケー? な女子?」
「……お前がどうなろうが正直どうでもいいが、その単語は女の前じゃ絶対すんなよ?」
あれ、なんか意外と優しい?
何故か他の男二人も青ざめた顔でこちらを見ている。
意外と小心者? いや、俺が怖いもの知らずとか勘違いしているらしい。
いやいや、心外だな。
「失敬な。俺だって女子の前じゃ絶対言わないよ」
「そ、そうか」
「心の中じゃ、このビッチ共め! って女の群れに睨んだりしているけど」
「偏見過ぎないか? ってそうじゃねぇよ」
いい加減こっちペースに嵌っていると気付いたか。
大男は一度咳払いして自分を落ち着かせる。咳払いに他の二人もハッと正気に戻るが、少しやりにくそうな顔をしている。好感度でも持たれたか?
「なぁ金剛、こいつ本当に白坂の知り合いか? オレにはただの変人か阿呆にしか見えねえんだが」
……おや?
「……そう思うか?」
「オレもそう思うぜ篤。正直霧島が適当に調査しただけな気がしてならない。あの堅物の白坂がこんなモブみたいなオタな奴と親しくとか……氷柱でも降って来そうだ」
……おやおや?
「考えたくないが、オレたちが単に間違えただけか。それとも霧島がマジでサボったかのどっちか。万が一の可能性として白坂の趣味が悪い…………可能性もあるが……やっぱ無いような。どっちだ?」
…………おい。
「さっきから聞いてたら、なんだ変人とかオタとか。キリシマが誰か知らないが、もっと信用しろよそいつを。あと白坂の趣味は……確かに良いと思えないが、そこはオブラート包めよ。間が異様に長かったぞ」
アイツに失礼だろう。と幼馴染として注意するが……。
「女に妙に偏見的なお前と白坂の関係を考えた結果だが悪いか?」
「…………(むか)」
もう僕は怒った。こんな失礼極まりない奴らをもう話すことなんてない。
プンプンと頬を膨らませて、男たちを通り過ぎ──。
「だからって、さらっと逃げるなよ」
ガシッと肩を掴まれて止められた。くそう。
「油断も隙もないな」
「……その白坂が関係しているなら、俺とアイツは仲は現在崩壊中だ。昨日は偶々愚痴を聞かされたが、基本関わる気はないよ」
「やっと見えてきたじゃねぇか。少しだけ霧島の報告にも信憑性が出てきたな」
肩を掴む力が増した。肩の肉ではなく、骨を刺激するような握力。
だが、強化も特に掛けていないただの掴み。服の皺が付くだけだから止めてほしい。
「へぇ……結構保つじゃねぇか」
俺がノーリアクションだから勘違いしたか、金剛という大男は微かに野獣のような笑みを見せる。
まだ学校内の玄関だが、まさかここでやるつもりか?
「そこで何してるのかな? 金剛くん?」
なんて思っていた直後、アニメ声みたいな可愛らしい女の声が届く。
呼ばれた金剛と男たちは振り返る先へ俺も振り向くと、一人の女子がニコニコしながらこちらに指差して来た。……見覚えのある顔だ。確か入学式で男子と女子に囲まれて、ジィちゃんがファンでもあるアイドルチームの……。
「いけないんだよ? そういうことしちゃー」
「春野か、邪魔する気か」
思い出した。春野だ。春野綾、魔法使いのアイドルチームに所属する『魔法少女』。
「するよ? 悪い子たちにはお仕置きしちゃうよー」
薄めのピンク色の短髪と整った容姿。見た目は正統派アイドルそのもの。
桜香と同じ戦術クラスのアイドルは、イタズラっぽいニヤッとした笑みで金剛たちに向かって……。
「覚悟はいいかなー?」
自然界の王者であるライオンが威嚇するような、攻撃的な魔力を全身から漏らして、その笑顔とは裏腹に、瞳からは明らかに殺気が込められて、獲物の三人を捉えていた。
新キャラ着実に登場中。




