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おはよう世界、さよなら異世界  作者: キャピキャピ次郎☆珍矛
AX
97/125

第97話 今更気付くから嫌なんだ


 おに



 「物騒だな。俺の地元蹂躙しないでくれるかな・・・。」


 幸助は妙に落ち着いていた。

 怒りは湧かない。もっと、自分は憤るだろうと思っていた。だが、そんな気は湧かない。


 何故かと思っても、分からない。

 変わり果てた敵と、おそらく血の繋がらない姉弟。それが目の前で殺し合っている状況を止める事を、何よりも優先したかった。


 もう戦う理由など無いじゃないかと、諭したかった。

 一方で、こんな事を思う自分にも嫌気が差していた。何というどうしようもない平和ボケなんだと、自省しなければいけないだろう。


 こいつらは、放っておくと利己的に人を殺す悪魔だ。ここで自分が殺さなければいけない。この街をこれ以上、壊されない為に。


 ーーーそうして、考え抜いた末の結論はシンプルなものだった。そうだ、マジで紅茶を淹れよう。話し合いで解決しないのならば、一旦その場を取り行おう。

 場違いな事をしているのは分かっている。


 幸助は、スキル《創造》を活用して、魔力から紅茶の一式を創出させる。


 「そうだ、血のように赤いローズヒップとかはどうだ?飲まないか?砂糖は多めにするから、な?」


 「・・・強者の余裕か?舐めるなよーーー」


 ラヴは眉間に筋を走らせて、ブチギレていた。やべぇ、そんなつもりじゃなかったのに。


 「いいじゃん、楽しい!!」


 「おっ、AAはノリノリじゃん。」


 「無抵ぇ抗へにはをぉ殺すのば楽しいぃ!!」

 

 「やっぱそうなるのかよォ!!!」


 2人の標的は、幸助に向いた。

 

 だが、幸助は何も抵抗せずに、内なる自分との対話を始める。

 《箱庭》の使い手としては異質である吸血鬼の力は、殺したばかりの敵さえも我が糧とする。


 夜の吸血鬼に戦いを挑むのは無謀である。

 闇が支配する空間で、まともに戦うのも馬鹿らしい。《鬼血術》を使用せずとも、この状況は相剋の龍王による力を行使するのが適切だった。


 無限に連なる腕と、逆様の塔が降り注ぐ中、吸血鬼は一度の詠唱の後、嗤った。


 「《宵撃ファントムクライシス極黒滅塵ブラックアウト》ーーー」


 《爆撃エリミネイト》を越える出力を誇る、闇そのものを起爆する衝撃により、有機物も無機物も等しく塵へと化していく。



 橤



 一瞬だった。

 何が起きたのか、理解が及ばなかった。

 突如として発生した不可視の衝撃は、自らの肉体の全てを破壊した。《箱庭》による範囲の維持も不可能になり、領域の確保も機能しない。

 

 何だ、これは。何が起きている。

 この理不尽な力は何だ。


 ここまで力の差は開いてしまったのか・・・?


 闇が晴れたように御幸が差す。

 しかしその後、すぐに闇が世界を覆った。

 今は夜。太陽は沈んでおり、光は差さない。すぐに闇が支配するという事は、あのスキルをいつでも、再び撃つ事が出来るという事。


 最初、色彩魔法・《くろ》による力ではと思った。だが、この力を色彩魔法で表すのならば、《くろ》ではなく《しろ》である。

 全てを消し去る滅びの力。まるで龍王セトラの《爆撃》の如き凄まじさ。威力範囲を鑑みれば、《爆撃》すらも超えている。


 ーーーー勝てない。


 脳裏に、過ぎる。

 コイツに勝つ術が無い。

 奴は更に、《鬼血術》すらも極めている最強の《箱庭》の使い手だ。

 あの魔王すらも、一方的に惨殺している。


 「やっぱ強かったんだな、コンフリクト。俺、よく勝てたなぁ。」


 幸助は呑気に呟く。

 あまりにも便利な高火力の技を手に入れて、何より自分自身が一番引いていた。

 もう魔王の槍、要らなくね・・・?


 今、この力があっても仕方ないのに。

 全てが終わった後に、ここまで強大な力が手に入っても、過去は変えられないのに。

 

 「これは・・・宵撃龍コンフリクトの力。本当にあの怪物を倒したんだな。」

 ラヴは、自身を塔で幾重にも重ねる事で、身を護った。だが、それでも身体の表面は焼け焦げ、所々に肉が表出している。


 「お前の今の名前は?」幸助は訊く。

 「ラヴ。」

 「ラビからラヴか。可愛い名前になったな。」

 「あら嬉しい。でも貴方に奥の手の《箱庭》を見せるつもりは無いわよ。解析されて真似されたら癪だし、出力で勝ち目無さそうだから。」

 「何だよ。つまらねぇな。そんなのやってみなきゃ分かんないだろ。」

 「強くなってからその台詞を言う気分はどうだ?」

 「あんまり良い気分じゃないな。お前に最初挑んだ時も、挑戦者の気分だった。全てを投げ打ってもいいって、そんなヒリついた気持ちでいれた。」

 「・・・。」

 「さぁーーーやるんなら、《一緒に死のうぜ》。」

 

 幸助がそう唱えた瞬間、辺りは更なる闇に包まれる。《箱庭》による領域の閉塞は、違和感を齎す事無く、一瞬で展開される。

 そして、天蓋が開くように、全てを晴らす太陽が現れる。


 《希死燦々朧ヶ心中(いっしょにしのう)》。


 吸血鬼自らが太陽の元に立ち、《心中》を図る。そして、領域内の対象者にも、吸血鬼と同じ苦しみを共有させる。


 圧倒的なマゾの《箱庭》である。

 全てを白日の元に曝す太陽が、罪なる者を等しく浄化する、歪んだ《箱庭》。

 そこには、そこはかとない太陽信仰による祈りが刻まれている。


 ラヴは、諦めた。ここで幸助に攻撃すれば、ただの自傷行為となる。全てに意味が無い。


 幸助の使う《箱庭》を塗り替えるのは、それこそ色彩魔法などの、空間そのものを塗り替える法外な力が必要である。

 吸血鬼ほど、《箱庭》の扱いに熟知した存在はいない。たとえ龍王でも、この《箱庭》から逃れる事は不可能な、詰みの《箱庭》である。


 幸助は、全身を焼かれ、視力を失いながらも、笑っていた。

 狂信をもって示される殺意の無い殺意は、ラヴに苦しみを与える暇も無く塵へと還す。


 「出し惜しみはしなかったぜ。」幸助は自嘲するように笑う。

 「この先、お前が全力を出せる相手がいるのかが楽しみだ。」ラヴも、塵と化しながら、笑っていた。

 「勇者レーヴは何もかも俺以上だ。」

 「あの子はこんな卑怯な技は使えない。手加減は楽しかったか?」

 「最後まで煽ってくるよねお前!!俺はコンスみたいに戦闘狂じゃないからいいんだよ。」

 「・・・可哀想だな・・・。」

 「哀れだろ?自覚はあるさ。過去は引き摺るし今も苦しむ。でも、未来に賭けているから、希望はある。死も救いだし、生も素晴らしい。全てを否定するのは、もうやめた。」

 「・・・何だよ、憐れんで損したぜ・・。」

 

 ラヴは、満足そうに塵になりながら、消えていった。





 《箱庭》を解くと、幸助は目下にいる人形となったAXに向けて、訊く。


 「おーい!!取り敢えずラヴは倒した!!お前も目的が同じなら、戦う必要は無くないか!?」


 AXは、目の前で起こった事の一部始終が信じられなかった。

 全てを破壊する大爆発の後、体勢を立て直していると、幸助とラヴは一瞬でその場から消えた。そして、闇の緞帳が上空に浮かんでいるのを見て、《箱庭》が展開されている事に気付く。

 が、次の瞬間には、《箱庭》は解放されて無に還り、魔眼軍十二卍将ラヴは消滅していたのだから。


 ーーーー強過ぎる。


 私はあそこまで手こずったのに。 

 ラヴとなった彼女は、そんなに圧勝出来る程簡単な相手じゃない。

 何より、たった今敵を殺したというのに、平然と自分は仲間であるかのように話し掛けるその神経が恐ろしい。

 感傷に浸るまでも無く、淡々と敵を始末するその様は、悪と呼ぶに相応しい。


 「お前の言う目的って、何!!」


 AXの声は、震えていた。

 それに気付いた時、絶望した。

 私はこの男に、恐怖を感じている。


 スルースヴィルで戦った時、そして、古城アルカンタでの一幕。魔王との決戦。

 あの、かつての奴よりも、圧倒的な強さだ。得体の知れない、不気味な何かに感じていた。

 これが、覚醒を果たした吸血鬼の真髄。

 《厄災》など生温い《天災》である。


 「目的は、そりゃ俺の母さんだよ!!お前の本当のお母さんなんだろ!!」

 「私は奴を殺しに来た。復讐しに来たんだ。」

 「なら目的は同じだ。」

 「は・・・?」

 「俺も被害者だ。」

 「だが、お前はーーーー」



 『愛されていたんだろう?』



 AXの脳裏に、悪魔の言葉が過ぎる。


 「・・・分かった。目的が同じなら、従おう。」


 AXは、思い留まり、胸の奥から飛び出そうな言葉を反射で飲み込む。

 この感情を自覚したら、自分が自分でいられなくなる気がした。

 何の為の復讐なのか、分からなくなりそうだから。


 

 橤×鬼



 AXと幸助は、無言で登校路を歩いていた。

 何を話す訳でも無い。何かを伝えたい訳でも無い。だが、その無言は、お互いが真意を曝すのを恐れた故に起きている気がしていた。

 そして、筑後川の見える大橋に着いた頃、ようやく幸助は重い口を開いた。


 「立場の問題で俺らは、どっちにも成れたって事にするのは、駄目か?」


 人を形作るのは環境だとも言われている。だが、それを論じるには性善説が前提で無ければならない。それが耳触りのいい言葉であり、現実的では無い事を、お互い理解している上で、幸助は訊いた。


 「駄目。私は生まれついての悪よ。善になるつもりは無い。」

 「・・・俺も立派な悪だ。現に、ラヴを殺しても、何とも思っていない。」

 「出発点が違うじゃない。」

 「始まりが大事で、過程なんてどうでもいいって唾棄するのは、救いが無いじゃんか。」

 「現に私が快楽殺人鬼なのはどう説明する?」

 「・・・全然、人のせいにしないんだな。自分がこうなったのは周りのせいだと。」

 「私が選んだ末路よ。誰かにとやかく言われる筋合いは無い。」

 「真面目だな。やっぱり俺は環境だと思うよ、お前を見ると。お前も悪いけど、母さんも悪いって思う。というかさ。俺もお前も、アカシクに翻弄されたって事は、狂うしか無かった。全部アカシクのせいでよくねぇか?もうこの際。」

 「一体何の話なのよ、これ。善悪論なんざどうでもいいでしょ。」

 「いいや、俺の中では、大事だ。どんな悪人でも、善い一面が一つでもあって、誰かに愛される要素があったとしたら、悲しみと憎しみの総量が釣り合わなくなるんじゃないかと過ぎる。俺は、思い込みたいんだよ、相手が悪だって。」

 「それで貴方の罪が軽くなる訳でも無いでしょ。」

 「そうだよ。矛盾しているが、この迷いだけは捨てたくない。」

 「そこを踏み越え捨てたのが、私なの。だから、分かり合えないのよ。癪だけど、アリス・メティックの言った通り。私は生粋の悪。」

 「なるほどな。悪になるには、責任感が必要なんだな。」

 「煽ってる?」

 「いや・・・。正反対だけど、対話は出来てしまうのが不思議だ。」

 「そりゃ私も元人間よ?」

 「そうだな。危うく異端排斥主義者になるとこだった。危なっ。」

 「・・・ねぇ。一つ訊いてもいい?」

 「何だよ?」

 「もし、願いが叶うとしたならば、貴方は、聖杯に何を望む?」

 「ブラッドの経緯を知れば何も望みたくはねぇよ。せめて、聖杯が2度と生まれて来ないように願う。」

 「・・・綺麗事ではなく?」 

 「ああ。転生システムも、聖杯も。吸血鬼も何もかも。都合の良い存在は全部消えていい。人間の可能性を否定するのは好きじゃない。」

 「・・・ようやく、理解したよ。君は本当に、自分が嫌いなんだな。」

 「ロクでも無いモノに縋った実績があるからな。」

 「それで言うと、生き残った全員、ほぼロクで無しだな。」

 「違いない。」





 「ところで、今のお前を何と呼べばいい?何か、色々混ざってんだろ?」

 「・・・AAのままでいい。」

 「そうか。つくづく真面目な奴。」

 「お前が言うか。」

 「俺もどっかズレてるからイーブンだ。」

 「何言ってんの?言葉の意味わかってますか?」

 「急に敬語やめて?傷付くから。」


 いつの間にか、会話が弾んでいる。

 お互いが分かりあう事は一生出来ないのだろう。でも、話をする事は出来る。

 そもそも、人と人との関係性で、根本から理解し合うなんてのは幻想だ。どんな相手でも、ある一定の距離感が無ければ嫌になる。


 つくづく、自分は中途半端だな、と幸助は思う。善にも悪にもなる勇気は無い。それなりに修羅場を潜り、様々な感情を飲み込み、倫理を踏み越えてきたつもりだが、いつまで経っても自分からは逃れられない。


 多分これがずっと変わる事は無いだろう。

 たとえ、最初からそうなるように作られていたとしても。


 家路に着く途中、人々が学校で起きた周囲の被害と衝撃に戸惑い、野次馬が集まる中、それらを無視して幸助達は歩いて行く。

 幸助は何だか懐かしくなり、田んぼが隣接する、まだ平和なままのコンビニエンスストアに寄り、酸っぱい粉が塗してある細長いグミを購入した。それをAAにも分けて、買い食いする。


 「いっつもここのコンビニ寄るんだよ。帰りに直接ジムに寄る日の帰りも、寄らない日も。で、いつもこのグミを買う。たまに一緒にプロテインも買・・・」

 「何これ。めっちゃくちゃ美味い。これがあんな安価で買えるの?こっちの世界おかしくない?え、何これ、うま〜」


 AAが、珍しくがっついていた。幸助の手からグミを奪い、全てを口に放り込むと、口を開けながら、空になった袋をパタパタとして、無くなったのを知ると名残惜しそうに指についた粉を舐め始めた。

 幸助は急いでコンビニに駆け寄り、グミを大量に購入してAAに渡す。


 AAはグミを恥ずかしそうに受け取った。


 「そういや異世界ベータ出身だったな・・・。」


 幸助は無自覚に残酷な言葉を放った。

 当たり前のように銃火器を使うから忘れていたが、こっちの世界には来た事が無い筈だ。どうやってこっちに来たんだろうか。

 まぁ、訊くだけ野暮か。


 幸助は頭の中で異世界ベータでの日々を思い出していた。マッジで飯が不味かった。地獄だった。こんなところで苦労したくねぇよと何度思ったか。


 「それが悪口に聞こえたの初めてだわ。食文化が発展してなくて悪かったわね、蛮族で。」

 「悪気はない、すまん。」

 「にしても、平和な日々を過ごしていたのね。」


 車道にパトカーと救急車が忙しなく通り過ぎて行く。今を平和と呼べるのかは分からないが、これが最後になる気がした。

 こうして、帰りに何の気なくグミを買って、食べながら帰る。


 「俺はこんな幸せを捨てたんだな。」


 幸助は、虚空にポツリと呟いた。

 

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