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おはよう世界、さよなら異世界  作者: キャピキャピ次郎☆珍矛
AX
96/125

第96話 吸血鬼は全てを嗤う

 最強龍王セトラ



 幸助の母親、海老原栞に御守りを持たせた理由。

 それは、2つの理由がある。


 1つは、もし魔眼王の幹部のような襲われた場合、《変身》したセトラによる反撃を行う為。


 もう1つは、もし只者では無い人物であった場合、様子を見て、悪だと判断すればセトラへと信号が届き、最悪の場合は殺害するつもりであった。


 何故なら、幸助の母親というだけで、最大限の警戒をすべき対象であるからだ。

 幸助の正体を知れば知る程、その周りにいる最も近しい人間は疑うべきであり、その行動は当然である。だから、それに気付いていた聡いアイナ姫は、幸助が帰還して間も無くの時間軸に転移をしたのだ。


 幸助は異世界ベータにとって、都合のいい存在だ。ただの人間と吐き捨てるには不可解な点が多過ぎた。頭のネジが外れているのは勿論なのだが、それ以上に不気味だった。

 勇者でも無い。魔法が強い訳でも無い。ただ回復魔法に優れているだけの真っ新な男だ。


 それが、どういう訳か、吸血鬼と相性が良かった。ただそれだけなのだが、それがどれだけ異常な事なのか、幸助はいまだにハッキリと把握できていないようにも思える。


 まず、吸血鬼は後にも先にも、スレイヤーしか存在出来ない筈だった。


 それもその筈。適合者が現れなかったのだ。勇者に選ばれるより、吸血鬼になれる事の方が奇跡なのである。


 異世界ベータの吸血鬼は、世界アルファで呼ばれる吸血鬼の特徴とは細かな違いがある。ただ、共通している点として、

 ・太陽の光が苦手

 ・血を吸って生きる くらいか。


 そして、ここからが問題なのだがーーー吸血鬼には、本来回復魔法を使う術が無い。

 それは、幻獣としての吸血鬼の在り方に由来している。他者を喰らい自分のみが生き残るよう設計されたような、孤独な生命故に、その本質には抗えない。


 が、幸助は何の関係も無く回復魔法を行使出来る。


 魔眼の影響もあるのだろうが、そもそも何故最初から魔眼などという代物が与えられていたのか。

 そして、これが一番の謎なのだが。


 幸助は、何故か周りの人間と仲良くなるスピードが異常に速い。


 特別に明るい訳でも無いし、パッとしている訳でも無いけど、気付いたら仲良くなってたなんて事はよくあった。

 なにせ、魔王軍の連中すらも、敵でありながら親しみを込めて話す奴もいたくらいだ。後に殺しあったコンスなんかはその典型だ。

 何故か、いつの間にか取り込まれてしまう。自分もそうだった。吸血鬼の呪いに蝕まれていた身体を、いとも簡単にアイツは治したのだ。


 その後の活躍を鑑みても、人として好きにならない訳がなかった。


 だが、それすらも意図的では無いかと、最後まで疑いを持ったのがアイナ姫様だった。


 「幸助の身体はね、真っ新だったの。真っ白なキャンバスそのもの。だから私は嫌いだった。」

 「幸助の事を好きになる奴なんか、今落ち込んでいるだけで元々自己肯定感の高い奴なだけで、私と正反対なのよね。私は、まるで鏡を見せられているようで苦手。」

 「幸助は変な引力持ってるよね。マジで殴りたくなる。」

 「アイツほんと使えない。ぬるい。」

 「どこ?」

 「幸助もパレットも、どっちも無能。私こそオンリーワン。お前ら全てオールバカ。バーカバーカ、基礎からやり直せバーカ!!」

 「どうしようもない奴だから、周りが助けたくなるのかねぇ。」

 「アイツ、本当にただの人間?」

 「まさかーーーいや、そんな訳ないよね〜。」

 

 アイナ姫は、幸助に何処までも否定的だった。意図的に嫌いの感情を発露していたのは、誰が見ても明らかだった。

 だが、互いを深く理解をしなかった事で、望まない結果が生まれた。皮肉にも、幸助の《箱庭》が完成したのは、アイナの失態によるものであり、幸助が生き延びたのも、アイナの独善によるものだった。


 思い返せば、あそこから、あの2人の歪な関係は始まったのだ。


 夜が明ければ、朝がやってくる。

 眠れば夢、起きれば現実。

 相反する2つの概念が交わる事は無い。


 あの2人は、それと同じだ。

 血に染まった鬼が近くにいると、未来を見通す筈の眼が曇る。それは逆に言えば、運命を曲げられる。

 未来を見通す者が近くにいる事で、死に向かう吸血鬼は無理矢理生かされる。それは逆に言えば、吸血鬼はいつまで経っても死ねない。


 足りない所を喰いあって補う関係性は唯一無二。あの2人が居たから、今の世界はある。


 その後に吸血鬼となる人間を育てた人間がただの人間の訳が無い。アカシクとの関連性を疑うのは当然の事だ。


 そして、セトラはこの世界アルファに来る前に、仮定としての結論を出した。それは、幸助の母親が過去の巫女その人であるという事だ。


 過去の巫女と未来の巫女が揃うと、アカシクは復活するという迷信がある。それがもし本当ならば、異世界ベータを救うという結末は、過去の巫女にとって、メリットになり得るからだ。


 あとは未来の巫女の紋章さえ維持が出来れば、アカシクを復活する事が出来る。


 ーーーーだが、それでは謎が多く残る。


 幸助がこの世界に戻ってきてから、海老原栞は何の行動も起こしていない。もし、彼女が過去の巫女ならば、アイナ姫が来たその時点で、何かしらの行動を起こしている筈なのだ。


 ーーーそして、小春が過去の巫女だと判明した事で、その仮定は崩れた。


 いや、その前にだ。

 自分が今まで育ててきた息子を自殺に追い込み、異世界転移の条件を満たす事で異世界ベータ送り込むなんて、母親の取る行動とは到底思えないじゃないか。

 鬼畜の所業だ。信じられない。


 だから、幸助家に戻った際、草むしりを手伝う事で喋る機会を作った。実際に心を読んだ。

 すると、演技するにはあまりにも自然過ぎる母親の回答が返ってきた。

 幸助が自殺の選択肢を取ってしまった事が自分勝手に思える程、幸助への思いを感じたのだ。あれが本物の愛情と呼ばずして何と呼ぶのだろう。

 感情から記憶を読み取ると、救急車に運ばれ、既に事切れている幸助の死体の横で、泣き叫んでいた情景が頭に入り込んできたのだ。

 あれが演技だとしたら、恐ろしい。出来れば、彼女が犯人であるという可能性は信じたく無いものだ。

 

 「ーーーこんにちは。セトラさん。」


 セトラが飛行している目の前に、あの女が現れる。

 マクガフィン。アイナとマキアの混ざり者。


 「何だよ。こっちは急いでんだ。」

 「貴方が戦っちゃダメ。親子水入らずを邪魔しないで下さい。」

 「あぁ?こっちは気が立ってんだ。幸助にも伝えなきゃいけない事がある。退け。」

 「幸助さんは全てを把握しています。」

 「・・・何だと?」

 「それに、貴方は連戦で疲れている。過去の巫女と同じ力を使える私と相手するのは、流石に分が悪いかと。」

 「・・・。」


 セトラは冷静になった。

 マクガフィンからは、敵意を感じない。が、それ以上に、今の状態で過去の巫女の相手をするのは、不利だ。


 目の前であんな無茶苦茶な力を見たから、分かる。あれは化物だ。万全な状態に持っていかないと、太刀打ちできるかどうかすらわからない。


 「・・・私にどうして欲しいんだ。中立の立場なんだろ?お前。」

 「話の分かる方で助かります。私は、その場にいては駄目とは言っていませんよ。」

 「どういう事だ?」

 「何が起きても、自分の身を守る事以外は手を出さないと約束していただければ、そのように手配します。」

 「目の前で殺し合いを見ろと?」

 「そうなります。」

 「それは無理だろ。」

 「幸助さんが殺されるとでも、ご心配になられているのですか?」

 「馬鹿か。幸助は負けねぇよ。」

 「なら、別に大丈夫でしょう?」

 「・・・はぁ。私は幸助のメンタルが心配なだけだ。勘違いするな。」

 「だから、尚更手を出さない方がいいんですよ。これは、親子喧嘩ですらない。」

 「じゃあ何だっていうんだ。」

 「これは、《●●》です。」


 それを聞いたセトラは、全てが腑に落ちた気がした。


 「・・・分かった。全てを見届けてやるよ。」


 セトラはマクガフィンに約束をした。




 橤




 《我 不浄也

  大器に血 鉄骨に網

  掲げられし旗は朽ち

  不滅の楽土は零と也

  渦き乾く蠅の群体と

  白痴の元に沈み永遠に

  切り裂かれし揺籃へと

  虚実の荒野に叫ぶ者也》


 脳内で再生される初の口上は、愚弄する構えにより圧縮され詠唱の代わりとなった。


 《箱庭》とは、実に難儀な技である。


 常に思い通りにならない現実を再現しなければいけないなんて、気が狂うではないか。

 自らの心象風景を直視するなんて、頭がおかしくないと不可能だ。それだけ、これは人外の技だ。幻獣が使える理由もわかる。

 これは、人間が扱うには傲慢で、狡猾で、繊細で、自殺に等しい行為。

 

 そんなに、人の心は強くない。

 

 塔に肉体を潰されながら、AXは高笑いを上げ続ける。永続に続くかのような苦痛。今すぐにでも消えてしまいたいと、死を望みかねない痛みが襲う。


 だが、不思議と心が軽い。

 

 私達の《箱庭》は、醜い自分を解放する。

 だからかな。


 染まれ。全てを我が血へ。

 胎内へ回帰せよ。

 至上の救いは何処にも無い。

 これは結局、アイツの真似事。

 それでいい。アイツもどうせ偽物だ。

 そうに決まってる。

 

 潰されたAXの肉体から、血が滝のように溢れ出す。その血から再び、腕が生えていき、血と腕が洪水のように勢い良く、とめどなく溢れ出し、遂にコンクリートの層を決壊させるまでに至る。


 「チッ・・・面倒くせぇ・・・。」


 ラヴは舌打ちをして、溜息をついた。

 ラヴには、《箱庭》の奥の手が存在する。だが、それはAXの起こす現象とは、とても相性が悪い代物だった。


 溢れ出す大量の手は口を生やし、歓喜の叫びを上げる。


 「アハッ!!」「素晴らしい!!」「産まれてきて良かった!!」「この幸せを誰かに届けたい!!」「いいよね!!」「楽しくいこう!!」「分かち合おうよ!!」


 希望に満ちた歓声が湧き上がると同時に、血は塔を侵食し、そこから腕を生やし範囲を広げていく。


 「楽しく生きよう!!」


 「ーーーそうだな。悲しく死ね。」


 《箱庭》は心象世界の具現である。と同時に、渇望でもある。

 こうであって欲しいという希望の具現でもあるのだ。


 だから、ラヴはAXが哀れで仕方が無かった。彼女の願望は、こうして生きられたらいいなという、希望そのものである。こんな姿にまで成り果てても死にたくないのだろう。


 侵略する血と腕の大波が襲い掛かる。全てを飲み込む肉の海がドーム内で満たされ、飛び出た先から腕が増殖し、地を覆っていく。その様子が途轍もなくグロテスクで気持ちが悪かった。


 ラヴは疑問に思う。これに何の意味がある?最後の足掻きか?


 これが《箱庭》そのものだとしたら、弱過ぎる。


 「あはははは!!希望最高!!」

 「ざまぁねぇなAA。予言するよ、お前は最高に最悪な末路を迎えるさ。」


 空から降ってくるタロットカードの絵柄が変わっていた。アルカナは、運命の逆位置を示している。


 「《つんざけよ 卍鋼不樂針山はりのむしろ》!!」


 天から無数の塔が降り注ぐ。天から街が降る様は、圧巻であった。


 「《烙胤鬼結術スティグマエンド永橤エリクシブルーム》」


 そして、地獄の底から叫ぶように、無数の腕から生えた口が一斉に詠唱する。


 咆哮が生み出す音の波動が、塔を貫いていく。発せられた魔力の音波は、破壊というよりも消滅に近い特性を得て、風穴を空ける。


 音に乗せた能力は《貫通》。


 声の届く直線範囲から問答無用に防御不可の《貫通》を与える。

 それは、考え得る物理的な概念を無視した力の中でも、原始的であり強力無比な特性である。

 全てを貫通し、消滅させる。

 無に還すのだ。


 空を覆う塔は瞬く間に、覆う肉の大地に辿り着くこと無く消滅していく。

 その金切り声さえ、聞こえてしまえば能力の餌食になる。


 その覚醒を以て、AXは現段階で最も危険視すべき領域の《厄災》にまで手を伸ばす。かくも恐ろしき最悪の能力である。


 音が振動さえすれば、防御不可避であるのだから。


 それが、固有スキルの中の、拡張スキルでしか無いのだから、恐ろしいのだ。


 それを喰らえば、死はすぐそこに見えてくる。

 

 「土壇場で覚醒してくるのが最悪だな。AX、お前の危険度を見誤った。」

 ラヴは愚痴をこぼした。


 AXの《箱庭》は、龍王セトラの《龍世界》のように、決まれば確定死に持ち込める程、強力なモノでは無い。ただその代わりに、自らのスキルで武装し、力を通しやすくする為の手段の一つに過ぎない。

 

 そもそもの能力に無限の拡張性があるのだから、限定的な闘いに持ち込んで勝利を収めるなんて窮屈な方法は取らないのだ。


 AXの強さは、その環境適応力にある。

 どんな状況にいたっても、勝利の可能性が0になる事はなく、詰む事が無い。場合によっては、相手を上回る理不尽を新たに生み出し、押し付ける。


 アカシクが生み出した紛れもない《厄災》である。


 「ーーーあァ、たノしぃなぁ。」

 「もっと私達で満たさなきゃね。」


 ーーーーだが、《箱庭》には限界が存在する。それは領域の範囲内でしか、概念として機能出来ないからだ。


 《龍世界》のように、《箱庭》としての領域範囲が滅茶苦茶なモノは除いて、通常の《箱庭》として機能しているものならば、範囲に制限が存在する。そうでないと、自我が保てなくなる等の精神的な障害が生じるリスクが極めて高くなるからだ。


 龍が幻獣の最高峰として、君臨している理由はそれである。そもそも心に関する知覚が発達しており、精神耐性が異様に高いせいで、《箱庭》も規格外の代物になりやすいのだ。


 幻獣ヴェイルの限界は、底が知れている。幾らアカシクの者として、《破練師スランバー》としての魔法への理解が高いとはいえ、絶対に限界は存在する。己の中で心を3つしか制御出来ていない点がそれに当たる。


 AXの中には、AA・XA・ヴェイルの3人格のみしか存在しない。吸血鬼のように、大量の自我を配下に置きながら支配する事は不可能。

 《箱庭》としての精神的な限界など、たかが知れているのだ。

 

 だが、AXにも強みは存在する。


 それは、触れてしまえば、有機物を新たなモノへと転換出来る能力である。


 遥か上空のラヴへと手を伸ばし続けるのもその理由である。

 一度でも触れてしまえば、大損失を与えられる。触れた箇所によっては、死に至らしめる事が可能である。

 

 だから、地獄から蜘蛛の糸に手を伸ばすように、自らの腕を生やし続ける。


 その魂は常に天国を目指していた。


 増殖を無限に果たす腕が、触手のようにうねり、絡まり、激しく振り回される。既に地上半径5キロ範囲はAXによる血の海で満たされており、そこから局所的に天へと伸びる腕の触手が無数に生えていた。


 その様相は、煉獄と呼ぶには惨憺たるもので、地獄と呼ぶに相応しい。

 

 空中建設を続けるラヴに対して、金切り声による《貫通》により逃げ場を無くしていく。


 触れれば死、当たれば死。


 自身を守る術は総じて意味が無い。


 完全に、退路を立たれた。


 既に夜となった世界で、ラヴは諦める。また、産まれ直せばいいかーーー。




 「懐かしいな。これが同窓会ってやつか。」




 突然現れたその声の主に、両者は驚愕する。


 そいつは、夜の闇を裂くように、直視出来る闇の光を放ちながら現れた。

 異世界ベータを救った英雄にして、魔王軍を滅ぼした最強最悪の吸血鬼。


 赫き眼を光らせ、闇夜に嗤う。

 懐かしの麻薬ヘヴンズゲートを吸いながら、笑顔で言い放つ。


 「せっかくの同窓会なんだ。殺し合いより話し合いがしてぇな。紅茶でも淹れてあげるから、その辺にしとき。」

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