第94話 AIされていないのならば
煉獄
「・・・て事で、ごめんなさいね、インフェルノちゃん。平和的に話し合いをしましょう?」
イロアスは微笑みながら、紅茶を啜る。
仕方が無かった。あのままやれば、私は確実に殺されていた。
ならば、生き残る為には、相手の望み通り、意見とやらを聞くしかない。平和的な解決方法など、探るだけ無駄な行為なのだが、イロアス個人の人格を探るのは悪く無い。
弱点は何だ。コイツは、何の目的で動いていた?
「もういいわよ。加賀ちゃん。下がってなさい。」イロアスは後ろにいる執事姿の眼鏡の男に言う。
「分かりました。お母様。」
そう言って、加賀は扉を閉めて、廊下へ出ていく。
「・・・あの男は何者だ。」インフェルノは訊く。
「何って、そりゃあ私の子供よ。」あっけらかんと、さも当たり前のようにイロアスは言う。
「・・・息子?お前の息子は、幸助だろうが。」
「そうよ。その通り。でも、あの子は特別製。昔の肉体は捨てちゃったみたいだけど、未来の巫女が作った身体は過去のそれを凌駕している。流石は未来の巫女ね。」
「・・・通りで・・・。」
「《艶素体計画》か、懐かしいわ。でも、あの子はアカシクの呪いを受けずに異世界の危機を救った。母親として、これ以上に喜ばしい事は無い。」
「・・・喜ぶのか?お前が?散々騙していたのに?」
「私は頼まれた事しかやらない。個人の感情は別物よ。我が子の成し遂げた大業は、素直に喜ばしい。」
「お前の言う事は、全てが嘘のようにも、本当のようにも聞こえる。今まで会ってきた人間の中で一番、胡散臭い。好きになれんな。」
「そう言ってもらえて助かるわ。」
イロアスは、紅茶を飲み干した。
夕焼けの陽光が窓から差し込んでくる。西陽は目に入れると眩しく痛々しい。仕事を終えた太陽が沈んでいく。
もうそろそろ、夜も近い。
「偽装家族も、もう終わりだ。幸助も馬鹿じゃない。いずれヒタにやって来て、お前の正体を暴く。」
「それさえも予定調和よ。それに、彼ならきっと既に気付いている筈。娘と一緒に、魔王から何か吹き込まれたようね。」
「その落ち着きは何だ。まさか、罪悪感でもあるのか?」
「ええ。そうじゃなきゃ、天秤が合わないでしょう。そっちの方が綺麗で、楽しい。」
「本心を言え。」
「彼を自殺に追い込んだのが私だったとしたら、私の心はどうなると思う?」
「お前、本当に何を言っている?」
「理解出来ないわよね。私でさえ、理解出来ていない。」
「お前の罪を、全部アカシクの呪いのせいにするなよ。それに抗ってる奴もいるんだ。」
「だから、これは選べなかった者の末路じゃないかしら?貴女、蟷螂の斧って言葉を知ってる?」
「弱者が強者に立ち向かう際の例えだな。」
「幸助にピッタリの言葉でしょう?息子の異世界での戦いは、その連続だと聞いている。」
「《自殺》が能力だからな。」
「そんな風に育てた憶えは無いけどね。」
「お前、どの口が言っている?」
支離滅裂だ。
インフェルノは、話す度に違和感を覚えた。母親として、根本的に間違っている。血が繋がっているかどうかは関係無い。
コイツの口から放たれる言葉は、全てが自分勝手だ。おそらく、保有する能力もロクでも無い事くらいは容易に想像できる。
「子供は、親の道具じゃないんだぞ。」インフェルノは苦々しく吐き捨てる。
「あら、そんなの当たり前でしょ。愛着が湧かないモノには、興味なんて抱けない。」
「道具ですら無いってか、外道が。」
「貴女、絵を描いた事はある?」
「何が言いたい。」
「誰もが納得出来る自画像と、醜い失敗作のデッサン、作者はどちらを愛せると思う?」
「だから、愛情に優劣をつけるとでも言いたいのか。そんなの主観だろ。作者にもよる。色んなやつが居てこその社会だ。」
「勿論それも踏まえた上での話。でもね、それすらも嘘だったら、面白いと思わない?」
「・・・何がだよ。」
「傑作の絵画を描いた、という事実が嘘だったら、作品はどうなるんでしょうね。」
空の器を飲み干すと、イロアスは邪悪な笑みを浮かべた。
橤
加賀が消えた瞬間、天候が著しく変化を起こした。雷鳴が轟くような、一般的な悪天候とは程遠い清涼感があった。
空は白々しく晴れており、雲一つ無く晴天を見せている。だが、蛙が降ってくるよりも異常な現象に見舞われた。
降って来たのは、タロットカード。
それも、全てが同じ絵柄で、逆様に降っている。アルカナは塔を示していた。
清々しい風が吹いている。魔素を伴ったような大気が吹き荒ぶ前兆は無い。それなのに、視界は異様に包まれている。
不気味だ。何もかもが。
この学校は何なのか。そもそも、ここは本当にヒタなのか。天蓋は相変わらず曇りなき晴天である。もはや、全てが謎である。
ただ一点、IAがこの現象に関与しているのは間違いない。もはや魔力残滓すら感じないが、それすらも罠のように感じる。
奴はあれでも《破練師》の始祖だ。直接自分も手解きを受けたから分かる。あれは今思えば虐待そのものだったが、その時すらも奴は何ら全力を出していないように思えた。
それだけ、巫女という存在は異端である。
巫女になれなかったとしても、同等の力を持つとされた肉親の力を決して侮ってはならない。
タロットカードは、物体に接すると呑み込まれるように消える性質を持っていた。AXは即座に傘を魔力で編み、カードと触れないよう対策を取る。
「流石だ。AA、久しぶり。」
雨のように降り注ぐカードを浴びる何者かが、突如表出した空間の歪みから現れる。そいつは、AXのよく知る人物だった。
「・・・ラビ・レイジネス・・・?」
「残念。今の私はラヴ。魔眼軍十二卍将が一人。」兎の仮面の奥で、ラヴは笑う。
「魔眼軍・・・?」
「ああ、貴方は知らないのよね。最近のイザコザ。まぁ、知らなくてもいいわ。」
「何?今更出てきて。アンタ殺されたいの?」
「相変わらず傲慢ね、AA。」
「私はAXよ。ラヴ。アカシクの名は捨てた。」
「そうか。残念ながら、AX、お前の復讐は無駄に終わる。」
「はぁ?何知ったような口効いてんのよ。殺すわよ。」
「こうして話している間に私を殺せるくらいでは無いと、あの女には勝てないぞ。何せ、私はもう既にあの女に殺された。」
「負けたのは、テメェが弱いのが悪い。」
「死にたいみたいだな。」
ひとつまみの悪意と嘲笑を込めた後、AXは烙印を発動し展開する。魔力を絞り出し、最後の一滴すら逃さない。
烙印とは、魔力のストックをする為の術式である。身体に刺青のような魔力の回路を構築し、体内に保持し運用する為のモノである。
保有魔力の少ない時代の人間が、魔法やスキルといった力を行使する為には、身体の自己改造が必要不可欠だった。その果てに生み出された技術が烙印である。
《烙印帰結術》とは、AAの独自解釈と古代の魔法体系によって築かれた、その一つ一つの拡張スキルが固有スキルに近い性能であり、吸血鬼の《鬼血術》を模倣した力である。
血そのものを魔力として扱い、変換するのが吸血鬼の能力。魔法が使える人間との相違点は、その能力の多様性にあった。
刺青のように、血管のように身体へと回路を開拓した烙印は、《破練師》としての力を行使しない限り、烙印の刻まれた身体は微量に光る。
幻獣の到達点の一つ、吸血鬼への羨望が捨てられなかった力。
それを、2人の力で、新たな境地へと進化を遂げたのが《烙胤鬼結術》。無限の再生力に加えた魔力生成、質量増加と共に、幻獣ヴェイルの生命変換能力による自己・他者問わずの身体改造。
あらゆる混沌の要素をひとまとめにした、AXの存在そのものを象徴する力である。
塔の逆位置を示したアルカナのタロットカードが降り注ぐ中、AXは唱えた。
「《烙胤鬼結術》、拡張。」
「《冥剛力・破戒》!!!」
ラヴの大斧が魔力の層を帯び、一撃が放たれる。大斧を振る圧のみで、屋上の防水層が割れていく。それは、斧を振るうだけで繰り出される斬撃である。空を裂き、地面を裂き、山をも容易く割る。
AXは、それを軽々と避けていく。
詠唱を済ませたAXは、余裕を携えて微笑んだ。
「ワンパターンが!」
AXは、《厄具機雷》を発動し、右腕から更に腕を生やして、その腕ごと雷槍に変える。そして、ノーモーションによる《魔靱電磁砲》を放った。
死を予感して、ラヴは身体を翻して避ける。が、弾道が通過した際の、あまりにも大きな力により、足場が崩落し体制を崩した。
ヒタは山に囲まれた盆地である。当然、その射線には大きな山が立ち聳えている。その一撃は、ラヴの背後にある山に大穴を開け、崩壊させる。
土砂崩れによる轟音が鳴り響く。山が崩れた事による衝撃が街へと侵食していく。逃げ出す人々。飲み込まれゆく車体。
その様子を見て、AXは咲った。
「あー勿体無い。全部私の養分にすれば良かった。」
青柳高校の校舎は完全に崩壊し、空にはポツンとAXが浮いている。その真下から、瓦礫から這い上がったラヴによる、更なる斬撃を《予測》したAXは、全て避けた上で唱える。
「《烙胤鬼結術》ーーーー」
「ーーー展開。《卍鋼不樂針山》。」
ラヴの詠唱が終わった瞬間、AXは空から降ってきた塔に突き刺され、串刺しになった。




