第90話 僕らは生き方を変えられない
「貴方は絶対に未来の巫女になるのよ。」
期待と、焦りを滲ませた視線で私に問いかける。
巫女に選ばれる。それは、未来を生きる永久都市にとって、この上無い名誉であり、一族を繁栄に導く祈りの象徴であった。時代が違えば、それは勇者と同じような扱いであり、その身に技術の結晶である紋章と祈り、栄誉を授かる。
巫女というシステムは、破綻している。
未来に破滅を予兆したアカシクは、その未来を回避しようとあらゆる手を尽くした。その結果、滅亡は避けられない未来と知り、収束する運命の抜け道を探るようにーーーー
巫女は、選ばれた時点で栄誉ある死が確定する。不死の紋章が齎すそれは、巫女を死なせないようにする為の呪いと、衆生を救わんとする英雄的な祈り。
時代が違えば、勇者のような存在である。
多の為に個を犠牲とすることを美徳とする極めて堕落した人間的思考により成り立つ歪な象徴である。
何故、それが尊く美しいとされなければならないのか、私にはずっと理解が出来なかった。ノブレスオブリージュの精神は、結局の所、弱者が自らを肯定する為に強者を縛り付け、弱者のままでいられるように生きるという成長や努力を否定しているに過ぎない思想。最も淘汰されるべき思想である。
人間の世界だけ、弱肉強食が成り立たないというのは、生物としておかしな話だ。
だからこそ、戦争は、良い。最高だ。
喧しいだけの奴らが勝手に死んでいく。強者のみが生き残る事が出来る、シンプルな生存競争の世界。
私は、それが当たり前だと思って、生きてきた。強くなる事は自己防衛になり、他者を喰らう事は生存に繋がる。人として、なんていう価値観は必要無い。平和な世の中なんて必要無い。戦争状態の方が人間の出生率は上がるのだ。平和が齎す安寧は停滞である。勝手に死んで、勝手に強い奴が生き残って、それで、強い奴だけの世の中になっていけばいい。
混沌の渦に生きる事で、圧倒的な力が産み落とされる。その一握りになればいいだけの話だ。だから、自らが喰われても仕方が無いと、その割り切りこそが生物としてあるべき姿である。
だから、この世界にやって来て、私は復讐の名を借りた戦争を起こそうと思った。
幸助、そして過去の巫女マキア叔母様のいる世界。魔力が大気に存在せず、文明もアカシクより数段遅れたこの世界で、私は殺し合いを起こしたかった。
何故か?幸助に対する憎しみは無い。
ただ、私は、私があるべき世界の姿を思い出させたいだけなのだ。
だから拘置所にいる、ナントカっていう幸助を自殺に追い込んだ男を殺して、脳の情報を読んでみたものの、その住所の特定にはかなりの時間が掛かりそうだった。
どうやら、認識阻害の《箱庭》が掛けられているらしい。特に私には、その住居を見つける事は困難だろう。
アイツは、私を警戒する筈だ。
まぁいいや。とりあえず、このヒタって街を蹂躙すればいい。そうしたら、私はきっと満足する。アイツを殺せたら、それでいい。
橤
「テーアゲロー。ミノシロキン、ヨコセー。」
私は、何となく入った《郵便局》と書かれている建物に入って、とりあえず銃を向けてみた。そしたら、現金は無いです!の一点張りで、試しに空砲みたく銃を撃ったら、馬鹿みたいに札束が目の前で積まれ始めた。
だから、なんとなーくだけど、私は撃った。人を撃った。
血が飛び散る。お金は受け取らず、撃ちまくって撃って刺して、局員の目玉をくり抜いて、絶叫を楽しんで、椅子に座っていた老人は優しく外に逃してあげて(善行+1)、殺すだけ殺して、その血肉をヴェイルに捕食させる。あっという間に喰らい尽くすと、少し机の上に残った血を薄く伸ばして、真っ新な封筒があったので、宛先も書いていないけど、血で簡易書留の判子をつけて、帰り際に滲んだ判子跡のついた封筒をポストに投函した。
すると、複数のパトカーが私を囲んでいた。
言うまでもなく、抵抗すら許さずに一瞬で警官の身体をバラバラに切り裂いて、吸血鬼のように血を啜ったり肉を噛んで飲み込んだりもしてみた。不味いけど、魔力のない世界では、こうするしかない。止まっていたパトカーを、そのまま膂力で持ち上げて郵便局へ投げ込んで爆破。
ダイナミック証拠隠滅。まー、どうせ人っ子1人も残らない程に食い尽くしたんだし、行方不明者増やしただけなんだけど。
あー、本当にこの世界の人間は弱くて楽しいなぁ。どうやって生きてんだろ?身の守り方くらい、義務教育として教えたら良くない?
あ、そうだ。教育で思い出した、
学校ってところ、行ってみるか。
あの伊藤って奴と、幸助が通っている学校は同じ。いい事思いついた。
ちょっとあの学校で転校生やってみるか。
あーでも、今は夏休みかぁ。仕方無いな。
あいつ虐められてたんだっけ?
なら、アイツがもう学校に行かなくてもいいようにしよう!居場所を奪ってしまえばいい!(善行+1)
これも、優しさだよねぇ?
鬼
「・・・なーんて事、絶対考えるぜ、アイツは。」
幸助は、呆れたように呟く。
マクガフィンは、幸助の脚に捕まりながらも、余裕の面持ちである。
「だから君は急いでいるんだ?友達が殺されない為に。」
「俺がそんなに良い奴に見えるか?」
「うん。良い人って言われたくないから、言葉で否定するタイプの人種でしょ、君は。」
「恥ずいな。」
「普通だって。」
「普通だろ?普通だから、俺はAAの考えそうな事が分かる。あいつの思考は、常識の域を出ない。安っぽい復讐劇でも、心が満たされりゃあ何でも良いのさ、アイツは。」
「君の言っている事がよく分からないんだけど。」
「俺とAAは、立場、環境が違うだけなんだよ。人格形成までに関わった周りの人間が違っただけ。根っこは似たようなもんだ。」
「どっちも根っこが腐ってたって訳?」
「いや、俺はマトモだ。」
「どこがよ。」
「立ち居振る舞い、経歴、過去、顔、筋肉、どれを取っても普通だ。」
「性格キ○ガ○だったら台無しじゃん。」
「ほーん。マクガフィン、君はそういう攻め方をしてくるんだね。」
「それと、異世界帰りが普通とでも?」
「自分だから出来たって感じる事、無かったからな。普通のラインだと思う。」
「線引きガバガバじゃん。もし、君とAAが似たもの同士なら、どっちも頭おかしい人種だよ。」
「まぁ色々言ったけど、普通のラインとかどうでもいいだろ。そんなに他人の目気にしてたら生きていくのしんどいだろ。」
「その考え方で、なんで自殺したの?」
「死んだら全部終わると思ったからだよ。終わんなかったから、こんな考え方になってしまっただけだ。」
「成長したんだね。」
「可哀想だろ?」
「なんで?」
「強くならなきゃいけなかった。」
煉獄
やけにしなびた街だ、と思った。
世界は、魔法が使えない代わりに科学技術が発展した世界、と聞く。鉄の棺桶が空を飛び、走り、泳ぐ。魔力を使えない代わりに物理エネルギーを様々な形に転用する。資源はそのまま燃料となる為、環境を汚染する恐れがあるが、弱き者にも等しく平等な生活を送る事が可能である。
この世界の豊かさは、普通の生活を送るにはあまり金銭を必要としないという意味では、水準は極めて高いと言っていい。働けば最低限食べてはいける。それが幸福かどうかはまた別の話にはなるが、パンもサーカスも、必要以上に過剰供給されており、その代わりに生きる意味だとか、目標だとか、抽象的な概念に泳がされて生きている。
やれ、年収はいくら無いとダメだとか、恋人がいないとダメだとか。
しょうもないレッテル張りは異世界でも珍しく無いし、寧ろあっちの方が酷いまであった。異種族や魔族、魔獣が跋扈する世界では当然の事。
でも、治安も保たれており、物質的に豊かだからといって、差別が無くならないという事を、この世界に来て初めて自覚した。
異世界では、差別の根源に貧困、そして力の差から生じる恐怖があった。他と違うから、では無く、自分の命に直結するモノがあったからこそ、隔たりは厚く、相互理解の道を辿るには困難過ぎる壁が幾つも立っていた。
ーーーいや、異世界も、同じだったのかもしれない。今考えると、分かる。
私が自覚するのが遅かったのかもしれない。
私の中にある勇者の記憶は、恵まれ過ぎていた立場にあったのだから。
「・・・なァ、勇帝インフェルノ。アタイはあんま気が進まねーんだワ。」
兎の顔を模した仮面を被る、筋骨隆々とした大女が横でぼやく。
「・・・ラビ。これはやらなきゃいけない仕事だ。」インフェルノは大女を諭す。
学校の屋上から見下ろすと、学生達が部活動で賑わっているのが見えた。運動場ではサッカー、体育館ではバスケットボールを床で弾く音が聞こえてくる。
「ラビじゃねェ、今の私はラヴ。」
「どっちでもいい。」
「よくねーよ。」
「そうか。ラヴ、何故お前はこうも性格が変容した?以前のお前は、人間を殺す事が大好きな獣だったろうが。」
「アタイはアタイ。何も変わってない。」
「アークは様変わりしてたがな。札幌で、人間を躊躇いもなく竜に変えた。」
「コンフリクトの言いなりだった龍王とは訳が違ウ。アタイら十二卍将は、産まれ落ちた時から、本当にやりたかった事をやりたい。今度こそ正しく命を使いたいと、思ってるだけダ。」
「仮面の下には、もう顔が無いのにか?」
「今は顔につけている仮面がアタイらの顔だ。逆に言えば、顔が無い分、本質が無い。この仮面こそアタイの全てだ。嘘偽りなんカしてねェヨ。」
インフェルノは、ため息をついた。
それでは、ラヴは戦力にすらならないではないか。悪剛羅刹の名で恐れられた膂力の怪物は、本当は平和主義だったとでも言うのか?
あれだけ殺したのに?
それは、虫が良過ぎないか?
「じゃあいい。私が殺す。全員殺せば、潜伏している奴も出てくる筈だ。」
「ねェ、まだ勇者気取りのつもリ?」
「は?」
「インフェルノ、お前は何を企んでいル?」
「魔眼王を殺す。私の願いは、ただそれだけだ。」
「その後、お前はどうしたイ?願いハ?欲ハ?」
「・・・あると思うか?」
勇帝は、屋上から飛び降りながら、微笑した。幸助が死んだあの日を完璧に鏡越しに再現するように。
それは真昼間に行われた惨劇だった。




